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「ボクシングデーに呼び出すなんて、フェッロファミリーには情緒がないのかしら?」
"使用人のための祝日"の日にイーストエンドのアジトでむさ苦しい男たちと対峙させられていることに悪態をつくと、眼前の男はせせら笑った。
「英国人の文化なんて、俺たちイタリアンマフィアに知ったことか」
そう言ってお気に入りの葉巻を取り出し、火を付ける。
深い紫煙を吐き出すと、目の前の少女に目線を向けた。
「ここに呼ばれた理由はわかってるだろう?何故、まだ奴を殺さない」
アズーロの声は低く、その口調から少し苛立っていることが伺える。
「この前、レストランで暗殺対象と仲良くくっちゃべってるとこを見たが……お前、あの貴族に惚れたか?」
「まさか」
そう鼻で笑ってあしらっても、アズーロはその表情を崩すことはなかった。
「だったら何故殺さない?」
「前にも言ったでしょう?私は彼を楽に殺したくないんです」
アズーロの問いかけに毅然と答えると、彼は呆れたように深いため息を吐いた。
「いいか?コレはビジネスなんだ。お前の心情は引っ込めて、さっさと奴を殺せ」
そういうとアズーロは名前の目の前に、透明な液体が入ったガラスの小瓶を投げつけた。
「何ですか?コレ。私は毒で彼を殺す気は……」
「毒じゃない。強力な催眠薬だ。10日やる。それを使って10日以内に奴を殺せ」
「……」
「忘れるなよ、お前の親父を殺したのは間違いなくチャールズ・グレイだ」
追い打ちをかけるようなアズーロの言葉に、名前は目を見開く。
以前彼は、なぜチャールズ・グレイを殺したがっているのか知らないと言っていた癖に本当は知っていたのだ。
(やっぱり、この男は信用できない)
***
フェッロファミリーのアジトを解放された後、名前はイーストエンドの往来で思わず立ち尽くした。
アズーロの忌々しい言葉が頭の中で何度も反芻される。
(半年いても殺せないのに、10日なんて無茶言ってくれる)
いや、今更何を迷う必要があるのだろうか。
遅かれ早かれ彼を殺すことに変わりないのだから。
(伯爵、か……)
今まで考えたこともなかったけれど、爵位を継いでいるということは、彼もまた若くして父親を亡くしている。
(ならば、私のこの気持ちを理解してはくれないだろうか……)
ギュッと目を閉じて、思わず浮かんだ馬鹿げた考えを振り払う。
そんな期待をしても無駄だ。
彼という人間がどういうものか、もう十分心得ていた。
ふと顔を上げると、何やら辺りが騒がしく、周囲の人々はバッキンガム宮殿の方向へ向かっているようだった。
「あの……何かあったんですか?」
近くで人々を誘導していた市警に事情を訊ねると、せわしなく動いていた彼はため息をついた。
「バッキンガム宮殿にテロリストが侵入して爆発物を投げ込んだそうだ。おかけで我々はてんてこ舞いだよ」
「え!?」
予期せぬ言葉に名前は目を丸くする。
「そ、それで……どうなったんですか?」
「女王陛下はご無事だったようだが、従者の一人が負傷したらしい。現在、王立病院に搬送されているとか」
「その従者って誰なんですか?!」
市警の言葉に食い入るように尋ねると、彼は困ったような表情を浮かべた。
「さぁ?そこまでは……」
市警の言葉を最後まで聞き終わらないうちに、名前の足は王立病院に向けて走り出した。
頭で考えるよりも先に身体が動いていた。
嫌な予感がする。先ほどから胸騒ぎが止まらない。
(もし彼だったら……私はどうするつもりなのだろうか?)
近侍としてなのか、暗殺者としてなのか、それとも……一人の女としてなのか。
どんな顔をしてチャールズ・グレイに逢いに行けばいいのか分からないまま、倫敦の街を駆け抜けていた。
「Can you kill me properly?」
"ちゃんと殺せる?"
続く??
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