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隣りの医務室から煩い笑い声が聞こえてきて目が覚めた。
ぼやける目を擦り、何度か瞬きをすると視界がはっきりしてきて思わず声を上げそうになった。

キャプテンのスヤスヤ眠っている寝顔が目の前にあって、視線を下に向けると見事にお互いに裸だ。
下着すらもつけていない。
細いくせに筋肉質な腕から頭を動かすと、すぐに肘が曲げられて抱き寄せられた。

「まだ早ェだろ」
「でも、隣にみんな集まってるようですし…イルカさんの検温ぐらいしに行かないと」

キャプテンの耳にも隣りの笑い声が入ったのか、顔を顰めて起き上がった。
逞しい肩には昨夜、私が噛みついたであろう歯型がついていて思わず目を背けた。

「うるせェ…」
「あ、ちょっと…キャプテン、な、何か穿いてください」

上体を起こしたキャプテンの裸体と下半身に再び目を背ける。
この人に羞恥心というものはないのか。

「…お前、散々見てんだろ。んな恥ずかしがることかよ」
「そんな見てませんし。いや、そういうことじゃなくてですね…」

とりあえず、ものすごく怠い体を起こして下半身がべたべたする不快感に溜息をついた。
自分は夜まで浴室を使うことはできないが、ここはもう船長室のを使わせてもらうしかない。

「キャプテン、浴室借りていいですか?」
「ああ」
「すいません、ありがとうございます」

お礼を言ってすぐにシャワーを浴びに浴室へ駆け込んだ。
温かいシャワーが体に当たって流していく。
昨日の夜、執拗に弄られた下半身が未だにジンジンしている。
なぜあんな執拗に攻められたのか理由が知りたい。
そもそも船内では行為をしないと決めていたのにも関わらず、これだ。

温かいシャワーを浴びながら、俄かに医務室から叫び声が聞こえる。
きっと騒いでいた仲間の誰かがバラバラにされたのだろう。
どうせシャチとかウニさんあたりか。












医務室のドアを開けると私の体が光って、キャプテンのROOM内ということに気が付いた。
溜息をついてバラバラになった手足が転がっているのを眺めた。

「…キャプテン、ここは治療をする場のはずですが」
「ああ!ナマエ!!そこにおれの足がっ!踏まないでくれ!」
「シャチ…ウニさん…なんでイルカさんまで…」

黙ってベッドの上に足を組んで座っているキャプテンの顔が怖い。
一体みんな何をしたんだ。
いや、この朝早い時間に騒いで起こしたことで機嫌が悪かったのか。

「こんな時間から医務室で馬鹿騒ぎしやがって」
「すいません!」

お互いの体を渡し合いながら体をくっつけていき、三人はバタバタと出て行った。
キャプテンはそのまま医務室のベッドで横になると、盛大に溜息をついた。

「あー、ねみぃ」
「寝てていいですよ」
「お前は眠くないのかよ」
「そりゃあ眠いですよ!でも、せっかく起きたので…あ!薬飲まないと」

鞄から避妊薬を取り出すと、コップに水を入れたキャプテンが手元を覗き込んできた。

「長期服用で何も害はねェのか」
「ありませんね。飲まなければ妊娠も問題なく出来たそうです、少なくとも100年ほどは」
「100年?」
「この薬は母も、祖母も、そのまた曾おばあちゃんも飲んでましたから」
「は?代々伝わってたのか?」
「らしいです。私が強姦された女性に調合している時に母が言ってました」

ごくっと薬と水を飲み込んで、覗き込んでいるキャプテンの顔を見上げた。

「心配してくれるんですか?」
「…まあ、一応」
「お母さんの話しでは娼婦の方で毎日飲んでいた方も居たそうですから」
「まあ、娼婦だったらそうだろうな」
「すごいですね…あ、でも避妊具の方が」「必要ねェ」
「…」

一刀両断された。
この薬に無駄に信頼性を上げてしまったらしい。
そして、そんな避妊具が嫌なのか。

「…キャプテンって避妊具嫌いなタイプですか?」
「別に」
「今までの女性ももしかして…」
「いや、生でしたのはお前が初めてだ」

その発言に私は目を丸くした。

「用心するに越したことねェだろ。どんな病気もらってくるか分からねェし」
「さすがお医者さんですね…」
「クルーにも徹底させてる。性病持ち込まれても治療はしねェし、自己責任だと」
「だから性病の既往のあるクルーが居なかったんですね。なるほど」

まあ、集団生活してるし、同じお風呂に入ったりするのだから衛生的にもいいのかもしれない。
そんな会話をしているとドタドタと重い足音が聞こえてきた。これはベポかな。

「キャプテン!敵襲!」
「今行く」

ベポの声にキャプテンはすぐに立ち上がり出ていくと、私もその後を追った。
外へ出るとすぐにその海賊船が見えた。

キャプテンが甲板に出ると、ドアの傍に立っていたペンギンが一枚の手配書を差し出してきた。

「恐らく懸賞金2億の船長が率いる海賊団です。向こうも気が付いているようですが、どうしますか?潜りますか」

その額に驚いた。
キャプテンより額が上だし、何よりその手配書の顔は凶悪だ。
向こうも戦闘準備をしているし、こっちのクルーもそれぞれ武器を持っている。

「暴れるぞ」
「おおー!!」

キャプテンの声でクルー全員が嬉しそうに声を上げた。
私は緊張した心を落ち着けるように深呼吸し、刀を腰に括り付けた。
何人かは向こうに乗り込む予定らしく、私も行こうとしてキャプテンに腕を掴まれた。

