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2人だけの浜辺で、静かに波の音を聞きながらキャプテンはポツリポツリと話し始めた。

「おれの持っていた病気は、白鉛病」
「はく…えん…」
「知ってるのか」
「はい…」
「勉強家だな」

本で読んだことがある病名。感染性のもので、治療法がない。生き残りは居ないし、あっという間に感染が広がって町は無くなったとあった。

私が戸惑っているのをキャプテンが鼻で笑い、私の頬に触れた。
キャプテンの顔も、それこそ全身を見たことが何度もあるが、症状である白い皮膚の部分など無かった。

「おれはもう完治している。お前が読んだ本は事実を隠している政府が出した本だ」
「っ…そんな…」
「事実はもっと残酷で、政府に取っては不利になる内容だからな」

それからキャプテンは隠された真実を語り出した。
真実は本当に残酷過ぎて、信じたくないけど、キャプテンが話す声色から認めざるおえない。

人間が一番怖い。目先の欲とお金に惑わされて、それに加えて感染症だと思い込んで町ごと消し去る。
でも、それも政府の思惑だったのかもしれない。正義だと思っていた政府がそんなことをするなんて…。

家族も、友達も、故郷も失って…キャプテンの幼少期の話はそれだけでは終わらなかった。
涙が溢れそうになるのをグッと堪えながら、話しの続きを聞いた。

「全てを失ったおれは…ある海賊に入る事にした」
「海賊…」
「今、七武海となっている男…ドンキホーテ・ドフラミンゴだ」

七武海についてはシャボンディ諸島でキャプテンに教わった。結構酷い事を平気でする人だった気がする。過去の手配書を見せてもらったりもしたけど、特徴的なサングラスをしてた奴だ。

ドンキホーテファミリーの仲間入りをしたキャプテンはその後の話しもしていった。キャプテンの強さはその幼少期の猛特訓があったから。でも、一番は心の成長と安らぎを教えてくれたコラさんの存在があったからこそ。
白鉛病が治ったのはコラさんが取ってきてくれたオペオペの実のおかげ。命をも救ってくれたのだ。

コラさんが居たから、今のおれがあると語るキャプテンは悔しそうに顔を歪めて奥歯をギリっと鳴らせた。

「そのコラさんを…殺したのが、実の兄であるドフラミンゴだ」

ゾクっと背筋が凍った。家族に手をかけるなんて、想像するだけでも恐ろしい。それも、キャプテンの目の前で…

「コラさんは…ドフラミンゴの暴走を止めたい一心で海軍に所属しながらドフラミンゴの元に戻ってきた。だから、おれはコラさんの代わりにコラさんの本懐を遂げる為に生きてきた」

私は泣きそうになるのをグッと我慢して、キャプテンの手を握った。かける言葉なんてなくて、言葉を詰まらせて、予想以上の壮絶な過去に私は衝撃しかなかった。

私の手を握り返してくれたキャプテンが話を続ける。

「…相手はドフラミンゴだ。お前が狙われるのも目に見えて分かる。そして、今のおれはお前を盾にされれば…間違いなくおれは殺される。おれの弱点はハートの仲間とお前だ」

きっとキャプテンは私を置いて行くつもりで話をしているのだと分かってはいるが、分かりたくないし、分からないフリをしてしまう。

キャプテンは私から目線を外して海の方を眺めた。

「初め…お前を乗せた時は、お前のその能力を利用するためだけに乗せた」
「…そうでしょうね」
「でも…もうそれだけじゃなくなって、お前を失うのが怖くなるぐらい、大切な存在になり始めたから何も言わずに置いていくことも考えた」

知ってる。でも、考えたくもないし、そうはしたくない。

「でも、相手はあのドフラミンゴだ。おれ自身もどうなるか分からねェ。このことはハートと関係なく、おれだけの問題だから単身で動く予定でいる。だから、お前も船に置いて行くか…連れて行くか、今でも迷ってる」

