07




また風船のように体を膨らませたルフィ君の体がボールのように地面を弾いて転がった。
便利な能力だが、キャプテンより勝手気ままなルフィ君の行動に私は戸惑うばかりだ。
むしろ命がいくつあっても足りない気がする。
ナミやロビンさんを心から尊敬するよ。

ルフィ君の体がしぼんで、やっと地面に到着した時にはゾロ君も私の小脇に抱えながら地面に足を下ろした。

ざわざわと騒ぐのはキャプテンの顔を知っている幹部の人間たち。

「えれぇ所に落っこちた!」
「おい、麦わら屋。錠が解けたらまずお前から殺してやる!」

キャプテンの恐ろしい声と発言に私は慌てて顔を上げて回りを見渡した。
武器を構えるたくさんの人々と、ドンキホーテファミリー幹部と思われる人物が三人。
しかも、そのうちの一人はおっさんのくせにおしゃぶりをして赤ちゃんのような恰好をした変態。
でも、変態であればあるほど結構強いのも知っている。
フランキーさんがいい例だ。

「言っておくが、どこに落ちてもえれェところだ」
「確かに…」
「この国中が敵なんだからよ!とにかく走るぞ!」

そう言いながらも私を抱えたゾロ君が向かったのは全然違う方向だ。
慌てて口を出してゾロ君を止める。

「あ!ゾロ君待った待った!」
「ゾロ!そっちじゃねェぞ!」
「麦わら屋!こっちでもねェぞ!」

麦わらの一味はこんなんでよくこの新世界に来れたな。
私とキャプテンのツッコみがなければツッコみ役の不在で収集がつかなかったんじゃないかって思う。

「すっごい方向音痴だね、ゾロ君」
「うるせェ!黙って運ばれてろ、荷物!」
「荷物って言わないでよ!」

そんなやり取りをしながら運ばれ続けたが、瓦礫を避けたゾロ君は大きく飛び上がって地面に着地する。
その衝撃にドフラミンゴとの戦いで受けて傷を負った、私の腹部に思いっきり衝撃が走った。

「っ、ちょっと、ゾロ君なるべくゆっくり…」
「ああ?!我慢しろ我慢!」
「傷に響く…」

きっとサンジ君ならキズに響かないよう横抱きにして優しく運んでくれるのだろう。
まあ、運ばれる身なのだから文句を言うのもよくない。
走る振動で痛む体を耐え忍んで、顔を上げてルフィ君たちを見た。
なぜか地面の中を泳ぐ変態に足を掴まれているルフィ君が見えて、すぐに声を荒げる。

「あ!ルフィ君が捕まった!!ゾロ君ストップストップ!」
「クソッ!」

街の人々の攻撃を避けながら、ゾロ君は片手で刀を抜き取った。

「あ!街の人はなるべく」
「分かってる!」

私の言葉通り、ゾロ君は武器を弾くぐらいで直接的な攻撃をせずにかわしていく。
こんなこと、相当な実力がなければできないだろう。

「ルフィ君!」
「やべ!間に合わねェ!…ナマエ、歯食いしばれ!」

ハイヒールを履いた男の子が足を掴まれているルフィ君に攻撃しようとしている。
必死に駆け寄ろうとするが街の人々の攻撃がゾロ君を襲って、間に合いそうもない。
ゾロ君はいきなり私の体を両手で掴むと、思いっきり投げ飛ばした。

「えっちょっ、ぎゃああああ!」

ゾロ君にぶん投げられた私の体はハイヒールを履いた男の子のお尻に衝突し、吹っ飛んでいく。
私の体も一緒になって吹っ飛びそうだったが、ルフィ君に担がれているキャプテンが慌てて私の体を掴んだ。

「ゾロ屋!コイツを武器代わりにすんじゃねェ!傷口開くだろうが!」
「悪ィ悪ィ」

全然悪そうにしていないゾロ君にさすがの私も呆れた。
サンジ君だったらブチ切れていたことだろう。
いや、キャプテンだってブチ切れてくれている。

再び私を抱えたゾロ君がルフィ君の足場を崩して走り出す。
しっかし…本当にゾロ君はなんて男なんだ。人を、しかも女性をぶん投げて武器にするとは。
4人で逃げながらもルフィ君が先ほどの出来事を笑いながら話し始めた。

「ししし!ゾロは何でも武器にすんな。まさかナマエが吹っ飛んでくるとは思わなかったぞ」
「私だってまさかぶん投げられるとは思わなかったよ。初めてボールになった気分味わったし、素晴らしい筋力だね」
「お前軽すぎんだよ」
「それはどうもありがとうございます」

