第3夜「貴方が夢でないのなら」
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あの熱も、
あの甘い刺激も、

忘れられなくて……















「グレザー夫人ですね?
どうぞ、こちらへ」












黒服の男に促され、広間(サルーン)の中に通されると、
音楽家たちの演奏が流れる煌びやかな世界が広がっていた。












(うわぁ……!)













実業家の夫に連れられて、いくどか夜会に参加したこともあるが、やはりロンドンの貴族たちの夜会ともなると規模が違う。















英国の上流階級では、妻が身分の高い男性の公妾となることで夫の社会的地位もあがると考えられていた。












お金はあるけれど爵位がないことを気にしていた実業家の夫は、私を貴族の愛人にすることで、社交界での自分の地位を高めようと目論んでいた。











貴族の男を誘惑するように、と大きく胸の開いたドレスを着せられ、愛人探しの裏の社交界に参加させられていた。











娼婦から足を洗っても、また娼婦に逆戻り。
それも自らの夫の手によって……

















(でも、ロンドンの社交界には”彼”がいるかもしれない)












あの日の名も知らぬ彼にまた逢えるかもしれないという淡い期待に乗せ、再びこの地に戻ってきた。

たとえ娼婦に逆戻りだろうと、もう一度彼に会いたい。











そう思って広間を見渡しても、今日も、白い彼は見つからなかった。

















「なァ、アンタ見ない顔だな」













振り返ると、ジャケットのボタンがはち切れそうなくらい太った男が立っていた。





顔を赤らめ、呂律が回っていない。


その様子から、相当酔っていることがうかがえる。













「トワイニング社のアーチー・グレザーの妻です。ロンドンは久しぶりなので、以後お見知り置きを……」










娼婦時代に酔っぱらいの相手をするのは慣れていた。




深々とお辞儀をすると、男は訝しむように名前を見返した。













「アーチー・グレザー?聞いたことがないな。
……それよりも、こういう場所にくるってことはお前も”そういう女”なんだろ?」










男は名前の胸元に視線を移すと、強い力で腕を引っ張った。












「痛っ、離してください!」











掴まれた手を引き離そうとしても、酔った勢いもあり巨体の力には敵わない。








確かに今日の夜会は表向き演奏会だが、その実態は、紳士と愛人契約を結びたい女とそれを物色したい上流階級の男による社交が目的だった。




名前も夫によってここに行かされたが、
決して自分で望んだことではなかった。
















(いやだ……誰か、助けて……)














抵抗も虚しく、ズルズルと男に引っ張られていると

細い線が目の前をシュッと横切った。
















『ねぇ。それ、ボクのなんだけど』



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