「?」
「お前はおれのROOM内に入れる位置に居ろ、というか傍に居ろ。向こうに乗り込むんじゃねェぞ」
「あ、そうですね。了解です」

敵船はなかなか大きく、敵船の甲板が見えない。
見上げるとロープをこっちの船へ下ろされ、敵船クルーが何人も降りてきた。
キャプテンが“ROOM”と呟き、何人かが敵船へ乗り込むと自分は自船に侵入してきた男達を次々とバラバラにしていく。
そのバラバラの体を船に残っていたクルーが海へ落としていった。

いつもこういう風に戦闘しているのか。

そう感心していたが、ふと敵船に乗り込んだ仲間が気になった。
キャプテンは船の上に侵入してきた相手をしていて、私は傍に居たペンギンさんと背中合わせにして斬りこんでいた。
敵が下りてきたロープを掴んで、登りながらペンギンさんに声をかけた。

「ちょっと敵船の様子みてきます」
「あ、おい!ナマエ!キャプテンに言ってから行け!」
「後で言います」
「今言え!」

ペンギンさんの怒鳴り声には後で謝罪するとして、気にせず目の前のロープを掴んで敵船へ登っていく。
敵船の甲板に足をつけると、その光景にはっと息をのんだ。

「おー、捕虜が増えるぞ」

近くに居た敵がそう笑いながら言ってきたため、すぐに回し蹴りをして海に叩き落とした。
乗り込んだシャチ達が主に腹部から血を流しながら膝をついているのが目に飛び込んで顔を顰める。
下からだと見えなかったが、そんなに数も多くないのにハートのクルーはまとめてやられている。

デカい体の船長らしき奴が能力者である可能性もある。さて、どうしようか。
キャプテンに報告しなきゃならないという事よりも、あのシャチ達の出血したままの状態を放置してここを離れることはできない。

「しかも女じゃねェか!こりゃあ運がいいな」
「私は女としてはあまり期待に添えられないと思いますよ」
「かー!いいな!逆にこういう清純そうな女を善がらせるのも最高だ!お前ら下がってろ、おれが遊ぶからよ」

舌舐めずりをしている男にぞっとして刀を構えた。ものすごく悪趣味だ。
一人で相手をするのは難しいけど、シャチ達を解放すればなんとかなる気がする。
しかも、早くあの出血を止めてやらないと。
敵に私の能力については知られていないはずだし、女ということで完全に油断しているはずだ。

ちらりとシャチを見ると、シャチは頷いて他のクルーに耳打ちする。

「ん?こいつらを期待したところで役にたたねーぞ!このおれ様がかなりいたぶってやったからな!」
「…切り傷ですか」
「このナイフで抉ってやった。特に腹を抉るのが大好きでな…でも、女の腹を抉る趣味はねーからよ。女の抉る場所は別にあるからなぁ」

うわーめっちゃ下品。
顔が引きつって、鳥肌が立った。

「あー、その顔だけでイきそうだなー」

気持ち悪さに最早吐き気を催す。
床を蹴り、走り出すと男のナイフを受け止めながらシャチ達に手をかざし、思いっきり能力を発動させた。
この光で下で戦闘しているキャプテン達も気が付けばいいと思いながら。

「“ケア”!」
「ああ?!このクソアマ!能力者だったのか!」

シャチ達の体を光が包み込むと、それと同時に私の体は宙を舞って吹っ飛んだ。
男の膝が私の腹部に直撃、というより蹴り飛ばされてそのままマストに直撃した。
すぐにシャチ達が暴れ出して、数分後にはいつものパステルカラーの薄い膜が見えてキャプテンの姿が見えた。

呼吸がしにくい。
肋骨を折ったかもしれない。

「…うちのクルーをボロ雑巾のようにしやがって」

キャプテンがちらりと私の方を見て、敵船の船長を睨みつけた。
ん?ボロ雑巾って私のことか。例えが酷過ぎる。

「トラファルガー・ローか!」

敵船の船長が唸りながらキャプテンの名前を叫んだ。
私の体が弱く光って、キャプテンが鬼哭を構えると船長同士の戦闘とシャチ達が周囲の敵船員を吹っ飛ばしていく。
だが、敵船の船長もさすが2億の首なだけあって、キャプテンもいつものように余裕ではなさそうだ。

そして、私の意識が朦朧としてきたのに気が付いた。
やばい。これ、内臓にダメージあるかも。
そう思った瞬間、激しい嘔気に襲われて思わず口を押えながら吐き出した。

手に零れたものは真っ赤な血液で、目の前が霞んだ。
私が意識を失えば、キャプテンの能力も落ちてしまう。
必死に意識を保とうと握りこぶしを作って、頭を振った。

咳き込めば口の中に鉄の味が広がり、真っ白だったつなぎを真っ赤に染めていく。

「ナマエ!!」

シャチの声が聞こえて、駆け寄ってきてくれた。
その声にペンギンさんも敵船員を殴り落とすと、すぐに駆け寄ってきてくれた。

「私が、意識、失うと、はぁ…キャプテンの、能力落ちる…」

息絶え絶えに二人に伝えると、二人は顔を見合わせた。

「でも…はっ、オペの、準備、した方が、いいかも…内臓、切れてる、かも」
「オペ?!てか、出血やばすぎだろ…お前の血液型は?!」
「F…」

咳き込むとまた血液が口から出てきた。
それを見てシャチが声を荒げた。

「キャプテン!ナマエがもう限界だ!」

視線が一瞬こちらに向くと、キャプテンは顔を歪めぎりっと奥歯を噛みしめたようだった。
鬼哭を構え直しているところで、私の意識は限界を迎えて視界が真っ暗になった。
目を閉じた後もしばらくは頑張ってみたが、数分もしないうちに意識は途絶えた。




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