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穏やかな寝息を立てて、深い眠りについたナマエの額に唇を寄せる。
愛おしくて、離れがたくて、もっともっと愛し合いたかった…先ほど、キスで止められた自分を褒めてやりたいぐらいだ。本当はもっと貪り尽くすようにキスして、深く愛し合いたかったのだが。
キスをしていつも通り首筋に吸い付こうとして、包帯が視界に入って我に返った。
あの戦闘後で、オペの後であることを思い出して、ブレーキをかけることができたのだ。

先ほどナマエに言った言葉を思い返して苦笑する。
自分を棚に上げて命を大切にしろなんて言ったが、今回の戦いで命を落としてもいいと思っていたのはおれ自身だ。

本当に身勝手なおれを慕い、ここまで来てくれたコイツにおれは何を言っているんだと呆れる。コイツもよく、こんな自分勝手な男にここまで尽くしてくれる。

「ナマエ…」
「ん…ろぉ…好き…」

目を閉じたまま、呟いた小さな囁きはピンと張りつめていたおれの心を一気に解していくように感じた。たった一言、その言葉だけが何よりも安らぐ。

それにしても改めて彼女の悪魔の実には助かった。
彼女自身の回復も悪魔の実がなければ、オペ中に命を落としていただろう。
今も数時間眠っただけでもうあんだけ動けるのだから、信じられないほどの回復力。

そして、もう一つ。
どうやら今回の戦いで駆使したおかげなのか、確実にナマエの能力は効果を上げた。
その証拠に彼女の横で眠っていたおれ自身の体も驚くほど回復している。

オペオペとケアケアの実によるものなのか、ケアケアの実がもたらす効果なのかは分からないが…試すのは抵抗がある。
ナマエの傍で誰かを寝かせて効果を試すなど、想像しただけでも耐えがたい。
だったらこの効果は本人には黙っておいたほうが良さそうだ。

「毛布必要かしら?」
「…覗きとは趣味が悪ィな」
「ふふふ、何も見てないわ、聞いてただけ。二人とも一応怪我人だから心配してたの」

毛布を片手に姿を現したのはニコ屋だ。
気が立っていたせいで気が付かなかったが、一体いつから居たのか聞くのも嫌になる。

「悪い男。自分の手当をしてなんて嘘ばっかり」
「…」

確かに自分の治療をしてからというのは嘘だ。コイツにあの時のように無茶させないように言いくるめるために言っただけ。
だが、あの時はそんな時間の余裕もなく、一刻を争う状態でそうするしかなかった。

勝利した麦わら屋を能力で助け出した後、おれの腕の中で意識を失ってぐったりしているナマエをすぐに診察し、血の気が引いた。
ドフラミンゴとの戦いでも血を流し過ぎていたというのに、麦わら屋を能力で治療中に再出血してトータルでかなりの出血量だったのだろう。
呼吸は浅く、拍動はかなり弱まっていて手首からなど触知出来ないほど。つまり血圧が酷く下がっている。
能力で内臓の診察をしたいところだったが、おれ自身も能力をこれ以上使えば意識を保っていられるか微妙な線だった。

麦わら屋の知り合いの女にすぐに刃物と出来れば医療道具を持ってくるよう頼み、受け取ったらすぐに自分の血液をナマエに送りながらオペに臨んだ。
輸血には「トラ男君も死んでしまう」とニコ屋の制止を振り切って、とにかくナマエの命を繋ぎ止めるのに必死だった。

「“ナマエが死んだ時はおれも死ぬ時だ”って、瀕死の体で血を分け与えてたわね」
「…忘れろ」

毛布を受け取り、ナマエにかけてやると深いため息をつく。
これ以上は話さないという意志を込めて目を閉じると、ニコ屋は溜息を一つ零して立ち去って行った。





周囲が騒がしくなり、眩し過ぎる陽の光で目が覚める。
やはり身体はかなり軽く、体力は完全に回復しているだろう。かなり調子が良い。
動かしづらさを感じていた縫合した腕も、今では違和感なく動かせられる。これもナマエの能力のおかげか。

おれの肩にもたれ掛かるように眠っているナマエは流石にあの戦闘の後にオペして、その後に自分の母親との再会しておれと話すと過酷スケジュールだったからか未だにぐっすり眠っている。
穏やかな寝顔にキスをして、起こさないように立ち上がると花畑を突き進む。

騒がしくなった街を見下ろすと、復興作業を開始している元気そうな町民に混じって海兵や海賊の姿も見える。

本当に麦わら屋には驚かされた。
パンクハザードでもそうだったが、こうして敵味方関係なく協力し合えるような空気にさせるのだから。

少し離れた小屋に視線をやるが、これだけ静かだということはまだ目覚めてはいないのだろう。
ナマエの傍へ戻るとすでに起きていたのかおれと目が合うと笑顔を見せ、その顔にドキッとガラでもなく胸を高鳴らせた。

