08




体が思うように動けず、目の前でナマエが殴り飛ばされるのを見て、全身の血が煮えたぎるようだった。
叫べば口の中に血の味が広がり、床に血溜まりをつくる。

意識を完全に奪われたナマエを小脇に抱え、ヴェルゴはおれの前に立ちながら、見下ろした。

「彼が何知らないと本気で思っていたのか?我々とてシーザーを信用してはいない。だから彼は周到に潜り込ませていた、モネをな」

奥歯がぎりっと音を立てた。
まさかコイツが居るとは思わなかったし、ジョーカーに知られているとは。
それに、なぜナマエの情報もそこまで詳しく知っているのか。

甘かった…。おれのミスだ。
まさかそこまでナマエのことを執念深く調べられているとは思わなかったが。
こんなことになるなら麦わら屋と行動させるんだった…と、後悔したところで遅い。

「今では王下七武海様か。偉くなったもんだ…」
「いつ…ここへっ!はぁ…ヴェルゴ!」
「つい、今しがたさ…」

呼吸が乱れ、胸が痛む。
しっかり呼吸をしているはずなのに、体に酸素が行き届いてないかのようだ。
シーザーに渡したはずの心臓をヴェルゴに握られているのだろう。
つまり、最初からおれたちが潜入した時点で向こうに筒抜けだったわけか。腹立つ悪魔野郎だ。
潜入しているのを分かっていて泳がされていたということ。完全に甘くみられている。

「ちょうどドレスローザにいてな…SADのタンカーが出るっていうもので乗ってきた…。正解だったよ」
「はぁ、はぁ…何が…正解だ…!おれがお前らに危害を加えたか?!」
「すでに実害が出ていたらもう今、生きていない。大人に隠し事をしてもバレるものだ…ロー」

ナマエごと斬ったところでアイツにはおれの能力は無効化される。
だったらアイツごと斬り刻むしかねェ。

「じゃあ!消えてもらうしかねェなっ!」

鬼哭を掴み、斬り込もうと膝を立てたが再び激痛が走り叫び声を上げて鬼哭を落とした。

「ああ…一つ言い忘れていた。訂正しろ…」

目の前でヴェルゴが武器を取り出して武器ごと武装色の覇気を纏い、振り上げるのが見えたが、痛みで避けることなど出来ない。
おれの頭部に直撃し、意識が遠のく。

「ヴェルゴさん、だ」

おれの意識が戻る前に、ナマエがジョーカーの元へ連れて行かれないでくれと心の底から祈り、意識を手放した。







意識が浮上し、周囲を見渡して深いため息をついた。
同じように鎖に巻かれて麦わら屋と白猟屋、女海兵にニコ屋とロボ屋が檻の中に閉じ込められている。
顔を上げれば檻の外にヴェルゴとモネが居るが、ナマエの姿がなく、血の気が引き冷や汗がダラダラと流れ出るようだ。

もし、アイツがドフラミンゴの元へ連れてかれていたら。
そう考えると悪いことばかりが頭を過り、奥歯をギリっと鳴らしてヴェルゴを睨んだ。

「あれ?トラ男、ナマエは??」
「…」
「ああ、ミョウジ中将の娘さんは我々に必要な人材でね…別室に閉じ込めている。ローと一緒にしておくと厄介でしかないからな」

麦わら屋の問い掛けに答えたのは優雅にコーヒーを啜りながらソファに座るヴェルゴだ。
ナマエはまだ連れて行かれてはいないし、とりあえず殺されもしないというわけか。

「しかし…一つの檻に入るにはあまりに豪華な顔ぶれだな…いい眺めだ…」

ヴェルゴのことを女海兵と白猟屋が裏切り者だと、悔恨を感じさせる声を上げる。
海軍かヴェルゴの存在に気がつくはずがない。
そうでなければ…あの日から何事もなかったのように海兵として働き続けることは出来ないはずだ。

おれは苛立つ心を落ち着かせるようにため息をつき、ヴェルゴの正体やジョーカーについて、全員に伝えた。

おれはまだ諦めてない。
コイツらにはこの男の正体と、これから戦う男についての情報を知っておく必要がある。

ドフラミンゴの名前を出せば、全員の顔色が変わった。
本当の敵の正体を伝えたところでその巨大な相手に麦わら一味も動揺が走る。
麦わら屋だけは一切顔色を変えない。
それが妙におれを安心させた。

コイツに同盟を持ちかけたのは単なる気まぐれではない。
このログのない島へ、おれたちがそろそろ動くこのタイミングで上陸し、引っ掻き回す一味には何かを感じた。
それと同時に、ずっと引っかかっていた手配書で見た麦わら屋の名前。“D”の文字だ。

おれを思考を戻してきたのは三流科学者の男の耳障りな笑い声だ。

「お前もいい様だ、ロー。シュロロロロ!ヴェルゴには手も足も出なかったんじゃねェか?お前との契約が役に立ったなァ…」

ヴェルゴがおれの心臓を見せびらかし、握れば途端に激痛がおれの体を襲った。
モネが能力で姿を変え、おれを尾行していたらしい。

油断したな…雪である女が尾行するにはこの島は好都合過ぎる。
襲いくる激痛に叫び声を上げ、乱れた呼吸のまま三流科学者を挑発する。

「はぁ…優秀な秘書に救われたな…もっとモネを警戒しておくべきだった…。マスターがあんまりマヌケなんでナメきってたよ」

今思えば、ナマエは常にモネを警戒していた。
何故だか分からないが頭の中で気を許すなと警告が鳴り響いてると言っていたが、あいつの野生の勘も意外と役に立つのかもしれない。

