***
少女の家は郷紳の家柄だった。
爵位こそないものの社会的立ち位置は貴族となんら大差なく、父親と幸せに暮らしていた。
だけど、そんな幸せはある日突然奪われた。
ある男によって少女の目の前で父は殺された。
幸か不幸か。机の下に隠れていた少女は犯人に気付かれることなく、生き延びることができた。
(許さない……。いつか、いつの日か必ず、父さんを殺した奴をこの手で……)
少女は父の亡骸の前で誓った。復讐を。
幸せな日々を奪った人間に同じ思いをさせることを。
それから程なくして天涯孤独となった少女は、イタリアンマフィアのフェッロファミリーに拾われた。
幹部のアズーロ・ヴェネルという男の部下として働き、裏世界の事情、色仕掛け、射撃や殺しのテクニックなどを学んだ。
すべては一人の男のために。
それから、数年後。
遂に少女に復讐の機会が巡ってきた。
『……!』
『……っ!』
『……っねぇ、聞いてる!?』
物思いに耽っていると突然、目の前に座る男によって現実に引き戻された。
「……聞いてますよ。これからバッキンガム宮殿に向かい、女王陛下の謁見を済ませたあと10時にメルボルン卿を訪問。13〜14時の間、昼食を取り、午前1時に帰宅…でよろしいでしょうか?」
今日一日のスケジュールを確認すると、男は一瞬 驚いたような瞳を見せた後 すぐに面白くなさそうな顔をする。
『……聞いてたんなら、返事してよね』
「申し訳ございません」
『……』
砂利道を走る馬車に揺られながら、名前は向かいに座る主の姿を一瞥した。
今、目の前に座る彼こそが父を殺した張本人である。
← →
ページ数[2/3]
総数[5/65]