03




服をつなぎに着替えて、シャチさんに着いていきながら船内を回った。
どうやらハートの海賊団の船は潜水艦のようで、なかなか複雑だったけどトイレと食堂の位置ははっきり覚えられた。

「あの、シャチさん」
「シャチさん!さん!くー!もっかい言ってくれ!」
「……シャチ、私の部屋ってどこ?」
「いきなりのため口!」
「…」

こいつめんどくさい奴だ。
心の奥底からそう思いながら、冷めた目で「どうもさーせん」と言い放った。

「そもそもお前いくつだよ。俺より年下だろ」
「22です」
「めちゃくちゃ年下じゃねえか!その信じられないって顔やめろ!失礼だろ!」

思わず顔に出てしまったか。
シャチ曰く、どうやら私が一番年下、女性のクルーもまだ一人も居ないらしい。
ってことは、私は1人部屋なのか?それとも男性との相部屋になってしまうのか。
それならぜひこのシャチかベポさんがいい。この人はなんか手を出してこなさそうだ。たぶん。

その疑問を解決すべき問いかけを、目の前で喚いているシャチにぶつけてみた。
すると彼はニイっと笑った。

「お前の部屋なら、船長が宝物庫を一個潰さないと作れないって言ってた」
「それで?」
「さっきの医務室がとりあえず部屋だって」
「ひど!」

扱いはとんでもなくひどいが、ここの船の専属の看護師になるならその方が仕事しやすいか。
物品の位置も覚えやすいし、薬も作りやすいだろうし。
航海している看護師や医師は自分で調合した薬を使用することが多いと聞いていたので、いつかの航海のために薬学を学んでいたが。
まさか、海賊船に乗るとはミジンコ程も思っていなかった。

「あ、薬とか調合って誰がしてんの?」
「あー、キャプテンの指示でペンギンがやったりもするけど、ほとんど船長だな」
「ふーん…ここの船の船医は??」
「キャプテンに決まってんだろ」

何となくそうだじゃないかとは思ってたけど、やっぱりそうだったか。
船長兼船医とかどんなスーパーマン…いやいや、もう私はその人のクルーなんだ。

「キャプテンってすごい人なんだね、海賊だけど、めっちゃ怖いけど」
「そうだぞ!すげえし、かっこいいし、もう尊敬しかないぐらい!」
「あー…そうなんだ」

熱心に言い始めるシャチに若干引きながら、夕食の時間になって食堂へ向かった。




食堂はすでに何人ものクルーが居て、入った瞬間に歓声が沸き起こってまたびびった。
とりあえず、再び色んな人と話して、ご飯も食べて、ご飯美味しかった…。
宴会は船長の判断で一応病み上がりというのもあって明日の夜に開催することに決定したらしい。

今は夕食の質問攻めに落ち着いて、看板で夜の海を眺めていた。
母親とは別れを言うことは出来なかったし、妹は1人であの死の外科医と自分の姉の身柄を交渉したのだ。

恐怖だったに違いない。

不甲斐ない姉ちゃんでごめんね。
でも、悲しいとか恐怖とか不安とかいうマイナスの感情の中にも一つだけ…わくわくしてしまう感情も湧き上がっているのは事実。
これからこの海を冒険できる。
色んな病状や症状、薬草や知識、たくさんのふしぎな現象を自分の目で見ることができるんだ。
そう思うと、家族には申し訳ないがどうしても楽しみだと思ってしまう。

それに、ここの仲間はおもしろくて、優しい人ばかりだった。
海賊なのに。船長はあの“死の外科医”だというのに。

“死の外科医”とはいえ医者だ。
もともと医者のもとで勉強したいと思っていたため結果オーライかな。
逆に海賊だからこそ様々な怪我や病気の治療を経験できるかもしれない。

知識は武器だ。うん、いっぱい学ばせてもらおう。

手すりに両手をついて少しだけ身を乗り出すと、後ろから首元を引っ張られて「ぐえっ」と野太い声が出てしまった。

「テメェは能力者の自覚がねェのか」
「とらふぁ…キャプテン」

危うくフルネームで呼んでしまうとこだった。
昼間に覚悟をしたのだ。この人をキャプテンと呼ぶことを。

「何か御用でもありました?」
「お前の医学の知識を確認しておきてェ」
「私の?」
「お前の荷物の中に随分と使い込まれた薬学書が入ってた。お前薬学も勉強してたのか」
「もちろんです。もともと一人で世界を見たくて航海するつもりでしたから」

航海術が全然ダメだったんですけどね、と笑うと、目の前の“死の外科医”が、フッと鼻で笑った。

わ、笑うんだ。“死の外科医”なのに!!

とことん情報はあてにならないもんだと思った。
冷徹で残忍だと言われて…いや、でも戦闘が始まると実は変わるとかあるかもしれない。

「簡単な調合は出来ます。あとは島ではほとんど怪我というよりは内科系の治療をしてました」
「お前が自ら治療にあたったのか」
「私の島に医者はいませんでしたので…。まあ、看護師といいつつも内科医のような仕事してましたね」

そもそもこの大海賊時代に医者と看護師の壁など存在しているのか微妙なところだ。メスはさすがに持ったことないけど。
でもまあ、一応あるのかもしれないけど…少なくとも私の島では看護師としてちゃんと仕事をしたい人はドラム王国の医者の補助をしに行ったものがほとんどだ。
そうじゃなければ、島に残って勉強して医者並みの知識をつけていくしかない。

「でも、重病になればドラム王国へ行く人が多かったですし」
「じゃあ、何してたんだよ」
「急性アルコール中毒とか、毒治療とかですかね…」
「…」
「な、なんか役に立てずすいません」
「いや、これから学ばせるから別にいい」

学ばせる?
まさかこの恐ろしい人から教わるとかないよね。きっとないよね。
そういうのめんどくさがりそうだもんね。きっとそうだよね。

自己完結させて、一応自分の経験値を追加で話すことにした。

「採血や点滴の経験もあります」
「なら、明日中にここの船に乗ってるやつ全員の腕から採血してこい」
「へ?」

思わず間の抜けた声が出てしまった。
全員の採血をして来いだと?

「そろそろクルーの血液データを取ろうと思ってたところだ」
「ええ?!」
「医務室の奥にカルテ庫がある。クルー全員のカルテが入ってるから明日の朝食までに目を通しておけ」

次から次へと出てくる仕事に青ざめていく。
食堂に居た時に居た人数を見たって15人以上は居たはず。

「部屋に戻ります!」
「昼飯までに全員の血液を俺へ届けろ。物品は医務室のを勝手に使え」
「了解です!」

あれ?私って病み上がりだよね?
この人、一応私の主治医的な感じなはずだよね?

そんな不満を態度にも顔にも出せるはずもなく、一刻も早くスパルタ船長のもとを立ち去って行った。



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