「おはようございます、キャプテン」
「よく眠れたか」
「死んだように寝てました」

笑ながら立ち上がるナマエがふらりと倒れ込む前にその身体を抱きとめる。

「大丈夫か?」
「ありがとうございます。ただの立ちくらみです」
「血が足りねェんだよ。飯食うぞ」
「お腹ぺっこぺこですー」

自分のお腹をさすりながらへらっと笑うナマエに触れ合うだけのキスをして、おれたちは小屋へ足を向け始める。

「街が賑やかですね」
「復興作業が始まってるからな」
「…私も手伝いに行ってもいいですか?」
「ダメだ。街には海兵もウロついてたし、お前も体をもっと休ませろ」

それとおれの傍を離れんじゃねェ。という本音は飲み込んだが、おれの言葉に素直に頷いて小屋の前で立ち止まった。

「?どうした?」
「…入る前に最後にまたキスしちゃダメですか」

恥ずかしそうに顔を赤くして、恥ずかしそうなナマエの誘いに口角を上げて腕を掴む。
小屋の裏に連れていくと、壁に体を押し付けて噛みつくように唇を塞いだ。
求めていたキスと違っていたらしく、抵抗しようとする両手を掴んで指を絡めるとそのまま壁に押さえつけた。
角度を変えて深く貪り、舌を絡めて呼吸を奪う。

徐々に力が抜けて、昨日のようにズルズルと座り込まれる前におれのキスから逃れられないよう、ナマエの足の間に片足をいれて体を持ち上げた。

「んぅ…ふ…」

合間で零れる声にゾクゾクとしながら片手を服へ侵入させる。
包帯に包まれている胸へ触れて、その柔らかさを堪能しようとしたが静かに歩み寄ろうとしている気配を察知して、仕方なく手を止めてキスから解放させた。
はぁはぁと呼吸を乱しているナマエの後頭部を掴んで自分の胸元に抱き隠すと、小屋の曲がり角から長い鼻が見えて溜息をつく。

「…鼻屋。隠れきれてねェ…」
「ごごごごごめん!ロビンが飯が冷めるから呼んできてほしいって、おれは頼まれただけで!」
「飯が冷めるって…邪魔する気満々じゃねェか…」

そんなのは邪魔する口実だろう。
どうせニコ屋のことだ。コイツの体を労わっての配慮だろうが、誘ってきたのはコイツだ。いや、希望していたキスとちょっと違ったかもしれないが。

「ウソップ君ごめんなさい!すぐ行きます!もうキャプテン!!」
「お前が誘ってきたんじゃねェか」
「ち、ちが、違います!いや、そうですけど、こういうキスじゃなくて…手!手も!」
「ついでに診察してやってるだけだろ」
「はぁ…久しぶりにキャプテンのマイペースに振り回されてる…」

服の中から手を引っ張り出されて体を強く押し返される。
くくっと笑うと顔を真っ赤にしたナマエが服と乱れた髪の毛を整えながら文句を漏らした。

「全く…横暴キャプテンはご健在で…絶対に診察する手つきじゃなかったよ…」
「ほら、文句垂れてねェで小屋戻るぞ」
「誰のせいでっ」
「だから誘ったのはお前じゃねェか」
「うっ…そ、そうですけどぉ…」

こんなやり取りも久しぶりで、愉しいと思えたのも、こんな頬を緩ませたのも久しぶりかもしれない。
いつでもおれの緊張の糸を切って安らげてくれんのはナマエだ。





「海軍が動かない?」
「ええ。ルフィもまだ起きてないし、ルフィが起きるまでは私たちは動けない」

偶然なのか何なのかは分からないが、ここにきても麦わら屋の運の良さには驚かされる。
様子を見に行っているらしい麦わら屋を慕っている男が海軍の動きを探っているらしいが、今のところ捕獲しに動く様子はないらしい。

「ルフィ君大丈夫かなぁ…」
「あんだけ豪快に寝てんだから大丈夫だろ。…まぁ、あとで怪我の具合はみておく」
「ありがとうございます、キャプテン」

食事も終えて、それぞれが復興や治療の手伝いに行くと小屋を出ていった。
残ったのはおれとナマエとニコ屋だけだったが、おれが麦わら屋の包帯を交換し始めてから座って本を読んでいたニコ屋が立ち上る。
どこか行くのかと思いきや、やってきたのはナマエの前で…嫌な予感がする。

「トラ男君。ナマエを借りれないかしら」
「あ、はい」「ダメだ」

おれに聞いてるのにお前が勝手に答えてんじゃねェとナマエを睨むと、慌てて口を両手で押さえだす。
ナマエから再び麦わら屋の包帯に視線を戻すと、包帯を巻くスピードを上げる。このままだと両手が塞がっている間に連れていかれそうだ。
大体、誰の船長の怪我を治療してやっていると思っているんだ。

「ナマエの着替えも必要だと思うの。それにシャワーだって浴びたいでしょう?」
「はい!すごく浴びたいです!」
「待て。だったらおれが連れていく」
「うちの船長の治療をよろしくね」
「は?待て!」

包帯は中途半端だし、おれが出ていってしまったらここの小屋には麦わら屋しか居なくなってしまう。
ナマエは有無を言わさずにニコ屋に肩を抱かれてさっさと小屋を出ていってしまった。

最悪だ。麦わら一味はどうしてこうも自分勝手な奴が多いんだ。

「ぐがー…にくぅ…」
「てめェんとこのクルーは性格悪ィな…」
「ぐがー…」

船長が船長ならクルーもクルーだ。
自由人な麦わら屋を船長としてついてきているのだから一味も自由な奴が多いに決まっている。いや、自由なのは構わない。別におれもおれの仲間も自由な奴が多いと思うが、ここまでではないし、少なくとも船長を置いて勝手に他所のクルーを連れていく真似などしない筈だ。

アイツもおれが断ってんのに素直についていってんじゃねェ、と舌打ちをした。

おれもナマエと一緒にシャワー浴びたかった。それこそ先程の熱を発散したかった。

「ぐー…おれのにくぅ…」

呑気な麦わら屋の寝顔を見て、盛大にため息をついた。


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