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シャチの切羽詰った声に反応して一瞬そちらへ視線を送ると、おれの中の怒りの感情が爆発した。
白いつなぎが真っ赤になって、握りこぶしを口に当てながらこちらを見ているナマエの姿。
なぜあんな血だらけになっているのか、先程見た時にはマストに背中を預けてお腹を押さえていただけだったはず。

目の前の男に鬼哭を振り回すが、ナイフに弾き飛ばされる。
能力者ではなかったが、2億の賞金首はその首の額通りの実力があった。
船長だけの実力だと感じられるほど、船員は弱かったため集団としての実力はタカが知れているが。

イルカとウニもシャチの声に反応して、落ちていた小石を敵船長へ向けて投げつけたのが見えた。

「さっきから訳わかんねェ能力を使いやがって!ハートの海賊団はいつから能力者が二人になったんだ!」
「お前に言う必要はねェ。さっさとクルーをオペしてやりたいから、終わらせるぞ」

鬼哭を構えて、イルカとウニが投げつけた小石の一つと入れ替わる。
ガクッと体が重くなったのを感じ、ナマエが完全に意識を失ったのだと更に感情を昂らせた。
やっと背後を取ることが出来、敵船長に斬撃をいれ、その体はバラバラと崩れていった。
煩く喚いている顔も斬り、イルカとウニが海へ落としていくのを横目にすぐにシャチとペンギンに抱えられているナマエの元へ行った。

能力でオペ室に移動すると、準備をしながらペンギンが説明をし始めた。

「意識失う前に内臓破裂のことを言ってました。血液型はFだそうです」
「シャチ、F型の輸血パックすぐに持ってこい!」

血管を確保し、ペンギンに点滴を入れさせると酸素マスクをナマエに装着させる。

「血圧下がってます!」
「くそっ…さっさと切るぞ」















結局、胃に外傷があったため塞ぎ、洗浄と縫合を行った。
オペ中に出血性ショックも起こしていたためすぐに輸血を追加し、血圧が下がっていく報告を受けて昇圧剤も使った。

深く息を吐き出すと、手袋についたナマエの血液が昔の大切な人を失った記憶を蘇らせた。
シャチがおれの能力が落ちるからとナマエが必死に意識を失わないようにしていたと聞いたときには…本気でゾッとした。


最後のコラさんのしてきたこと、あの優しさを思い出させたからだ。
おれが見つからないように、能力を使って音を遮断し、絶望的なあの瞬間から、おれが歩き続けて泣き続けてもおれの音は消えたままだった。
遠くまで行けるように、消えそうな意識を…少しでも伸ばせるようにしてくれたのではないかと感じたコラさんの優しさ。


息苦しくなっておれはハッと顔を上げた。

目の前のナマエは生きている。
酸素マスクが曇りながら、上下する胸の動きを見ると、しっかり呼吸ができているのが確認できる。
力が抜けてだらりとする手に触れれば温かく、生きている体温を実感した。

「キャプテン、少し休んだ方がいいですよ」
「…」

シャチの声とペンギンが水の入ったコップを差し出してきた。

「…他の怪我人は」
「居ないんです。いえ、正確には敵船に乗り込んだクルー全員が重症だったらしいので。たくさん居たんですが…ナマエが能力で…。その時にあの男に蹴り飛ばされて吹っ飛んだんです」
「…」

イラつきを吐き出すように大きく息を吐いた。

どこまで馬鹿なんだこいつは。
自分の身を挺して仲間を護った?
献身的にも程があんだろ。

「ぐ…ごほっ、え、いたたた!お腹痛い!」

間抜けな声が聞こえて思わず勢いよく後ろを振り返った。
そこには目をしっかり開けて、お腹を擦りながらこちらに顔を向けたナマエの姿があった。
色々と言いたい事はあったが、何も言わずにオペ台に横たわるナマエに近寄り、思いっきり頭をひっぱたいた。

