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体が重くて怠い。まだ眠たいと思ったが時間を確認するためにも一度起きよう。
顔を上げて時計を確認。思わず「嘘でしょ…」と呟き、ガバッと勢いよく体を起こした。
時刻はすでに昼近くになっており、医務室に居ない私を仲間が探しに来てしまうかもしれない。

ふと、ゴミ箱が目に入って覗き込むと避妊具が堂々と捨ててあり、私はその避妊具を取り出すとティッシュで包んで見えないようにしてゴミ箱に戻した。
下着と服をすぐに着て、すぐにつなぎに着替えようと慌てて部屋を出ようとして…ノックが聞こえた。
体はドアノブに手を伸ばしたところで止まり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「キャプテン、ナマエ、そろそろ昼っすよー」

シャチの声だ。
なぜシャチの声?私が船長室に居ること何でシャチが知ってる?
動揺して体は硬直したまま、頭はぐるぐると回った。
ギシッとベッドが鳴って、後ろを振り返ると欠伸をしながらキャプテンが起き上がり、何も言わずにパンツとズボンを履くと私の横を通り過ぎて躊躇うこともなくドアを開けた。

「シャチか」
「おはよーございます!キャプテン。ナマエは居ます?」
「ナマエなら、ここで固まってる」

上半身裸のキャプテンはドアを大きく開けて、シャチに室内を見せると口を開けて固まっている私と目が合った。

「お、ナマエおはよう」
「あ、お、おはよシャチ。私ね朝早くから船長室で医学書借りてソファで読んでてそのままウトウトしちゃってねー、ははは」
「?着替えもせずに?まあ、いいや。コックが心配してたから早く食堂来いよ」
「う、うん」

あれ?なんかシャチ普通すぎないか?
私が意識しすぎか。なんて心の中で安堵しているとキャプテンとシャチが普通に会話をし始めた。

「キャプテン、おれの夜のお供を盗みました?」
「ああ」
「これが代わりに入ってたんで、返します」

シャチの手から受け取ったキャプテンはピアスを耳につけて、私は顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かした。
どういうことか分からない。
もしかして、もしかして、キャプテンが昨日能力でピアスと入れ替えたあの物は…

「もー、船であんまイチャつかないでくださいよ」
「ほっとけ」
「あれ最後の三つだったんですからね!」

二人の会話を聞いて言いたいことはたくさんあったが、言葉は出なくてかろうじで出た疑問の一つを口に出した。

「な、な、な、何で、え?シャチ知って…」
「ぷっ、なんつー顔してんだよ」
「くくく」

私の顔を見た二人は吹きだして笑ってるけど笑いごとではない。
私は真剣だ。

「何で知ってんの!」
「え、何でって昨日医務室でキスしてる二人を見たから」
「なっ……ははは…ああ、終わった…きっと私は苛められて、体を使ってキャプテンに気に入られたとか言われて…」
「んなこと言うやつ居るかよ」
「きっと靴隠されたり…ご飯食べられたり…」
「いや、普通に祝福されんだろ」
「倉庫に閉じ込められたり…海に落とされたり…」

キャプテンとシャチが合間合間にフォローしてくるが、そのまま床に項垂れて文句を言い続けていると後頭部に衝撃を受けて涙目になった。

「いい加減うぜェ。てめェ、おれのクルーがそんな器の小せェ男ばっかだと思ってんのか」
「…!」
「それとも何だ。別れてェのか」

しゃがみ込んで私の顔を覗き込むキャプテンに、必死に首を横に振って応えた。
別れるなんて単語がキャプテンの口から出たことに胸を痛めた。やばい、泣きそうだ。
ここで泣いたところでウザさが倍増するだろうし、私、重いな…。
ぐっと涙を堪える様に俯いて、下唇を噛んで耐えた。

「…すいません…」
「…ったく。最初っから隠す意味なんてねェんだよ。一緒に暮らしてんだからどうせどっかでバレるに決まってんだろ」
「あー…実は昨日部屋でみんなに話したけどめっちゃ喜んでたぞ」

