突然現れた白い装いの男にレイピアの刃を突きつけられ、太った男は小さく悲鳴をあげた。











「ぐ、グレイ伯爵!」










顔を蒼くさせ、男の酔いは一気に覚まされたようだ。




どうやら太った男は、剣先を突きつけるこの若い男よりも身分が低いらしい。











「グレイ伯爵のお知り合いだったとは……。ど、どうか無礼をお許しください」



『そう思うんなら、さっさと消えてくれない?』












グレイ伯爵と呼ばれた男が不機嫌な声でそう促すと、太った男はあたふたとその場を去っていった。










「あ、あなたは……」












取り残された名前は、助けてくれた男から目が離せなかった。







なぜなら、彼は……










『久しぶりだね、名前』













先程とは打って変わって、優しい笑みを向けるこの男は、


ずっと焦がれていたあの日の彼だった。














***











『まさかこんなところで君と再会するなんてねー。

何か飲む?食べ物が欲しかったら、この屋敷の使用人に持ってこさせるけど』












個室に通され、あの日のように彼と2人きりになった。
























(どうしよう……ずっと焦がれていたハズなのに、なんて言ったらいいか、言葉がでない)




”ずっと会いたかった”とか”片時も忘れられなかった”とか言葉にすると薄っぺらくなってしまいそうだ。










「貴方は、どうしてここに……」





『とある偉い人のご子息が今夜の夜会に遊びに来ているんだけど、その護衛でね。

一応ボク、こういう仕事してるからさ』








言いながら、胸元につけられたヴィクトリア女王と故アルバート公の勲章のリボンを強調してみせた。












もともと高貴な人だとは思っていたけど、まさか女王陛下のもとで働く程の方だったなんて……










『それより、君こそどうしてここに……』








彼は言いかけて口をつぐんだ。









今夜の夜会は、上流階級の男と下級階級の妻たちが愛人契約のための交流を結ぶ場。











元娼婦の女がこの場所にいる理由なんて、スラム街の子どもでさえ検討がつく。










彼もそれを察したのか、それ以上追求してこなかった。









長い沈黙の空気が流れたあと、やっと開かれた彼の言葉に耳を疑った。














『……じゃあ、ボクが君を買うよ』







「え……?」









驚いて顔を上げると、強引に口付けをされた。






その唇の熱はあの夜のまま、何も変わっていなかった。




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