「いだー!!」
「ほんとにてめェは言うこと聞かねェ看護師だな!このおれの命令を無視したあげく、補助につかねェといけねェてめェがオペ台の上に居るってどういうことか分かってんのか」
「ちょ、キャプテン相手は女の子…」
「しかも、結構重症怪我人…」

ペンギンとシャチが後ろから制止する声を上げていたが、おれの苛立ちは消えなかった。

「傍にいろっつったよな?てめェの耳は飾りか?それとも脳が機能してねェのか?」
「うう…返す言葉もありません…」
「お前は誰の船に乗ってんだ。お前の船長は誰かわかってんのか?」
「すいません…」

目に涙を溜めて、酸素マスクに手をやって外そうとするナマエの手を掴んで、「まだつけてろ馬鹿」と睨みつけた

「にしても、意識戻すのめっちゃ早いですね」
「なんか私、この悪魔の実のおかげなのか傷の回復力が早いんです」

ペンギンとシャチに話しかけているナマエの顔を見ながらおれはどんどん冷静になってきた。
ここまで話せるのならもう大丈夫だろうが、ふと、ナマエの胃の傷を思い出した。
腹を開いてみれば、破裂というよりは斬られた様な傷。
そもそも、あの位置を蹴られたのであれば肋骨も何本か折れていてもおかしくないが、肋骨は無事であった。

「…」

考えても答えは見つからず、酸素マスクをしながらお腹を擦って笑っている姿に安心したのか、どっと疲れが押し寄せてきた。

「おれは寝る。ペンギン、後は任せた」
「了解です」
「3時間後には酸素外してサチュレーション下がんなきゃオフしていい」
「アイアイキャプテン!」
「…」

ナマエが酸素マスク越しにへらっと笑い、元気にベポの真似した返事をしたが、お前に言ってない。こいつ本当に反省してんのか。

俺の顔を見て心境を察したペンギンは、苦笑して「了解です」と言うとおれは盛大に溜息をついた。

「ナマエ」
「はい!」
「お前はおれが許可するまで安静だからな。今晩はここで大人しく寝てろ」
「ええ?!オペ台の上でですか?!ベットに移してくれないんですか?!」

「背中痛いです!眠れません!」と喚いている言葉を無視し、オペ室から出て行った。





シャワーを浴びてベッドに横になると更に疲れが出た。こんなに疲労を感じたのはかなり久しぶりだし、それだけおれの神経も張り詰めていたのが分かる。
戦闘の後にあいつのオペ、せめてもの救いは他のクルーに治療が必要なほどのやつがいなかったことだ。

大きな外傷を負った仲間は敵船に乗り込んだ奴らばかりであったため、まとめてケアケアの実による治療で治癒したと報告があった。
その中の一人がかなり深手の切り傷であったと言われたため、おれの能力でもスキャンして内臓を確認したが何の問題もなかった。あいつ、能力の加減なしで無意識のうちに内臓修復までやったのか?

そこまで能力を使って、あんなオペを受けたのだから体力は相当削られているはずだが、確かに意識戻るのがかなり早い。麻酔を一応かけたにしろ、麻酔の効果が切れるのも早い。

ケアケアの実か…。
次の島でもし、父親が話しのできる相手であったら詳しく聞いてもいいかもしれない。

まだ色々と考えたくても、疲れた頭では上手く回転してくれず諦めて瞳を閉じて眠りにつくことにした。






眠って数時間で目が覚めた。
全身にぐっしょりと汗をかいて、乱れた呼吸のまま体を起こした。
あの雪の日の悪夢を久しぶりにみて、気分悪い目覚めだ。
これもあいつが血まみれになりながら意識失わないようにしてたとかいう行為の所為だ。本当にとんでもねェ女だ。

苛立つ心に大きく舌打ちをして、シャワーを浴びたら自室を出て行った。
船内はすでに真夜中というのもあって静か。
廊下を突き進み、オペ室に入るとオペ台の上でスヤスヤと眠っているナマエに近づいた。