しししっと笑うルフィ君につられて、私もへらっと笑ったらキャプテンがフードの隙間から睨んできた。
迫力がすさまじくて思わず顔が固まる。

「状況分かってんのか、てめェら」

そんなキャプテンの咎める声に口を噤んだ。
でも、本当にルフィ君と居るとどうも気が抜けてしまうのだから仕方ないだろう。

あちこちから銃声が鳴り響き、ゾロ君が片手で刀を構えては銃弾を弾く。
ルフィ君には銃弾が効かないらしく、体に受けては全て弾き飛ばしている。
私もキャプテンも抱きかかえられているだけだが、さすがは2人とも高額な賞金首なだけあってこんな多人数の戦闘にも慣れているように見える。

「しかし斬っていいのか?!一般人混じってんぞ!」
「ダメだよ!ダメに決まってるよ!」
「甘ェこと言ってんなよ、致命傷にならない程度に斬って進むしかねェだろ」

キャプテンが淡々とそう言うのを聞いて、ゾロ君が構えようとしたところでルフィ君がゾロ君を止めた。

「よし、ここはおれが覇気で」
「おやめなさい…下手な鉄砲で…」

低い声にゆったりとした口調、威厳のある発言にすぐに血の気が引いた。
このタイミングで最悪すぎる。
すでにあのビーチで顔を合わせた、新しい海軍大将の藤虎。

「数撃っても当たりゃあしやせん」
「出た!海軍大将だ!!」

藤虎はゾロ君の方に顔を向けて、すぐに私の方に向けた。
声を全く出していないのに、目が見えていないというのによく分かるものだ。

「…ちょっとそのミョウジ中将の娘さんを渡してはくれやせんかね」
「えっ」

まさか自分に矛先が向かってくるとは思わず、かなり動揺する。
けれどルフィ君はそんなことよりも嬉しそうに私に駆け寄ってきた。

「お前の父ちゃん海軍中将なのか?!」
「あー…うん。一応、海軍の軍医してるみたい」
「すげー!おれのじいちゃんも海軍なんだよ!」
「うん、新聞で見たことあるよ。家族が海軍なの、一緒だね」
「一緒だな!」
「んなことで和んでんじゃねェよ!来るぞ!」

このメンバーで居ると、どうしてもキャプテンはツッコみ役になってしまうらしい。
先ほどからずっとツッコみ役に徹してくれている気がする。
藤虎が構えると、ゾロ君は私の体をルフィ君の方に差し出す。

「ルフィ、こいつも持ってろ。さすがに大将相手に片手は無理だ」

藤虎が地面を蹴りあげて刀を抜く。
ゾロ君がその太刀筋を受け止めたが、大きな体で視覚がなくても俊敏な動きで攻撃を繰り出している藤虎に少し押され気味だ。

強い。ゾロ君も強いが、やはり腐っても海軍大将。
あの体格に重力を操るあの能力は厄介でしかない。

息を飲んでその戦いを見つめていたが、ふと、ルフィ君に抱えられている私とキャプテンも頭上に突然現れた影に顔を上げる。

「ピーカだ!」
「石男!」

まるで城自体が動き出したかと思うほどの巨大な体。
先ほど、王宮でドフラミンゴの前に突如として出現した石男だ。

キャプテンと私で同時にそう叫ぶと、街中にその男の大きな声が響き渡った。

「さァ…我がファミリーに盾つく者たちは…おれが相手に…」
「声!!高ェーーーー!!!」

噴出して笑うルフィ君につられて私も噴出してしまった。
やめて。ツッコみたくても我慢していたのに、目の前でそんなに爆笑されると私だって我慢ができなくなる。
笑いたくなるほどめちゃくちゃ甲高い声なのはずっとツッコみたくとも我慢していたというのに。

ずっと笑い続けていると、周囲に居たファミリーの部下たちが慌てて人差し指を唇に当て始めた。
キャプテンが睨んできて私は口を閉ざしたが、ルフィ君は構わず笑い続けた。
それどころか笑い声は大きくなるばかり。

「似合わねーー!!あっはっはっはっは!!」

空気がぴりつく。
この様子だとツッコんではいけないところだったらしい。
大きな石男は腕を振り上げ始めて、ゾロ君と藤虎の戦いも中断されたらしくゾロ君がこちらに駆け寄ってきた。

ゾロ君がルフィ君から再び私の体を受け取って2人は走りながら、先ほどの声についてまた笑い始めた。

「ルフィ!お前、敵をおちょくるのもいい加減に…ぷー!!」
「も、もうゾロ君まで笑っ…ぷぷ…」
「ホラ!お前らも笑ってんじゃねェかよ!」
「てめェら…」

キャプテンの怒気の込められた呟きが聞こえてきて必死に笑いを堪えようとしたが、構わず笑い続ける2人につられてこっちだって笑えてくる。
むしろ堪えようとすればするほど、ものすごく面白く思えてきた。
キャプテンも怒っていることだし、本当は今すぐにでもこの笑いを止めたいのだが。
ツボに入ってしまったのか笑いが止まらない。

怒り狂ったピーカの攻撃は街を崩し、まるで爆弾か隕石が降ってきたのではないかと思えるほどの衝撃で、私たちは揃って吹っ飛ばされた。





-96-


prev
next


- ナノ -