子供のころは、ハッピーエンドを信じてた。
「ここは……?」
気がついたら、知らない海辺に立っていた。
辺りを見渡すと、沖の方には一隻の豪奢な船が停まっている。
船は色とりどりの花で飾り付けられ、船上では花火が打ち上げられていた。
どうやら誰かの結婚式が開催されているようだ。
……そして、岩場にはそれを見つめる1人の少女の姿があった。
その少女を見た瞬間、すぐにこれが夢だと分かった。
なぜなら彼女の下半身には脚がなく、代わりに夥しい鱗に覆われたヒレを備えていた。
「人魚姫……」
そう呼びかけても彼女はこちらに気づくことはなく、ただ船の一点のみを見つめていた。
(そうか、あの船上にいるのは王子様と隣国の姫なんだ)
彼女は王子を殺せなかったのだ。
その証拠に、ヒレの先からブクブクと泡が溢れて海に溶けようとしていた。
しかし、そんな自身の姿を省みることはなく、彼女は切なげな眼差しで最期まで想い人を乗せた船を見つめようとしていた。
(ヒレと引き換えに脚を手に入れた……同情にも値しない愚かな人魚姫)
人魚姫、どうして貴女は王子様に愛されたいと願ってしまったの?
住む世界が全く違う人なのに。
「あなた……っ馬鹿よ……!」
恋なんてしなければよかったのに。
ずっと海の底で幸せに暮らしていればよかったのに……!
どんな罵倒を浴びせても彼女の耳に届くことない。
すると、湧き出る泡の勢いは増し 彼女の上半身にまで及ぶと、最後の泡が目の前で弾けた。
「待っ……!」
手を伸ばすと、その先にあったのは見知った天井だった。
***
「あら、硬貨だわ」
クレメンティア嬢の目線の先には、カランと音を立てて、銀色のコインがお皿の上で光っていた。
「まぁ、それは当たりよ。幸運に恵まれたりお金持ちになることを意味するわ」
ヴィクトリア女王の言葉にドイツの令嬢は幼子のようにキラキラと瞳を輝かせた。
「へぇ!面白いわ」
王宮での舞踏会を終えて、今日は女王とその執事と公爵令嬢でクリスマスプディングを堪能していた。
切り分けられたプディングの中に何が入っているかで、来年の運勢を占うのが伝統的な英国スタイルだ。
「ねぇ!グレイ伯爵のプディングには何が入っていらしたの?」
クレメンティア嬢に促され、グレイは皿の上のプディングを切り開くと……
「ボタン、だな」
フィップスが呟くと、令嬢は首を傾げた。
「ボタンは何を意味するの?」
すると、ヴィクトリア女王は意味ありげに微笑を浮かべた。
「フフ、どうやらグレイはまだまだ結婚しないようね」
「?」
「ボタンは当分独身を意味する」
疑問符を浮かべるクレメンティア嬢にフィップスが説明してやると、グレイは口端を持ち上げて軽快に笑った。
『ま、ボクはまだもうちょっと自由でいたいですし』
その言葉に偽りはなかったが、陛下に対するささやかな牽制の意味もあった。
自分はこのドイツからの令嬢と結婚する意思はないという遠回しなアピールのつもりだった。
……伝わったかどうかは不明なところだが。
「あら、結婚も悪いことばかりじゃないわ」
ヴィクトリア女王が諭すように告げると、グレイは肩をすくめた。
……それにしても、先ほどからなにやら妙に部屋の外が騒々しい。
いつもは静かな宮殿の廊下が複数の物音を立てていることに、女王は怪訝な表情で扉を見つめた。
「なんの騒ぎかしら?」
ただならぬ気配を感じ取ったフィップスとグレイが扉の方に目をやり、剣の柄に手をかけた瞬間……
扉は大きく開かれ、その場に閃光が走った。
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