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「じゃあさ、イルカ君を助けたお礼ってことで少し手伝ってほしいんだけど」
「お断りします。ここの島に磁気とられたら航路変わっちゃいますし」
「君たちは海賊だからね。そう言うと思って…じゃーん!次の島のエターナルポース!」

私もイルカさんも内科医が出してきたエターナルポースに驚いた。
刻まれている島の名前は間違いなく、目指していた父の駐屯地のある島だ。
確かに親切にイルカさんを助けてもらい、しかもエターナルポースももらえるのであれば時間を気にせずここの島で物資の補充などもゆっくり出来る。
イルカさんも同じことを思ったのか、私を見て大きく頷いた。

「手伝います。そのかわり、燃料や食料などの物資の補充もできますか?」
「僕の手伝いをすれば買えると思うよ。どちらにしろそうじゃないと物資調達は難しいと思う。ここの島はよそものに厳しいから」
「やります」

私が頷いて立ち上がると、内科医の先生は目の前にずいっと服を一着差し出してきた。ナース服。
変態を見るような眼差しで見ると、内科医は慌てて首を振った。

「僕の趣味じゃないよ!さすがにその姿だと海賊なのはバレバレだと思って!」
「…なるほど」

本当に不本意だが仕方ない。
奥にあるという更衣室へ案内されて素直に着替えをすることにした。
自分の島でもナース服はあまり着ていなかったし、ズボンタイプの白衣を着ることが多かったので、こんなワンピースタイプのナース服は着たことがない。
不満はすごくあるし、抵抗もあるが、物資のためだ仕方ない。

「はー!本当に白衣の天使だ!!」
「先生。さっさと終わらせましょう」
「今日から一週間よろしくね」
「一週間?!」
「じゃないと物資は難しいかもねぇ…エターナルポースもなぁ…」

こいつ腹黒い!クソ医者め!
私はイルカさんを睨みながら「イルカさん、恨みますよ」と呟き、手招きされるがまま内科医についていった。

島民は人口も少なく、回診の手伝いをしながら挨拶していく。ついでに明日以降で仲間が買い物に来るかもしれないから売ってあげてと、内科医が伝えていく。

訪問に付き合いながら血圧測定に体温や脈拍を測定して、内科医の診察の補助をしながら指示があれば採血もして。
内科医が私の手元の眺めながら「手際いいね」などと言いながら、いちいち撫でてくる。
頭に内科医の香水の匂いが染みつきそうだ。

妊婦さんも居れば、糖尿病の高齢者、心臓病…
一人、腹痛を訴えている男性は症状も触診も採血もして、恐らく虫垂炎だ。盲腸。炎症反応も高いし、オペ適応なはず。
外科的手術を行えばすぐに治るし、わざわざ抗生剤の点滴を何度もしなくて済むのに何も内科的に治療して様子見なくても。

「外科処置はしないんですか?あのおじさん虫垂炎ですよね」
「うん。必要があればそのエターナルポースの島で外科の先生に診てもらうんだ」
「緊急で必要なときは?」
「その時は残念ながら諦めるよ。ここの島民の人はそれを承知でここに住んでいるんだ」
「…なんかそれって狡くないですか」

専門が違うからって医者が目の前の苦しんでいる患者さんを見捨てるなんて。
私だったら許せない。

「…ふふふ」
「笑うとこじゃないんですけど」
「君、ほんといいよね。海賊やめて僕の診療所にずっといて欲しいな」
「お断りします」
「せめてその堅苦しい敬語やめてよ」
「それもお断りします」

きっぱりと断って、後ろをついていった。
最後のお年寄りのところへ行った後に診療所へ戻ると、案の定、バラバラになったイルカさんの体を仲間たちが遊んでいた。
キャプテンはソファに座り、ここの診療所にあった医学書を読んでコーヒーを飲んでいる。どこ行っても態度がデカい。