「ん…もぉ…お腹いっぱい…」
「くくく、なんつー夢見てんだよ」

あまりに間の抜けた寝言に苛立ちが納まって笑みが零れた。
酸素マスクが外れて遮るものがないその頬を撫でると、そのまま美味しそうな唇を塞いだ。
最初は触れるぐらいのキスだったが、「ふふっマシュマロ…」と言いながら唇を甘噛みされて、思わず舌で唇を割って侵入させた。
おれの口の中には鉄の味が広がって、そういえばこいつ血を吐いたんだったなと思いながら全てを拭い取る勢いで口内を貪った。
息苦しくなった様子のナマエが、驚きに目を見開いたところを見て唇を離した。

「はっ、キャプテン!」
「誰がマシュマロだ」
「ま、ましゅまろ…な、なんでそれを…」

口を押えながら顔を赤くするナマエを鼻で笑い、シーツを捲り上げた。
腹部にある縫合した痕に指を這わせると、ビクッと肩を揺らしてこっちを恨めしそうに睨んできた。

「もう能力は使えそうか」
「はい、だいぶ眠れましたし」
「なら抜糸するから能力で傷を塞げ。能力を調整して皮膚だけの損傷を修復させろよ。絶対に内部の修復はするな」
「?今からですか?」
「こっちはてめェの所為で目が覚めたんだ。責任取れ」
「なんですかそれ…私なにもしてませんよ」

縫合糸をパチンパチンと切って、糸を抜き取ると痛そうに顔を歪めながら小さく緑色の光が傷を包み込んだ。
光が消えると綺麗ですべすべした肌が残り、傷痕が消えたことに安堵する。
その部分を指で撫でると「んっ」と熱っぽい反応が返ってきて、くくっと笑うと額に唇を寄せた。

「んな反応すんなよ」
「キャプテンの触り方が厭らしいんですよ」
「流石に怪我人を抱くほど鬼畜じゃねェよ」
「怪我人に手を上げましたけどね」

頭を擦りながら起き上がろうとするナマエの額を押して、「寝てろ」と押し戻した。

「皮膚は治っても内臓のダメージまでは修復させなかっただろ」
「あ、はい」
「お前の能力はよく分かってねェんだ。内臓の修復はその能力のことが分かるまでは絶対にやるな。実際にはやったことねェんだろ」
「あ、はい。私の記憶の中にはやったことがないんですけど母はやったことがあるって…ただ父は出来るが絶対にやるなってとも言ってたのを思い出しました」

その言い方だとやはり内臓の修復には何かリスクがあるということだ。
それと、父親は少なくともケアケアの実についてもっと情報を持っている可能性がある。
情報を手に入れるまでは分からない能力は使うべきではない。
只でさえ特殊な能力だ。どんなリスクが潜んでいるかも分からない。

「…これからはおれが指示した時にだけにしろ。修復能力は全て禁止だ」
「ええ!」
「これは絶対に破るんじゃねェぞ。船長命令だ」
「…」
「ったく。てめェはおれの指示を守らずに自分勝手に行動しやがって…とんでもねェナースだな」
「む。それを言うならキャプテンこそ横暴なドクターですよ。怪我人に手は上げて、処置を禁止にするし…」

ぶちぶちと文句を垂れる女に、そんな元気も出てきた事に安堵するも、おれに対して生意気な口をきいてくるナマエに沸々と怒りが込み上げてくる。
怒りを鎮めるために深くため息をつき、声を低くして威圧するように言葉を発した。

「おれにそんな口ききやがって、この期に及んでまだ口答えか。どうやら躾が足んなかったみてェだな…。完治した時に覚えてろよ、次はやめろっつってもやめねェからな」

ナマエの顔が一気に青ざめて、口を噤んだ。
そんな様子に満足したおれはナマエのシーツをかけなおした。

「おれがいいって言うまではここの台から降りるなよ」
「…いつベッドに行けるんですか」
「おれが許可するまで」

まだまだ言いたい事は山ほどあったが、それも身体が治癒した後にゆっくり話すか。
不満そうに顔を上げるナマエの額に軽く小突き、オペ室を後にした。




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