19




空は明るくなってきて、互いの表情がハッキリと見える。
キャプテンは鬼哭を肩にかけたまま、大きな木に背中を預けて立っていて、帽子の隙間から見えるその表情は少し険しい。

「おれが話したいこと、何のことか分かってるか」
「何となく…ルフィ君を治療した時のことですね」

私の言葉にはっきりとキャプテンは頷いた。
やはりそうだったらしい。
だが、あの時のことは後悔はないし、今後ももしあんな場面になったとしても私は同じことをするだろう。
私は看護師だ。治療をして何が悪い。

「おれの制止を無視してやったよな」
「あの時も言いましたが、あれが私の戦い方です。看護師として最善を尽くしたまでです」
「看護師として、ねェ…」

ハッと吐き捨てるように笑われて、それが小馬鹿にされた気がしてさすがの私もカチンときた。

「何かおかしいですか。私、笑えること言ってないんですけど」
「お前の考える治療ってのは自分の命を犠牲にしてまでやる治療か」

違う!と言い返したかったが、口を閉ざす。図星だ。
あの時、確かに私は自分の身を犠牲にしてまでルフィ君も治療していた。
そういうつもりで治療をしていたわけではないが、結果的にそういうことになる。

口を開いて何か言おうとしていても、結局何も言えずに息だけが口から発せられただけ。口をパクパクさせるだけしか出来ない。

「おれがお前の身体にメスを入れたのはこれで2回目。今回はメスなんかなかったからナイフでオペをしたわけだが…お前の内臓はめちゃくちゃだった」

ギリっと奥歯を噛み締める音が聞こえてきた。
キャプテンと少し距離を離しているというのに、その音は静かなこの場所ではよく聞こえてくる。

1回目の時は能力のコントロールが上手くいかず、知らないうちに外傷の交換を行なっていたのだが、今回は自覚して治療に臨んだ。これ以上やったらドフラミンゴとの戦いで負った傷が開き、自分の体が傷つくことも分かっていても止めなかった。

自分を犠牲にして治療をしていたということには間違いない。でも、少しでも救いたかった。自分を犠牲にしてでも。

「…自分は間違っちゃいねェって顔だな」
「はい。だって!結果的に私は生きてますし、戦いも終わりました!」
「結果の話をしてんじゃねェんだよ。オペ中に何度も何度も死にかけてんだよ!てめェは!」

私が声を荒げ、同じようにキャプテンまで声を荒げた。
自分に浴びせられる怒声は久しぶりで、心臓がバクバクと鼓動と拍動を強める。

「自分の身を大切に出来ねェ奴が他人を治療すんじゃねェ!お前がやってんのはただの自己満足だ!」
「っ!」
「あの時麦わら屋がお前を止めなかったら、お前はあの場で内臓破裂か出血多量で即死だ!分かっててやってたんだろ?!」

キャプテンから目を逸らし、両手に力が入った。
握り拳が震えて、何も言い返せない自分に腹が立つ。
間違ったことを言われていないことなんて分かってる。けど、感情がついていけない。何で理解してくれないんだと思ってしまう。

「いいか、ナマエ。おれたち、医療に携わる奴は一つ一つの行動がそいつの命を左右させることに繋がるんだ。そのために、万全な治療を行うためにも、自分の体の限界を知る必要がある」
「…」
「あの時お前は自分の限界を超えて治療に当たった…結果、せっかく自己回復した傷を全て悪化させたんだ。あの後、お前が意識を失った後…おれはお前の体が心配ですぐにでもオペをしてやりたかったが、自分の治療が済んでからお前のオペをした。それがなぜか分かるか」

そんなの分かってる。万全な状態でなければ効果的な治療は行えない。けど、私はキャプテンのように理性的ではない。どちらかというと感情で動くタイプの人間なのだ。

私が黙っていると、キャプテンは溜息をついてから再び口を開いた。

「お前の命と真剣に、正面から向き合うからだ」

思わず息を飲んだ。
医療従事者として当たり前なことのはずなのに、キャプテンに今言われてハッとなる。
別に不真面目に治療をしていたわけではないが、ちゃんとルフィ君の命と真剣に向き合えていただろうか。
自分が苦しい状況で真剣に向き合えたと言えるだろうか。

「だからといって、別におれはお前が不真面目に治療にあたっていたとは思っていない。他人を思うお前の献身的なところは嫌いじゃねェ。だがな、もう少し他人を思う分、自分も大切にしてほしい」
「キャプテン…」
「お前だけは…失いたくねェんだよ…」

最後の言葉は小さな声だけど、静かなこの夜明け前の場所でははっきりと聞こえてきた。

「ごめんなさい…」

涙と共に出てきた言葉は心の底からの謝罪。
2度も私のオペをさせてしまったし、何より大切な人を失う苦しみを再び与えてしまうところだった。

ボロボロと涙を流して、地面に跡を残す。
いつだって私に大切なことを教えてくれるのはキャプテンだ。
こんな大切なこと、何故忘れていたのだろう。
人の命を救って、自分が居なくなるなんてそんなの治療なんかじゃない。私は神様でも何でもないのだから。

泣けば泣くほどどんどん冷静になっていく。
私はなんで酷いことをしてしまったのだろう。

暫く自分の涙の跡を見つめていたが、そんな私をキャプテンは優しく包み込むように抱きしめてくれた。

「ナマエ」

顔を上げればもう険しい顔はしていなくて、額をコツンと当てて笑ってくれた。

「お前が馬鹿じゃねェのは分かってる」
「はいっ」
「もう繰り返すなよ。お前はおれの、最高のパートナー…だろ?」
「はいっ!!」

医者と看護師としても、恋人としても、船長と船員としても。キャプテンが胸を張れるような人になりたい。
泣きながら大きく返事をすれば、キャプテンはご褒美に優しいキスをくれた。