「やあ、君たちがハートの海賊団だね。イルカ君を助けて治療をした内科医だよ」
「その件に関しては礼を言う。…だが、うちの看護師を貸すとは言ってねェ。勝手に連れ回しやがって」
「君が船長か…。死の外科医、トラファルガー・ロー」

内科医がドアに居るせいで私は中に入れないでいる。
けれど、キャプテンの後半の発言は明らかに声が低く、怒っている。
目の前の内科医はブルッと体を震わせた気がした。そりゃあ、一般人からしたら恐怖でしかないだろ。キャプテン、顔怖いし。目つき悪いし。

ぐっと握りこぶしをつくった内科医は震える手を隠しながら、鞄からエターナルポースを取り出した。

「これと物資の代わりに彼女を一週間借りたい!」
「…海賊と交渉か。いい度胸だ」
「ぼ、ぼくを殺したらエターナルポースを手に入れても物資は手に入らない!」
「くくく、おれ達は海賊だって言っただろ。物資なんか奪って出るって手もあんだろ」
「ぐう…」

何も言えなくなった内科医に少しばかり同情してしまう。
でも、よくキャプテン相手にそこまで強気で発言できたよ。そこだけは褒めてあげられるよ。
俯く内科医は腕をぷるぷると震わせて、ぎりっと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。

「…まあ、イルカを救ってもらったのは確かに助かった。3日だ」

キャプテンの発言に内科医が顔を勢いよくあげた。
シャチから聞いたけど、町を襲って物資を奪うことはしたことが無い。そういうところも私がハートを好きな理由の1つだ。
しかし、内科医は不満があるらしく唸りながら声を荒げた。

「せめて5日にしてくれ!!」

その言葉を聞いてドサっとキャプテンが持ってた医学書をテーブルに放り投げた。

「…4日だ。これ以上は譲歩するつもりはない」
「うぐ…わかった!明日からの4日間彼女を借りる!」
「貸せる時間は朝9時から18時までだ」

ホッと胸を撫で下ろした内科医は私の腕を引き寄せて、引き寄せると診療所の中へ引き込まれた。
私の姿が見えた瞬間にキャプテンも含めて仲間たちの驚いた顔が見えた。私の姿を上から下まで見て、「な、ナース服…!」「しかもスカートタイプっ!」と何人かは悶えていた。ちょっと引く。

「明日の9時に待ってるよ」
「じゃあ、着替えます」
「待て」

更衣室へ向かう途中、キャプテンが片手を背もたれに預けながら私を手招きした。
素直にキャプテンのもとへ行くと腕をぐいっと引っ張られて膝の上に跨る形で乗せられた。
そのままスカートを下着が見えるギリギリまで上げて、太腿を撫でられて耳元で囁いた。

「随分、いい恰好じゃねェか」
「っ!キャプテン!」
「誰がこの格好を許可した」
「服装の許可なんて聞いたことありませんよ」
「相変わらず生意気なナースだな…仕置きが必要か」

すぐに背中を反らせ、キャプテンの体を押して離れようとした。
腰を掴んでいて離れられないが、隣りにいるベポが「ナマエ嫌がってるよ、キャプテン」というと、くくっと笑って解放してくれた。
ニヤニヤする仲間たちを睨み、八つ当たりに転がっていたイルカさんの太腿を踏み潰してから更衣室へ入った。

みんなが居る前であんなことして!
憤慨する頭でキャプテンへ悪態つきながら、いつものつなぎに着替えるとほっとした。
やっぱりこの服が一番だし、自分もハートの海賊団のクルーなのだと安心する。
更衣室を出るとシャチしか居なくて、私は首を傾げた。

「みんなは?」
「キャプテンが内科医に酒場へ案内させた。おれ達も行くぞ」
「まあ、4日は島出られないもんね。イルカさんが無事だったのは良かったけど、やっかいな人に助けられたね」
「お前も災難だなー」

苦笑するシャチと診療所を出ながら笑った。
しかし、仲間が欠けることもなくまた皆で集まることが出来たという嬉しさのが今は嬉しい。
どうせ、今日は宴になるのだから飲みまくろう。