シャチの声に顔を上げて「ほんと?!」と聞き返した。

「当たり前だろ。相手がキャプテンなら尚更だろ。むしろお前がそんじょそこらの島で変な男にひっかかるよりずっといいだろ」
「私そんなフラフラしてない!」
「はいはい。んじゃ、食堂で待ってるからさっさと来いよ。キャプテンもちゃんと昼飯食いに来てくださいよ!」

バタバタとシャチの足音が遠のいて、私は立ち上がってキャプテンの手を掴んだ。

「その、ぐちぐちとごめんなさい。私、別れるなんて全く考えてませんし、皆がそんな人じゃないって確かに…考えてみればそうでした。その…そもそも私はキャプテンが好きなんですし…他の人の目なんて関係ありませんでしたね。いやー、お恥ずかしい」

あははとから笑いする私に、キャプテンは「分かりゃいい」と一言だけ言うと頭を撫でて着替え始めた。
私も頭を下げて医務室へ向かった。














つなぎに着替えて出ると、いつものトレードマークの帽子にパーカーとジーンズ姿のキャプテンが船長室を出てきた。

「お前、今日からおれの部屋で寝ろよ」
「ええ?!」
「もう全員知ってんだからいいだろ」
「…え、いや、あ、はい」

確かに断る理由もなければ、そもそも医務室は寝て過ごす部屋でもない。
怪我人や病人が眠るところだ。

「女性部屋をつくるというのはどうですか」
「女のクルーが仲間になったらな」
「…」

他にも色々と言いたかったがこれ以上言ってもまた喧嘩に発展しそうだったので口を噤んだ。
キャプテンの後ろをとぼとぼと歩いて、キャプテンが食堂へのドアを開けると一斉に拍手を受けた。
何だこれは、ものすごく恥ずかしいぞ。本当に祝福されているが、逆にこれはこれでくっそ恥ずかしい。

私は顔を赤くしながらキャプテンをちらりと見ると、キャプテンは顔を顰めた。

「…言っておくが」

キャプテンの静かな一言で一斉に静まり返る。

「コイツは確かに俺の女だが、ハートのクルーでもある。別に特別扱いする気もなければ、お前らがコイツに気を使う必要もねェ。下っ端なのには変わりないからな。宴はなしだ、海も荒れてるし外出るな。以上、さっさと仕事に戻れ」

私はその横で「よろしくお願いします」と頭を下げた。
流石キャプテンだ。しっかりと公私混同しないように線引きしてもらえてよかった。

みんなも納得したのか、いや、一部では何かに不満だったようでぶーぶー言っていたが、キャプテンが鬼哭を掴むとそそくさと出て行った。
私とキャプテンの前に食事が置かれて、向かいの椅子にペンギンが座った。

「ちょっと天候が怪しいみたいで、サイクロンが来るかもってベポが」
「サイクロンか…」

二人の話しを口におにぎりを入れながら聞いて、私もおにぎりを頬張る。

「なら、潜水して回避する」
「分かりました。じゃあ、今から潜水しちゃいます」

キャプテンが頷くと、ペンギンはすぐに立ち上がって食堂を後にした。
確かに波が少し荒いのか船が結構揺れている気がする。

もぐもぐと口を動かしながらちらりと隣を見ると、食べ終わってるキャプテンが水を飲みながら目が合った。

「フラフラすんなよ」
「了解です」

今日は洗濯できないから船長室の掃除と男部屋の掃除と…
そう頭の中で予定を組み立てていると、バタバタと何人かのクルーが濡れた体で食堂へ走り込んできた。

「キャプテン大変だ!イルカが海に落ちた!」
「は?!なんでだよ!」
「船内に逃げ込む前に高波にさらわれて!」
「あの馬鹿!」

すぐに甲板に向かおうと立ち上がったらキャプテンに腕を掴まれた。

「お前は操舵室行ってペンギンに伝えてこい!」
「はい!」















ペンギンとベポとキャプテンで海流を見ながら推測すると近くの小島に流れ着いていると考えられた。
全速力で船は進んでいき、私は必死に無事を祈りながら医務室の窓から見える海の中を見つめた。
仲間が死んでしまうかもしれない。そんなことを考えたくはないが、潜水していても海が荒れているのは分かる。
流れ着いていても、それはもしかしたら溺死した後かも。死体が流れているだけか…なんて考えただけでゾッとした。
唯一の希望点はイルカさんは泳ぎが得意だということだ。

