「前菜はタコのカルパッチョ、それから魚料理は、サーモンのアクアパッツァでございます」



『いーにおいー!いただきマース!』











先程まで水族館で泳いでいた生き物たちを目の前で幸せそうに頬張る男をみて、思わずため息が溢れた。








いくら評判のイタリアンだからと言って、水族館の後にシーフードを食べるのはナンセンスではなかろうか……? 










「タコは気持ち悪いんじゃなかったんです?」








あれだけこき下ろしていたタコの切り身を口に運ぶグレイをみて名前は呆れた様に指摘する。


しかし彼は意に介さず、にこやかにフォークを動かしていた。









『見た目はキモイけど、味はサッパリしてて悪くないね』


「……」








幸せそうに答える当主を見て、色々物申したい気持ちをそっと喉の奥に飲み込んだ。









水族館を後にして、ロンドンでも有名なイタリアンレストランに連れてこられた。


その店は見るからに貴族や裕福な人を対象にしたレストランで、落ち着いた雰囲気が流れていた。


慣れたグレイの様子からすると、馴染みの店なのだろう。











「今日はどうして、色々と連れて行ってくださったのですか?」










7個めのフォカッチャに手を出すグレイに、名前は質問を投げかける。


彼はモグモグと口の中のものを飲み込むと、言葉を続けた。








『君の舞踏会の礼服を仕立たてるための採寸がしたかったからね。それと、コレ』








グレイはポケットから小さな箱を取り出すと、名前の目の前に置いて開封するように促した。











「これは……」









中には、雫の形に象られた大きな緑柱石(アクアマリン)のブローチが入ってた。


海の色の様に輝くそれは、レストランの照明に反射してとても綺麗だ。













『フィップスが舞踏会のパートナーには当日着けていくためのアクセサリーをプレゼントするのがマナーだってウルサイからさ。それを君に』






「い、頂けません!こんな高価なもの」





一体今日彼は、いち近侍のためにいくら使ったというのだろうか。

彼の厚意は明らかに主従関係のそれを越えていた。
















『いいから、いーから!今日のことは日頃のご褒美?みたいなもんだと思ってくれればいいからさ』









そう言って彼は突き返された小箱を強引に名前のもとに押し戻した。






「ですが……」








ふと、何かの視線を感じて言いかけた口を閉じる。











広い店内を見渡せば、見知った男の姿が視界に飛び込んだ。













派手なスーツに下品なイタリア訛り、葉巻をくゆらせるその男は、実業家と思われる人々と歓談していた。










(アズーロ……!)










名前の額にじんわりと汗が滲んだ。





(まさか、こんな所で遭うなんて……)










イタリアンマフィアのフェッロファミリー幹部、アズーロ・ヴェネル。






故郷の味を偲んでいるのか、それともロンドンのイタリアンレストランは彼の様な裏社会の人間が牛耳っているとでもいうのか……

いずれにせよ、グレイの暗殺任務をバックアップしてくれている彼との関係をいまグレイに悟られるのはまずい。







そんな名前の心配をよそに、彼はちらりとこちらを一瞥し、口角をあげたがすぐに視線を外し仲間たちと歓談を続けた。












『ちょっと、聞いてる?』









グレイに遮られ、ハッと我に帰る。



少し目を話した隙に彼は殆どの料理を平らげ、空のお皿が堆く積み上げられていた。











『とにかく、そのブローチは舞踏会の日に着けてきてよね』













名前はブローチを入った小箱を両手で包みこむように手の中に収めた。








「わかりました……大事にします」













まるで海の光を閉じ込めたかのようなその石は、名前の両手の中で妖しく光り輝いていた。












「深海プラトニック」
続く??



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