初春の柔らかい風が少しずつ吹いて来た公園で、大きな籠に詰めたお弁当を食べ終え並んで座っている志波と海野。
それは誰もが知っている、いつも通りのとある日常の風景。
陽気に誘われて眠りこけそうな志波を制して、海野はお弁当が入っていた籠からもう一つ包みを取り出した。
「今日はデザートにシフォンケーキ焼いて来たんだよ」
デザートを作って来てくれるのはよくある珍しい事では無いのだが、いつにも増してにこにこしながら嬉しそうに話す海野に釣られて志波にも笑みが溢れる。
「そうなのか…楽しみだ」
「いま取り分けるからちょっと待っててね」
図体のでかい志波がマテを命じられている子犬の様に背中を丸くしてじっと海野の手元を見ている。
海野の前でしか見せない普段の風貌からは考えられないそんな仕草に、笑いそうな顔を引き締める。本人に言ったら怒られるであろう可愛いと感じる想いを心に終い込んで。
しかし今からするちょっとしたイタズラに志波がどんな反応をしてくれるのか楽しみで、結局口角が上がったままいそいそと取り皿を差し出した。
「はい、どうぞ召し上がれ」
志波の手に渡された紙皿の上には、紙ナフキンとフォークのみ。
「?」
「今日のは自信作なんだよ、生クリーム冷やして来たから付け合わせにっと」
「……??」
生クリームを掛けているようにして見せるが、生クリーム処か肝心のケーキ自体が見当たらない。
「ささ、早く食べて!」
「あ、ああ?」
不思議そうに空の皿を眺め、取り敢えずフォークで紙ナフキンをぺらっと捲ってみる。
すると『残念でした!』と書かれたもう一枚のナフキンが姿を現した。
海野がしてやったり、というような顔で踏ん反り返った。
「ふっふっふ〜嘘でした、デザート無し!さて今日は何の日でしょう?」
紙皿から海野の顔に視線を移し、そのまま空を仰いで今日の日付を思い返す。
今日は四月一日。嘘をついていい日、俗に言うエイプリルフールである。
ああなるほど、と納得したのち、楽しみにしていた愛しの彼女の手作りお菓子が食べられない事にしゅんとなる。
その顔に満足して、海野は鼻歌を歌いながら先程の包みを開け始めた。
「へへ、デザート無しは嘘!でもってさっきのシフォンケーキも嘘で、本当はアップルパイ作って来たんだ。騙された?騙された?」
普段嘘をつくという事に全く縁がない海野が今日の為に一生懸命考えた嘘なのだろう。ついても何の意味も成さないであろうそんな可愛いらしい嘘で勝ち誇った様子を見せる彼女に、志波の頬が勝手に緩む。
だらしない口元を悟られないよう片手で覆い顔を下に俯かせ、態とらしくため息をついた。
「そうか…アップルパイなのか……」
笑って『まったく…』と頭を撫でてくると思っていたはずの志波が更に肩を落としてしまい、海野は慌てて顔を覗き込んだ。
「どうしたの?ごめんね怒った…?」
「……実は今日ずっと、シフォンケーキが食いたかったんだ」
「え、そうだったの!?ご、ごめん期待させちゃって…あの、今度作ってくるから!」
志波に不快な想いをさせない程度で何か騙せる事はないか、と考えついた結果の嘘が一瞬の楽しみでも奪ってしまい、やはりイベントとはいえ嘘なんてつくんじゃなかったと後悔した。
そんなおろおろする海野を、俯いても尚まだ目線が上に有る位置からちらりと見下ろし、小刻みに肩を揺らし始めた。
「くっく……嘘だ」
「え?」
「お前が作ってくれるんだったら、アップルパイでも何でも嬉しい」
思い描いていた笑みと大きな手で頭を優しく覆われ、嬉しい言葉も相まって、ほっと胸が暖まった。
余裕がでたのか、次いで問いを投げてみる。
「……それも嘘だなんて事は…?」
「なわけないだろ」
二人でくすくすと笑い合い、今度こそ紙皿に乗せられたデザートを頬張り合った。
それは四月馬鹿に限らず誰もが知っている、いつも通りのとある万年馬鹿ップルのとある日常の風景。
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