荒れた海の中を進みながら海流を進むと、小さな町が海岸にある島にたどり着いた。
医療器具を鞄に詰め込み、キャプテンの指示により海岸沿いを手分けして探すことになった。
私も息を切らしながら、砂浜に足を取られても走りながら必死に探し回る。

「あれ?もしかしてハートの海賊団?」
「っ!」

必死になっていて気が付かなかった。
日焼けした黒い肌に半ズボン、上半身裸の男が私のつなぎに描かれているジョリーロジャーを指さして聞いてきた。
すぐに腰にある刀を抜き、構えると男は両手を上げて笑い出した。

「物騒だなぁ。イルカ君って子を治療して保護してるよ。もしかして探してるのかと思って」
「イルカさん!すいません!探してました!!!」

良かった。生きてた…。
ホッと安心しきった私の脱力し、両膝を砂浜につけて、刀を鞘に戻した。
すると男の人は手を差し出してきて、ニッコリと白い歯を見せてきた。
素直にその手を掴んで立ち上がると、そのまま体を引き寄せられ抱きしめられた。

「のあ?!」
「天使かと思った…可愛すぎる…」
「あ、あの、ありがとうございます。イルカさんのところに案内してもらえますか」
「いいよ。こっちおいで」

抱きしめられている腕を解かれて、手を繋がれるがそれを振り払って「案内お願いします」と伝えると、一つ溜息をつかれて前を歩き出した。
どこに連れて行かれるか警戒し、刀から手を離さずに町の方を進む男の後を追った。
町に入り、通りすがりの人に次々と「先生、今日もよろしくね」などと声を掛けられているところを見ると、慕われているようだ。

「先生?」
「あ、ぼくは一応医者なんだ。内科医だけどね」

なるほど。イルカさんも運が良かったな、まさか医者に拾われるとは。
内科医の男が診療所の中に入り、私も後に続いた。
久しぶりの病院の匂いに包まれながら、奥のベッドを見るとイルカさんが蕎麦をすすっていて思わず盛大な溜息をついた。

「ナマエ!」
「ほんっと…心配したんですから…イルカさん」

がくっと脱力して鞄を下ろし、膝をついた。
あまりにもリラックスしていて元気そうで、何ともなくて本当に良かった。
すぐにキャプテンに報告しようと内科医の先生に声をかけた。

「ありがとうございます。キャプテンに連絡したいので、電伝虫借りてもいいですか」
「うーん、一回につきデート一回」
「…」
「冗談だよ。よその若い女の子なんて珍しいから嬉しくて、はい」

この内科医チャラいな。
電伝虫を受け取り、船の番号に合わせて連絡すると、キャプテンに報告した。
イルカさんが無事で、診療所で蕎麦をすすっていると。
そうとう怒っていたけど、これだけ心配かけたのだ。少しは怒られればいいと思ったので敢てフォローはしなかった。

「キャプテン来てくれるそうですよ」
「…怒ってた?」
「そりゃあもう」
「なあ!お前ナースだろ!少しは優しさとか!」
「ナースが全員優しいと思ったら大間違いですよ」

「ナースなのかい?」

イルカさんとのやり取りに内科医の先生が声を上げた。
私が顔を顰め、何も言わないでいるとすかさずイルカさんが個人情報を漏らし始めた。

「そうなんすよー先生。こいつ、おれたちの船の看護師!もー、処置も完璧だし薬学の知識もあるし、強きな性格がこれまたツンデレっぽくて」
「もう黙ってください」
「おれが脱水起こして倒れた時、寝ないで看病してくれたしなぁ。夜に点滴変えてくれてる時、ちょくちょく起きてたんだぜ。氷枕変えてくれたり」

べらべらと話すイルカさんに私は呆れかえった。
ここまで元気ならもうすぐにでも出航できるだろう。





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