酒場に入ると貸し切り状態で内科医はキャプテンの隣でお酒をぐいぐい飲んでいた。
綺麗なお姉さんもたくさん居て、一緒に入ってきたシャチはさっそくお姉さんの一人に連れられて、鼻の下を伸ばしながら席に案内された。
私はカウンターまで行き、店主らしきおじさんに声をかけてお酒をもらうとグイッと飲んだ。アルコールが結構強い。そういえばこの人、虫垂炎のおじさんだ。

「お腹大丈夫ですか」
「あれ!昼間の看護師さんじゃないか!いやー、君のとこの船長は気前がいいね!」
「へ?」
「前金でたっぷりお金をいただいて、飲食代もしっかり落としていってくれるみたいだし。クルー達はしっかり女の子たちにチップ渡してるし!」
「そうですか」

前回の戦闘で手に入れた敵船のお金と宝を大量に手に入れたので、ハートのお財布は今潤っている。
もともとキャプテンは酒場を貸し切るときは迷惑料も込めて大目にお金を置いていくと仲間たちが話していた。
そういうところも男気溢れる、かっこいいところだ。カリスマ性もあるし、強いし、頭いいし…はっ!煩悩が…。
誤魔化すようにぐいぐいとお酒を喉に流し込んだ。

「ナマエ、キャプテン呼んでんぞ」
「ん?ありがとうございます、ウニさん」

自分のお酒を持って、綺麗なお姉さんと内科医に挟まれて座っているキャプテンのもとへ行った。
少し頭がふわふわして、足元が覚束ないのは気のせいだ。

「呼びました?」
「呼びましたじゃねェよ。ここに来い。てめェは邪魔だ」

綺麗なお姉さんの腕を振り払って、睨みつけている。
女性は私の前を通り過ぎる際に「調子に飲んじゃないわよ、ペチャパイ」と吐き捨てる様に呟いた。
…そこまで小さいと思っていなかったが、確かにつなぎを着ていればそうも見えるだろう。
キャプテンの隣に勢いよく腰を下ろすと、肩に刺青の入った腕が回された。
ぐいっと引き寄せられ顔を覗き込まれる。顔が近い。

「あ、あの」
「今夜は船に戻らねェからな」
「…」

つまり宿を取って泊まるということか。
私の顔に熱が集まり、その様子を見ていた内科医が声を震わせて口を出した。

「船長さん、その…もしかしてナマエって」
「気安く名前呼んでんじゃねェよ」

そう言うとキャプテンは内科医に向けて中指を立てた。

「そのもしかして、だ。手出すなよ」
「…」

内科医は悔しそうに顔を歪めて、お酒を煽り始めた。

「僕は、諦めない!」

机に叩きつけるように置いたジョッキがすごい音を立て、その音に負けないぐらいの大きな声で内科医は言い張った。
私は唖然としてキャプテンと内科医を見て、気が付いたら仲間や女性達も内科医とキャプテンに注目していた。

「君たちハートの海賊団には…いや!海賊になるにはもったいないんだ!だからっ僕にナマエを譲ってほしい!」

シーンと静まり返った酒場の沈黙を破ったのは、何かを言おうとしたキャプテンよりも早く立ち上がった私だ。

「私はハートの海賊以外の場所で過ごすことは考えてない!私の居場所はハートなんだから!」

言い切ると目の前のお酒を口に含んで、キャプテンの真似をして中指を立てた。

「それでも私が欲しいなら奪ってみせなさいよ」

その言葉で仲間から拍手と歓喜だ。
へらへらと笑って仲間たちに手を振っていると、隣からも笑い声が聞こえてきた。

「くくく、んとにお前は…。こいつは、ここの島にも留まっておけるほどの女じゃねェよ。それにお前の手に負える看護師でもねェ」

「…それでも、やっぱり僕は諦めない」

内科医の呟きはハートの仲間たちの喧噪によって、キャプテンの耳にしか入ってなかった。





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