高貴な人間が纏う特有の雰囲気というものがある。

たとえば、その辺の一般市民に貴族と同じ格好をさせても同じ雰囲気を醸し出すことはできない。




それは国や人種を超えても同じようで、クレメンティア嬢とチャールズ・グレイからは同じ尊い身分の人間が持つ空気があった。




(……そういう意味では、2人はお似合いなのかもしれない)





来英以来、クレメンティア嬢は惜しげもなくチャールズ・グレイに秋波を送り続けていた。

その純真で熱い眼差しは、こちらからみても恥ずかしくなるほどだ。



きっと、若く美人で高貴な身分の生まれの彼女は他人に拒絶された経験がないのであろう。






(だけど……)










***




「つまり、妬いてんのね?」


赤い瞳をキラリと光らせて、彼女の口端は大きく吊り上げられた。





「……マダムレッド、話聞いてた?」


「聞いてたわよ。ライバルが現れてヤキモキしてしょうがないって話ね」


「全然聞いてないじゃない!」






今夜はドイツからのご令嬢の歓迎会を開催するため、朝からパーティーの準備に追われていた。


バタバタと忙しなく働くさなか、チャールズ・グレイはその全てを名前に任せて、自身は公爵令嬢を連れてロンドン観光に出かけてしまった。



その隙間時間にマイケルの再診に訪れ、マダムレッドに愚痴をこぼすと、今のようにあしらわれてしまった。



「だって、あんたの雇用主がその彼女といるのが気になってしょうがないんでしょ?」



「そういうわけじゃないけど……。それに、私は公爵令嬢が嫌いなわけじゃない。むしろ彼女はとてもいい人よ」







そう、クレメンティア嬢は善人だった。



貴族のご令嬢であるから多少高飛車なところはあるが、使用人達に対して横柄な態度を取ることもないし、子どものマイケルにもこっそりとお菓子を与える優しさを持っているのも最近知った。




「関係ないわ。どんなにその女の子を好意的に思っていても、意中の男といれば嫉妬ってするもんよ」




例えそれが大切な人だとしても……と、マダムは付け加えた。





「マダムレッド、あなたもそんな気持ちになったことが?」


「……」





何気ない名前の言葉にマダムの表情は人知れず影を落とす。


すると、部屋をノックする音が鳴り、メガネをかけた背の高い燕尾服の男が現れた。





「奥様、お茶をご用意いたしました」





彼はマダムの新しい執事だろうか……?
給仕をする手付きがとてもぎこちない。

微笑んだときに口の隙間から覗くギザギザした歯が印象的な男だった。



「ありがとう。そこに置いておいてちょうだい」


「承知いたしました。お客様もどうぞ」



彼は名前とマダムの前にティーセットと焼き菓子をおき、にこりと微笑むと一礼して部屋を出て行った。



ティーカップに口をつけると、淹れられた紅茶はよりによってアールグレイだった。





「……あんたは絶対に認めないでしょうけどね」



マダムは紅茶を一口流し込むと、話の続きを再開した。



「アンタ、その彼に恋してんのよ」






マダムの言葉と同時に部屋の窓から爽やかな風が吹き抜け、彼女の美しい赤髪を靡かせていた。

その姿に思わず目を奪われハッとする。







「恋……私が?」






マダムレッドの言葉に、何故だかずしりと心に重たいものがのしかかった気がした。





「あり得ないよ」 




名前は語気を強めて、切り捨てるように言い放つ。


(家族を殺した男に恋するなんて……そんな滑稽なこと、あって良い筈ないもの)




***






「ねぇ、グレルはどう思う?」



名前が帰った後、ティーセットの片付けに来た執事に問うと、彼は先ほどまでの恭しかった態度を豹変させた。





「どーでもいいわヨ!!小娘の色恋沙汰なんてっ」


グレルと呼ばれた執事が後ろ髪を束ねていたリボンを解くと、真っ赤な長髪が露わになる。


「しかも、あの小娘ときたらアタシが折角淹れたお茶をこんなに残して帰るなんて!!」


「だって、マズイもの」




マダムレッドはさらりと言い放つと地団駄を踏むグレルを横目に、頬杖をついて先ほどの少女について想いを馳せた。



「復讐……か」




彼女を見ていると甥っ子を思い出す。



(姉さんによく似た……私の可愛い甥っ子)



彼も名前も家族のために復讐を掲げて生きている。


よせば良いのに。
そんなことをしても最愛の人は帰ってこない。
でも、そんな彼女が哀れで放って置けなくて歳の離れた妹のように可愛く思っていた。





そんなあの子にも最近春が訪れたようで、雇用主の貴族の青年が気に掛かっているらしい。



深い事情を話してはくれないが、どうやらその恋は身分違いという以上に、彼女にとって何らかの障害があるようだ。



自覚がないようだが、あの灼けつくような感情を、彼女はいま味わっている。





「恋は……恋の病だけはどんな名医にも治せないっていうのに」


マダムがため息を吐きながらぼそりと呟くと、赤髪の執事はそのギザギザの歯をのぞかせ、ニヤリと口の端を持ち上げる。



「アラ、随分と詩的じゃあない?」

「ちょっと。こっちは真面目に心配してんのよ?」




マダムが嗜めるようにいうと、グレルはフフンと鼻を鳴らした。




「ま、ただ一つだけ言えることは……恋は障害が多ければ多いほど燃え上がるものヨ」



「……燃えすぎて彼女が火傷しちゃわないか心配してるんだけど?」





マダムレッドはグレルの言葉に呆れたとでも言わんばかりに盛大なため息を吐いた。







(それにしても、あの堅物な名前が心を乱されるなんて……)



一体、どんな男なのかしら?



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