09




ぼやけた視界の中、目を開けて、ぼーっとする頭で自分の身に何が起きたのかを想起する。
ああ…サングラスの男に殴られたのを思い出した。

呼吸が苦しいし、腹部が痛む。
周りを見渡せば見張りは居ないし、両手首を普通の錠で拘束している以外に私の行動を制限しているものはない。

私の刀はここにはない。
むしろ、この部屋には窓も家具も何もない。
物置部屋なのだろうか?監禁場所にしては映像電伝虫もないし、鉄格子でもないからこちらの行動が分からないだろう。

何だか適当に放り込まれた感が…。
いやいや、とにかく脱出だ。

少し動いたらとてつもない吐き気が襲ってきて口の中に鉄の味が広がり、その場で吐き出す。
出てきたのは真っ赤な血液で、これは内臓やられているなと冷静に思う。
なんたって内臓やられるのはもう何度も経験済みだ。
手錠が海楼石で無かっただけ私は運がいい。
キャプテンと数ヶ月の間にあちこちの手錠や拘束用の鎖を弱い物と入れ替えておいてよかった。

手錠の鎖は長くて、後ろにあった腕を回して前に持ってくると、腹部の服を捲る。
そこには痛ましい赤黒い内出血が残っていて、こんなんキャプテンが見たら怒られるなと苦笑した。

この2年で私の能力はかなり実用的になった。
キャプテンの“スキャン”ほど広範囲ではないが、手を当てて目を閉じて集中すれば、体の内部を見ることが出来る。

腹部に手を当てて自分の体を見てみれば、やはり2年前にキャプテンがオペした胃のところだ。
“ケア”と淡い緑の光が腹部を覆って傷が消えれば出血もなくなる。けれども失った血液を戻すことは出来ないし、脳が記憶した痛みまでは消すことが出来ない。
それでも、修行のおかげで私自身はほぼ無敵のようなものだ。例え内蔵を損傷しても能力で治すことが出来るのだから。

立ち上がるとズキっと痛んで顔を歪めた。ついでに言うと少し目眩もする。
まあ、これぐらいなら耐えられそうだ。
早く脱出して…麦わら一味かキャプテンと合流しなくては。

キャプテンの行動は分かっている。
ここまで進んだのだからキャプテンはきっと、なにが何でもSADのところへ行くはず。
あのサングラスの男に捕まってるのだとしたら…いや、きっとそれもどうにかしているはずだ。

「誰かー!!!」

叫んでみたが、ドアの外もどうやら誰も居ないらしい。
本当に見張りもつかないなんて私のことを舐め切っている。

少し憤りを感じながらも、好都合なこの状況。
どのくらい意識を失っていたのか分からないが、何だかかなり遠くが騒がしい気もする。

手首の手錠をじっと見つめた。
このタイプはあんまり強度も強くない。鎖もルフィ君が噛み砕いたものと同じ感じがする。
ということは何度も衝撃を与えれば、どうにかなるかもしれない。

とりあえず、武装色の覇気を足に纏わせてドアを蹴り飛ばした。

「おお、さすが私…」

2年間の修行に加え、毎日のようにキャプテンと組み手をしていたおかげだ。
キャプテンはスパルタだったから本当にいい修行になっていたと思う。

まずは武器を取り返さなくては。
鍵は最悪なくても破壊すればどうにかなりそうだし。
でも、武器なんてどこに保管されているのか…

「ナマエさん!」
「へ?…あ…フランクさん…」

彼は私とキャプテンの食事担当だった男だ。
シーザーの部下でもある彼は私からしたら敵なのだが…
どうしようか迷っているとフランクさんが何かをずいっと差し出してきた。

「あ…私の刀…」
「あと、鍵も持ってきました」
「え、で、でも貴方…」
「いいんです!さあ、早くっ!」

手を差し出せばすぐに鍵を差し込んで、ジャラッと音をたてて手錠が外れる。
手首を回しながら筋肉をほぐし、フランクさんに頭を下げた。

「ありがとうございます」
「まさか自力で脱出されるとは思いませんでしたが…良かったです。すぐにここを去りましょう!」
「え?ちょ、待ってください!何でですか?」

フランクさんは私が意識を失ったあとの出来事を話してくれた。

拘束して閉じ込めておけと命令されたのは、たまたま通りかかったフランクさんらしい。
私に対して情が移ってしまっていたため、どうしても乱暴する気になれず…だから自由がきくように鎖を長めにして軽めの手錠をかけたと。

長い潜入期間の交流はここでも役に立ったらしい。
全てが終わったらキャプテンに自慢しよう。

その後、シーザーが始めた実験によって毒ガスが研究所内に侵入してきており、先ほどトラファルガー・ローがSAD製造室に侵入したと警報が鳴ったらしい。

それを聞いたら私の目的地は決まりだ。

「フランクさんありがとうございます。あなたもすぐに逃げて下さい。麦わらのルフィやその一味についていけば脱出できます」
「あなたは?!」
「私はやることがあるので、失礼します。助けていただき、本当にありがとうございます」

