第一印象は、フィップスみたいな女だと思った。
冷静沈着で几帳面。
まさに隙のない女で、与えた仕事はほぼ完璧にこなした。
だけど、彼女のフィップスと違うところは人間らしい部分が欠落しているところ。
フィップスも表情豊かというワケではないけど、けして喜怒哀楽がないワケではない。
彼女は笑ったり泣いたり怒ったりしない。
ただ人形のように冷たい表情。
この世の穢れを総て知り、嘆いているような深海よりも深い瞳。
その瞳に溺れてしまいそうになる。
そんな危険さを漂わせる。
***
「そういえば、グレイ伯爵はこの頃若い女のヴァレットを雇われたそうですな」
宮廷での会食のあと、貴族院議員のひとりであるアシュレイ侯爵が声をかけてきた。
『ええ。それが何か?』
身なりは英国紳士らしくしっかりとしているが、裏では娼館に通い詰めているとか、中国やインドなどアジアの若い娘を買収しているという黒い噂の絶えないこの初老の男のことがグレイはあまり好きではなかった。
「宮廷中の侍女たちの噂を耳にしましてね。
なんでも、グレイ家の若き当主であり見目麗しい伯爵が若い娘を昼夜そばに従えているとね。
先日、噂の近侍を見かけしましたがいやはや何とも美しい娘さんだ」
『彼女はただの使用人です。残念ながらアシュレイ侯爵が考えているような間柄ではありませんよ』
グレイはアシュレイ侯爵の下世話な話に辟易としながらも、それを社交界で身に付けたお得意の笑顔で返す。
「おや、これは失礼。しかし、あのような美しい娘をヴァレットに置かれてグレイ伯爵も鼻が高いでしょう」
『はは、どうでしょう』
煮え切らないグレイの態度に、アシュレイ侯爵は皺だらけの頬を釣り上げていやらしく笑った。
「グレイ伯爵、どうだろう。彼女を一晩私に譲ってくれないか?」
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