04




キャプテンに言われて医務室の奥の部屋を開けてみた。
棚の中にぎっしりとファイルが詰め込まれていて、その背表紙には名前が書いてある。
まだ名前と顔が一致しない状態なのに情報だけを頭に入れるのか…。

カルテを眺めながらふと気が付いた。
全てのカルテが同じ字で書かれている。

…まさかこのカルテ全部キャプテンが書いたってこと?

15人分。あ、キャプテンを含めたら16人。

そう思いカルテを探してみるが、どう見てもトラファルガーのカルテが見つからない。
まさか自分だけカルテを作成していないのか。

…今度私が作ろう。

採血は全員が3か月前にやったようだ。

既往歴や治療歴を見ると、色んな怪我や輸血をした人も居た。
感染症にかかった人や海王類の毒にやられたことも。
こんな毒の種類は聞いたこともないし、感染症の名前も聞いたことがない。
本当にいろんな勉強が出来そうだ。

持ってきた羊皮紙に羽ペンを走らせ、分からなかった病気や毒、薬草について書き込んでいく。

「なんかすごい楽しい」

ふふふっと一人で笑ってしまい、再びカルテに目を戻し羽ペンを走らせた。







「起きて、ナマエ」
「はっ!…ぎゃああああ!」

起きると目の前には白熊。
あまりの衝撃に椅子から落ち、頭を打った。

「酷いなぁ。昨日も挨拶したのに」
「あ、ご、ごめん…ベポさん」
「呼び捨てでいいよ、シャチみたいに」
「ありがとう」

フカフカの真っ白な毛皮が私の肩から落ちた毛布を拾い上げた。

「あれ?キャプテンも来たの?」
「?来てないよ?あれ、でもその毛布私の肩にかかってた」
「キャプテンの匂いがするよ」
「ならあとでお礼言っとこう」

いつ眠ってしまったのか、記憶が曖昧だが人が入った気配に全く気が付かなかった。
って!こんなことしてる場合じゃない!

「採血の準備しないと!」
「え?!ナマエがやるの?!」
「うん。キャプテンに言われて…あれ?ベポは何でここに?」
「朝ごはんの時間なのに来ないから」
「そっか。もうそんな時間だったのか」

注射器や消毒液、止血はせずに能力使えばいいことだし、駆血帯を持ってベポの後ろについていった。

食堂へ行くとすでにがやがやと賑やかになっていて、ベポに背中を押されるまま席に着いた。
私の隣にベポが座って目の前にはシャチとペンギンさんだ。

「お前が採血すんのか」
「そういや丁度そろそろ検診の頃合いだもんな」
「本当は朝食前のが良かったんだけど…寝坊しちゃったから」
「一人一人探しながらやんのか?」
「うん。顔覚えるのにちょうどいいし」

昨日カルテを見ながら名前をチェック表に記入してきた。
ついでに身長と体重も書き写してきたからだいたいの体格で声かけていくしかない。
それにしても、顔を覚えるのにちょうどいいし…もしかしてキャプテンはそれを見越して初っ端から採血を頼んできたのか。

…まさかね。

さっさと朝食を食べて、まずは待っていてくれたシャチから腕をだしてもらうことにした。

「俺、キャプテン以外に血を取られんの初めてだ…」
「あれ?止血用のテープない?」

採血するために準備している横から覗き込んできたペンギンさんが首を傾げた。
私の能力のことはキャプテンしか知らないことだったのかな。

「私の能力で出来るから」
「ええ?!お前能力者だったのか!」
「うん。キャプテンはこの能力が欲しくて私を仲間にしたからね」

シャチの驚いた声に笑いながら答えた。
皆の反応を見る限り、どうやらキャプテンの独断で連れ去られたらしい。
私とシャチの周りをどんどん他のクルーが覗き込んできた。

「キャプテン以外に腕を出すのなんか緊張するな」
「大丈夫なのかよ…」
「でもキャプテンが連れてきた女だぞ」
「なら大丈夫だろ」

ここのクルーたちは随分とトラファルガー・ローを信頼しているらしい。
昨日から思っていたが、惚れこんでいる人たちが多い。
駆血帯を巻くと、意外にも筋肉質なシャチの腕を見てすぐにプリプリな血管を見つけた。