深々と頭を下げれば、フランクさんは私に背中を向けて走り出す。
さあ、私はキャプテンの元へ急がなくては。







SAD製造室はキャプテンとの潜入した数ヶ月で場所を掴んだ。
無駄に研究所を歩き回ったおかげで地図は頭に叩き込んである。
最短ルートを走り、その問題の部屋の前まで辿り着いた。

中から戦闘している音が聞こえてきて、ドキリとした。
入ってみれば煙が上がっていて、ボロボロになったスモーカーと対峙するように立っているサングラスの男。それと自分の胸に心臓を戻しているキャプテンが見えた。

良かった…、心臓取り返せたんだ…。
あれが敵の手にある限り、キャプテンは手も足も出ない状態であったのだが…、状況的にスモーカーが助けてくれたのだろうか。

状況把握も出来ていない状態で突っ込むのは得策ではない。私はすぐに物陰に隠れて、様子を伺うことにした。

「これで借りはナシだ。さっさとケリをつけろ!」
「そんなに海賊に借りを作るのがイヤか…」
「海兵の恥だ!部下に合わせる顔もねェ」

能力で帽子を取り寄せたキャプテンが帽子を被る。
なにがあったのかは分からないが、キャプテンは血だらけだし、スモーカーもボロボロだ。
恐らくあのサングラスの男との戦闘でこうなったのだろうが…まだ動くべきではない。
こんなとこに私が突っ込んで行っても足を引っ張るだけだ。
とりあえず、まだ様子をみよう。

「これで終わりだ、ヴェルゴさん…」
「やっと思い出したか。あるべき上下関係を…クソガキ…」
「そう思ってろって事だ。いつまでもそのイスに座ってられると思うな、お前ら!聞こえてんだろ?ジョーカー!」

ドキッと心臓が鼓動を早めた。
ジョーカー。私たちの最終目標でもあるドフラミンゴのことだ。

『フッフッフッフッ…』

その笑い声を聞いた途端に寒気を感じた。
キャプテンから話を聞いていたからなのか、それとも私の勘がコイツはやばい奴なのだと警告をしているのか分からないが。
恐れていてはダメだ。これからこの男をキャプテンと一緒に追い詰めるのだから、強気でなければ。

「ヴェルゴはもう終わりだ。お前は最も重要な部下を失う。シーザーは麦わら屋が仕留める。つまりSADも全て失う。この最悪の未来を予測できなかったのはお前の過信だ!いつもの様に高笑いしながら、次の手でも考えてろ!」

そこまで言うとキャプテンは口角を上げて、サングラスの男を見上げた。

「だが、おれ達はお前の笑みが長く続くほど予想通りには動かない」

その言葉で私自身も思わず口角が上がった。
それでこそ、我らがキャプテン。
こんなキャプテンだから、ついていきたくなる。

『フッフッフッフッ!イキがってくれるじゃねェか小僧!大丈夫かァ?!目の前のヴェルゴをキレさせてやしねェか?!昔…!覚えてるか?!どうなった?!お前ヴェルゴをブチギレさせて一体どうなった?!トラウマだろう?!消えるはずもねェ…ヴェルゴに対する恐怖!』

体を黒くして覇気を纏っていく男は怒りで周りが見えていないようだ。
私は影から出て二人の元へ向かい、距離を縮めていく。

鬼哭を抜いたキャプテンが私の存在に気がついて再び口角が上がった。
そう。私をROOM内に入れれば能力が強化されるのだから。

『ヴェルゴがお前を殺して、ナマエをおれの元へ連れて来させたら、ナマエはおれがたっぷり可愛がってやる!てめェみてェなガキじゃ出来ねェような可愛がり方で…フフフ』

サングラスの男が武器で床を叩いて、その音が凄まじい覇気なのだと私でも分かる。
けれど、キャプテンはそれ以上の覇気だ。
ドフラミンゴの奴がどんなにキャプテンを挑発しようとも、すでに勝敗は目に見えている。

『お前のブッた斬り能力でもこいつの覇気は全てを防ぐ!』

キャプテンがROOMを展開させ、男が走り込んだ瞬間に私も走り出してその薄い膜の中に体を滑り込ませた。

『立場、実力共にお前はヴェルゴに敵わねェ!!』

淡い緑色に私の体が光ると、キャプテンは鬼哭を振り上げ男に走り込み、斬った。
その斬撃は男だけでなく、周囲にあったSAD製造の機械、そして研究所までも斬り裂く。

まるで時間が止まったかのように静寂が訪れ、サングラスの男も何が起きたのか理解していないよう。

「頂上戦争から2年…誰が何を動かした?お前は平静を守っただけ。白ひげは時代にケジメをつけただけ。海軍本部は新戦力を整えた。大物たちも仕掛けなかった。まるで準備をするかの様に…!あの戦争は序章に過ぎない」

ドサっとサングラスの男が倒れ込んで、キャプテンと目が合った。

「お前がいつも言ってたな、手に負えねェうねりと共に…豪傑共の新時代がやってくる!」

もう止まれない。
あとは突き進むだけだ。

「…歯車を壊したぞ、もう誰も引き返せねェ!!」






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