私はキャプテンの手を離して、海を見つめた。

ついていきたいです。離れたくないです。
そう言いたいのに言えないのは、今の私はキャプテンの足枷にしかならないことを自覚しているから。

たったの数日、シャボンディ諸島で鍛えたからといって変わるわけでもなければ、大きな決断をしているキャプテンに報いる働きが出来る自信もない。

能力のサポートだと言ってもキャプテンのROOM内に居れば勝手に相乗効果は起こる。けれど、そこまで敵に接近した状態、せめて自衛出来るぐらいにならないと意味がない。

「…約束は覚えてますか?」
「…その約束も守る事が出来ねェかもしれない」

互いに守り合って、死ぬ時は一緒に。
そういう約束だったのに、キャプテンは今後死ぬかもしれない事を仮定しながら進んでいくつもりだ。

「……少し、歩いてきます」

立ち上がってキャプテンに背中を向けた時に、腕を掴まれた。

「船を降りるっつー選択肢もある」
「…」

腕が離されると森の方へ歩いて行った。
少し離れると走り出して、我慢していた分、声を上げて泣いた。

どうして私に力がないのか。
強くなりたい。キャプテンから安心して、ついてこいと言われるぐらいに。

「強くなりたい。…強く!強くなりたい!」
「鍛えてあげよっか?」
「っ?!」

気配に全く気が付かなかった。
背後に立っている美しい女性に目を見開いてまじまじと見つめる。

白いマントに綺麗な体つき。この衣装は見覚えがある。

「私が鍛えて上げれば、貴女もアマゾン・リリーの女戦士のようになれるわ」

やっぱり。ハンコックさんのところの戦士だ。
これは偶然だろうか。とてもタイミングの良過ぎる提案。でも、もしかしたら神様がくれたチャンスなのかもしれない。けれども、それと同時にキャプテンとは離れることになるし、キャプテンも許可出してくれるかも分からない。

…いや、無理やりにでもこのチャンスに縋り付くべきだ。
背に腹は変えられない。来るべきその時に私自身も備えるべきだ。

私は決意をすると顔を上げて、頭を勢いよく下げた。

「よろしくお願いします」
「ふふ!私はコスモス。あなたは?」
「ナマエです。あの、自分の船長へ伝えて来てもいいですか?」
「いいわよ。1年はここに居てもらうから」
「1年?!」

という事は少なくとも1年以上はハートを、キャプテンの元を離れる事になる。

…離れたくはないけと…目先の感情よりも、未来に向けて蓄えるべきだ。

「…分かりました。一緒について来ていただきたいのですが」
「もちろんいいわよ。貴女を預かるということを言っとかないとね」

ウインクをして笑う女性はとても強そうには見えない。
今思えば鍛えてもらうとか、この人怪し過ぎじゃないか?私は必死になり過ぎてて強くなりたい一心で頷いたが、どうも怪しくなってきた。

「怪しんでるのバレバレね」
「えっ?!」
「ふふふ、分かりやすくて可愛い。さて、貴方の船長のトラファルガーにご挨拶に行きましょう」
「?!な、なんでキャプテンのこと…」
「いいから来なさいな。私の強さ、教えてあげるから」

女性はどう見ても丸腰だし、服装だって軽装だ。
歩き出したコスモスのフワリとなびく長い髪を見つめながら慌ててついて行った。




キャプテンはまだ海を眺めていたが、コスモスが砂浜に足を踏み入れた瞬間に鬼哭を構えた。

「何だてめェは」
「トラファルガー・ロー」

一瞬過ぎて私は何も分からなかったけど、素手でキャプテンの鬼哭を掴んだかと思えば、次の瞬間にはキャプテンが海の方へ吹っ飛ばされていた。

「キャプテンっ!」
「あららー。っと、貴女もカナヅチでしょーが。待ってなさい」

走り出した私の足をかけて転ばされると、コスモスはすぐに海からキャプテンを引き上げて軽々と砂浜にその体をぶん投げた。
私はすぐにキャプテンの体を起こしたが、キャプテンは私の体を押し除けて鬼哭を構えた。

「てめェは一体…」
「ナマエちゃん、どうする?」

ハッと気が付いた。これがこの人の強さだ。キャプテンを軽々とぶん投げて、素手で応戦出来るほど強い力。
やっぱりこれは私に与えられたチャンスだ。

私は立ち上がって、キャプテンとコスモスの間に立った。

「キャプテン。私はこの人の元で修行することにしました。1年、船を降りさせて下さい」
「…その女の元で居るつもりか?どこの誰かも分からねェ得体の知れない奴と」
「私はアマゾン・リリーに居た女戦士。今はここの島民…と言ってもずっとここに住んでるけど。ああ、この子は1年後にあんたの元に届けてあげるよ」
「送り届ける?」
「これでも情報屋もやっててね。あんたの情報をかき集めて送り届けてあげるってこと」

何も出来ず何も言えずに私はたじろいだ。キャプテンから先ほどから発せられる殺気にこの人は何も思わないのだろうか。
いや、分かってて余裕なのか。

「まあ、本当はこの子の父親に返しきれない大恩があるからなんだけどね」
「…父親?」
「とりあえず1年預けてくれれば、新世界でも通じるくらいの力をつける事が出来るわ。ふふふ、どうする?死の外科医」





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