うん、若くて筋肉質な人が多そうだから採血はすぐに終わりそう。

そう思いながら消毒をしてすぐに血管に注射器を刺す。
血液を一定量取ると、駆血帯を取って針を抜き、「“ケア”」と能力を発動させる。

「うわ!マジか!」
「すげえ!傷を治す能力かよ!」
「ナマエの採血全然痛くねぇぞ!」

シャチが嬉しそうに言うと次々と腕を出してくれた。
こんな協力的だとは思わなかったので嬉しくなった。

「ありがとうございます!どんどんやりますね!」

食堂以外の場所で仕事をしていたメンバーに仕事を代わって呼んできてくれたおかげで、すぐに15人全員の採血が終わった。
あまりにスムーズに出来たため、ここのクルーの協調性にも驚いた。
勝手なイメージだが、海賊ってもっと適当というか、非協力性なのかと思っていたからだ。
そのことをずっと隣で見てくれていたペンギンさんに言うと、笑いながら「あの人のおかげだな」と言った。

「キャプテン?」
「そうそう。ここのクルーはキャプテンが健康管理してくれてるからこういう医療行為には協力的なんだ」
「そっか…。確かに長い航海には健康管理ってとても大切だもんね」
「ま、他の海賊はないと思うけどな」

確かに病気で全滅の海賊も聞いたことがある。
航海中に優秀な船医の居ない船は命取りになる。
それなりの薬品と知識や経験のある船医が居なくては、安心して航海もできないだろう。

「私もこれから頑張ろう」

そう意気込んで全員分の血液を持ちながら、すぐにキャプテンのもとへ向かった。
溶血(血液の成分が壊れてしまう現象)してしまう前に届けなくては。

医務室の隣にある船長室のドアをノックすると「入れ」と返事が返ってきた。
失礼します。とだけ呟いて、ソファの上で長い足を組んで座って本を読んでいるキャプテンに全員分の血液を見せた。

「終わりました」
「早ェな」
「頑張ったんですよ。でも、思ったよりもみなさんが協力してくれたおかげでスムーズにできました」
「じゃあ、最後はおれだ」

キャプテンが本とテーブルに置くと腕を捲った。

「ええ?!キャプテンのも私がやるんですか?!」
「さっさとしろ」

てっきり自分でするのかと思っていた。
さすがに1億越えの賞金首に針を刺すのは気が引ける。
というか怖い。

「わ、私がこの針で何かするとは考えないんですか」
「んなもんされる前に対応できないと思うか」
「あ、いえ、た、確かにそうですよね…」

先程のみんなの腕にもあったがここのクルー達も船長も刺青があちこちに入っている。
そのうち自分もいれることになるんだろうか…。
痛そうでちょっと嫌だな…。でも、ここの決まりとかだったらどうしよう。

準備をして駆血帯を巻くと、血管が浮き上がってくる。
冷や汗をかきながら、ドキドキと心臓が爆発するのではないかと思うぐらい暴れてて、手が震えそうになる。
一度深呼吸をして、刺青の入ったその腕に手を添えた。

「刺しますね」
「ああ」

注射器を刺し、シリンジの中に血液が溜まっていき安心した。
失敗したりなんかしたら殺されそうだ。

一定量取ると、駆血帯を外し、針を抜きながら「“ケア”」と呟き、注射針の痕は綺麗に消えた。

「…全員に能力を使ったのか」
「はい。止血する手間も無くなりますし、ここの方はすぐにも仕事をし始めようとしている方がほとんどだったので止血が不十分になって…内出血とかになりそうですし」
「そんな能力酷使して体力は大丈夫なのか」
「傷が小さければ小さいほど消耗する体力は少なくなるので、この程度であれば大丈夫ですよ」

メモ代わりに持ってきた羊皮紙にトラファルガー・ローと書くと、キャプテンのサンプルに張り付けた。

「これで全員分です」
「解析は後で教えながらやる。医務室に置いておけ」
「了解です」

最初から医務室に置いておけって言ってくれればここに来る手間もなかったのに。
あ、でも、どっちにしろキャプテンの採血もする予定だったならここ来ないとダメか。

採血道具と血液を持ち、船長室を出ていくとその後ろをキャプテンが着いてきた。

「ま、まだ何かあります?」
「テメェの分の血液取ってねェし、カルテも作ってねェだろ」
「私の分ですか?!そ、それは自分で…」
「この船の船医は俺だ」
「はい…」



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