もう繰り返すことはない。
ちゃんと自分の限界を見極めて、治療をしなくては。
そのためにももっともっと経験を積んで…

「あと、馬鹿真面目なお前のことだ。もっと経験を積んでとか考えてんだろうが」
「えっ!よく分かりましたね!」
「治療の経験だろうが、戦闘の経験だろうがおれと一緒に経験を積んでいくんだからな」

つまり、おれから離れるなと言われているみたいで、私は大きく頷く。
ん?それよりも先程からバカバカ言われ過ぎているような気がする。

「てか、さっきからバカバカ言い過ぎじゃないですか?!」
「くく、可愛がってやってんだろ。馬鹿な子程可愛いっつーじゃねェか」
「へへ、そうですかね…いやいやいやいや、意味わかりませんし、誤魔化されませんよ!」

先程までのぴりついた空気が嘘のように穏やかだ。
改めてキャプテンの恋人で良かったと思う。
この人と一緒にいると、色んなことを教えてくれて、学ばせてくれる。
人としても、看護師としても、恋人としても。

「まァ、おれも偉そうなこと言えねェけどな。半分は八つ当たりだ」
「八つ当たり?」
「あの時、麦わら屋じゃなく、おれにもっと力があればすぐにお前の体を引き剥がして治療を止められた。自分の不甲斐なさに苛立ってたからな…情けねェ話だが」

キャプテンにそう思わせてしまったのは私だ。
ああ…この人はどうしてこんなにも私のことを思ってくれているのに、私はこの人のことを考えることが出来なかったのだろうか。
本当に反省しなくては。

「キャプテン、この件は全面的に私が悪いです」
「いや」

何かを言おうとするキャプテンの言葉を遮るように私は背伸びをして、唇を奪った。

「この話しは終わりにしましょう」
「…もう一度、お前からキスしたらな」

機嫌良さそうに口角を上げて、私の唇をキャプテンの親指が撫でる。
私は笑って「もちろんです」ともう一度キスをした。

久しぶりの甘い雰囲気。
クスクスと笑いながら戯れるように、何度も啄むようなキスを繰り返していると、キャプテンは何かを思い出したかのようにキスをピタリと止める。

「?キャプテン?」
「そういや、他にもあったな…」
「へ?」

笑い合いながら甘い雰囲気だったのが再びピリついた。
私の後頭部の髪に手を突っ込んでいたキャプテンの手に力が入り、後ろに引っ張られると自然と上を向いて口が開く。
開いた口の隙間からキャプテンの舌がねじ込まれると、私の舌を掬い取った。

いきなりの濃厚なキスに頭はクラクラして、飲み込み損ねた唾液が口角を伝って流れる。
何が何だか分からず、必死に目を閉じて激しく深いキスに応えて、解放された時には自分で立てずにキャプテンに抱きとめられた。

「はっ、はぁ…」
「お前、金髪の男に反応し過ぎじゃねェか」

ぎくっと肩を震わせる。
これはもしかしてキャベツ王子のことを言っているのだろうか。
そういえば全て終わった時に覚えてろとか言われたような…

「い、いや、そーですかねぇ?べ、別に何もないんです」
「王子がどーとか、さっきサボ屋にも言ってたな」
「っ!起きてたんですか?!」

腕を引かれて歩いた先は大きな木の下。
木に背中をつけられ、キャプテンが両手を木について、あっという間に檻の完成だ。逃げられない。逃がすつもりはないのだろう。

「余所見をする余裕が随分とあるらしいなァ?ナマエ」
「キャプテ、あ、ちが、違う!ローしか見えてないです!」
「ナマエ」

低い声で呼ばれて恐る恐る顔を上げれば、懐かしきキャプテンの嗜虐的な笑み。
顔が近づいてきて、またキスされると身構えたら唇は通り過ぎて私の耳元で低い声で囁く。

「ブチ犯される覚悟はしておけよ?」
「ひぃっ!」
「傷が治ったら嫌ってほど犯してやるよ。とりあえず、今はこれで我慢してやる」

そう言って噛み付くように唇を塞がれて、私の口内を散々荒らす。
あまりにも深すぎる、濃すぎるキスにずるずると座り込んだが、それでも逃げられないようキャプテンまで一緒に座り込んでまで濃厚なキスは続けられた。

空が明るくなってきた。
もう夜明けだ。

静かなこの場所で、厭らしく舌の絡み合う水音が響く。
こんなキスもなんだか遠い昔のように思えるぐらい、ここ数日が濃い出来事だった。
でも、全て終わったんだ。

「はっ。おやすみ、ナマエ」
「んっろぉ…」

胸元にぽすっと頭を引き寄せられて、後頭部を撫でられる。
喰らうようなキスから一変して、私を撫でる手はすごく優しい。
出来るならこんな優しさで愛し合いたいのだが、記憶力のいいキャプテンのことだ。絶対に有言実行するだろう。手加減してほしい。

キャプテンは一度私の体を離した後、隣に腰を下ろして肩を抱いてくれた。
温かくて、トクントクンと一定のリズムで刻むキャプテンの鼓動が子守唄のようになり、私が眠りにつくのはあっという間だった。





-108-


prev
next


- ナノ -