おれの言葉に顔を歪めたシーザーがヴェルゴの持つおれの心臓に裏拳をし、再び激痛がおれを襲った。

「口を慎め小僧がァ!!」
「うあっ!!!」

口の中に鉄の味が広がる。
また出血したらしい。アイツに知られたらまた怒るだろうな。不要な挑発だとか…。クソ…。

「アイツを返せ…」
「あー?シュロロロロロ!安心しろよ、ちゃーんとおれが人体実験してやるよ!」
「クソ野郎っ!うがあっ!!」

駄目だ…。まずは心臓を取り返さねぇと…。

ナマエの顔を見ないと安心出来ないこの状況に、焦燥感が募るばかり。
つい数ヶ月前まで1年以上も離れていたのに、再会してからずっと隣に居たから隣にいることが当たり前になっていたのだ。

「何があろうと、私がキャプテンについていくことは変わりませんから」

頭の中でそう言って能天気そうにヘラっと笑うナマエの顔が過った。
そうだ。アイツは何のためにおれと離れてあの女の元で修行をしたんだ。

乱れた思考が一気に冷静になり、今度は反撃のタイミングを考える。
潜入中にナマエとあちこちの鎖と手錠を普通の鎖と入れ替えたおかげで能力は使える。
あとはヴェルゴやシーザーにバレないように檻に入った奴らを逃すだけだが、タイミング的に今は良くない。

シーザーはこの檻に入ったメンバーで何かの実験をするらしい。好都合だ。
檻が揺れ、外に出されるとそれぞれが騒ぎ始めるが麦わら屋の仲間のニコ屋とロボ屋は冷静だ。さすが一味の中でも年齢が高いだけある。それだけ修羅場の経験もあるのだろう。

「よーし、とにかく困ったな!」
「…ヴェルゴの登場とナマエが捕まったのは想定外だったが…麦わら屋…おれたちはこんな所でつまずくわけにゃいかねェんだ。作戦は変わらず、今度こそしくじるな!反撃に出るぞ」

ガスが迫っているこの状況だが、外に出られたのは好都合。
後はこの檻を見られないようにする必要がある。

「この中で誰か物を燃やせる奴は?いなきゃ別にいいが」
「火ならフランキーだ!ビームも出るぞ!そうだお前ビームでらこの鎖焼いてくれよ!」
「“ラディカルビーム”は両腕しっかりキメねェとでねェ!今出せるのは尻から“クー・ド・ブー”くらいだ!」

何だよそのふざけた理由。
しかも、なんつー技名だ。
いや、もうこの一味にツッコミをいれるだけ無駄だ。

「向かって右下の軍艦を燃やせるか?」
「それはお安い御用だ兄ちゃん。“フランキー…ファイヤーボール”!」

口から出るんじゃねェか!
本当に訳わからねェ一味だな。

口から火を出したロボ屋にツッコミを入れようとしてグッと堪えた。
考えた通り、煙が檻を覆い隠しその煙を吸い込みすぎたのかロボ屋が咳き込みながら怒鳴り声を上げる。

「ゲホゲホっ!おいこらトラファルガー!煙がこっちに来たじゃねェか!」
「お前がやったんだろう」
「おめェがやらせたんだよ!!」
「ゲホッ!あはははは!何やってんだよ!」

煙が完全に檻を覆ったのを確認するとおれは鎖を外して起き上がった。

「これで映像電伝虫には映らねェ。すぐにはバレずに済みそうだ」

能力で鬼哭を取り寄せ、麦わら屋とその仲間の鎖を斬る。

「うおー!自由だー!」
「叫ぶなバカ!」
「あ!ナマエを助け出さねェと!!」
「…アイツは大丈夫だ。お前らが思ってるよりずっと強い。それより作戦に集中しろ」

麦わら屋に言ったが、おれ自身にもそう言い聞かせる。
でなければ今すぐにでもがむしゃらに探しに行ってしまいそうだ。
ここまで来たのだから作戦を優先させなければ、合流した時にくどくどと文句を言われそうだ。

あとは女海兵と白猟屋だが…。
精神を戻して白猟屋に心臓と交換の条件を出した。
頼みではなく条件。あくまでもおれの方が立場が上だ。

「おーい!トラ男!どうやって中に入るんだー?」
「おい!何でアイツ檻の外に?!」

ったく!ほんの少し目を離せばこれだ!
白猟屋に心臓を返し、条件をのむことを確認したあとおれの能力で研究所内へ侵入した。
外で逃げている海兵共と麦わらの一味を招き入れるために扉を開いて招き入れる。

これで反撃の準備は整った。
あとはおれの心臓をどうにかして取り返すだけだ。
そしてアイツとも合流しなければ、安否も心配だし、側に居なければおれの能力も半減する。
SADの場所はアイツも把握しているし…捕らえられているところから自力で脱出したのならそこへ向かう可能性もある。だが、脱出出来なかったらこのままだとガスの餌食だ。

……考えている時間もねェ。
おれは麦わら屋に仲間の中で手が空いている奴が居れば、逃げながらそれらしいドアを開けて確認するように伝え、おれ自身はSADへ向かうことにした。







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