06




「早急な対応が必要だ…」

ドフラミンゴの生首がそんなことを呟いている。
先ほど呟いたドフラミンゴの言う“鳥かご”をキャプテンは知っているらしく、血の気が引いているよう。
キャプテンにこんな表情をさせる“鳥かご”というものが何のか分からないが、それを考える時間もなく、片足の男とルフィ君がドフラミンゴと戦闘を始めた。
ドフラミンゴの圧倒的な強さに私はゾクリと背筋が凍る。

あの強いルフィ君が手も足も出ない…。

「リク王!10年前のあの夜の気分を覚えているか?愛する国民を斬り平穏な町を焼いた日!」
「…!未だ夜な夜なうなされるわ!憶えていたら何だと言うんだ!」
「これから起きる惨劇はあんな小規模なものじゃない…」

血だらけのこの国の本来の王が恐怖の表情に変わった。
この国で何が起きたのか詳細を私は知らないけれど、これまでキャプテンに聞かされてきた出来事を考えれば、とても卑劣で恐ろしいことをしたに違いない。
どちらにしろ、大規模な惨劇が“鳥かご”によって引き起こされる。

「逃がしてやるよ、お前ら…。ピーカ!邪魔者どもを外へ!!」

ドフラミンゴの叫び声と共に床が大きく動き出し、私はキャプテンと離れて外へ放り投げられた。
このままでは全員、地面に叩きつけられる。
目を閉じた瞬間、腕を引っ張られて柔らかい衝撃が私の体を受け止めた。

「はぁ…はぁ…ルフィ君…ありがとう」
「大丈夫か?!はぁ…外壁塔の庭まで落とされた…」

風船のように体を膨らませて全員を落下の衝撃から守ってくれたルフィ君は、私に一声かけるとすぐに上を向いた。
少し離れたところにハートを象った椅子ごと落ちたキャプテンの元へ駆け寄ると、キャプテンは空を見上げたまま絶望的な表情をする。

「始まった…“鳥かご”だ…」

その声に私も空を見上げる。
先ほど私たちの居た頂上から何かが空へ伸びていくのが見える。

「この国の真実が漏れる前に、今この島に居る奴らを皆殺しにする気だ」

空に伸びる白い糸。
それが空高く舞い上がった後、四方へ伸びていくように次々と籠を作り上げていく。
“鳥かご”…まさかこの島をまるごと閉じ込めるということなのか。
想像しただけで恐怖で心臓が鼓動を速めた。

どこにも逃げられず…キャプテンの言う通り、皆殺しをするつもりか。

ぐらっと地面が揺れ動きだし、視界がどんどん下がっていく。

「おい!地面が下がってく!どうなってんだ?!」
「うっ、いてて」

グラつく地面のせいで体に振動が伝わり、ドフラミンゴから受けた傷が痛みだす。

「ピーカだ!石なら地形ですら変えられる!」

ドフラミンゴだけでもやっかいであるというのに、あの石人間の幹部もだいぶやっかいだ。
動くたびにシャラッと鎖の音が聞こえてきて、常に体の脱力感を感じる。
それに加えこの傷だ。
カギはドフラミンゴ本人が持っているというのだから、どちらにしろルフィ君とキャプテンにくっついて鍵を手に入れてからでないと、身動きが取れない。

完全に下まで地面が動き、耳障りな笑い声と共に国中に聞こえるように放送がかかった。

『ドレスローザの国民及び客人達、別に初めからお前らを恐怖で支配しても良かったんだ…』

「なんて奴…」
「……」

吐き捨てるように呟く。
反吐が出そうなくらい最悪な男だ。
キャプテンのことがなかったとしても、この男のやっていることを目の当りにしたら無関係だったとしても何かをせずにはいられなかっただろう。
といっても、ちっぽけな私だけで奴を倒せるとは思っていないし、私に出来るのはせいぜいサポートに回って援護をするだけ。
二人の海賊船長、ルフィ君とキャプテンのサポートをするだけ。

『真実を知り…おれを殺してェと思う奴もさぞ多かろう!だから、ゲームを用意した…このおれを殺すゲームだ!』

ドフラミンゴの放送は続けられた。
恐らくこの放送は国中に流れていて、大きな映像からはドフラミンゴの余裕を取り戻した笑みが見える。

『おれは王宮にいる…逃げも隠れもしない!この命を取れれば当然そこでゲームセットだ!だがもう一つだけゲームを終わらせる方法がある…。今からおれが名前を挙げる奴ら全員の首を君らが取った場合だ!』

大きく息を吐き出した。
恐らく挙がる名前はルフィ君とキャプテン。
自分の首を獲りに来るこの二人を国民に仕留めさせる気なのだろうか。
意外と臆病だな…ミンゴ…。

『なお、首の一つ一つには多額の懸賞金を支払う!殺るか殺られるか!この国にいる全員が賞金稼ぎハンター!お前らが助かる道は…誰かの首を取る他にない!』

ドフラミンゴの仕掛けた“ゲーム”というものはキャプテンやルフィ君の一味に賞金をかけるというもの。
くだらないゲームだと思ってはいても、今この国には国民だけではなくコロシアムのために多くの海賊がいる。
その海賊たちは賞金に目が眩んで目の色を変えているだろう。
自分も助かるかもしれないのと、多額の賞金を手に入れられるかもしれないという二つの点から必死になって首を獲りに来る。

『星一つにつき一億ベリー!こいつらこそがドレスローザの受刑者達だ!』

全員がその映像電伝虫が映し出す顔を見つめる。
やはりというか、なんというか。
麦わら一味やこの国の王女や王にまで賞金をかけるとは。
ズラリと並んだ首の中、ゾロ君の隣に自分の名前も並んでいて、そうなるよなぁ…なんて悠長に眺めていたが、私はその画面の文字を見て固まった。
え?何それ?私知らなかったんだけど。

ハートの海賊団クルー
海軍中将の娘、革命軍幹部の娘
“死の看護師”
ミョウジ・ナマエ
☆☆


キャプテンが画面から勢いよく私の方を見た。

「お前…母親は革命軍だったのか…?」
「知りません!てか、そんなはずは…」

あれ?でもよく思い返すとお母さんって何をしていたっけ?
普通に家で専業主婦をしていたはず。
それに革命軍だなんて父さんが知ったら卒倒するに決まってる…。

自分でもよく分からず混乱していると、ドフラミンゴの話しは終わっていた。
最後はウソップ君が☆5つかけられて終わったらしく、ルフィ君とゾロ君がケラケラ笑っている。

「専業主婦だったと…」
「…よく分からねェが…まァいい。お前傷は」
「私は大丈夫です。キャプテンの方こそ」
「いいから言え」

ゾロ君たちが電伝虫でロビンさんと話している間、私はキャプテンの方に向き合って座った。
鎖の音を鳴らしながらキャプテンが腕を上げると、私の頭に触れる。
お互いに海楼石の手錠のせいで能力は使えず、今は普通の医者と看護師。
いや、今は医者と患者になるのか。

キャプテンの手が私の後頭部を摩り、そのたびに血で固まった髪の毛がぱりぱりと音を立ててズキッと痛んだ。

「症状は」
「頭部外傷がありましたけど特に自覚症状は。キャプテンの触ってるそこが多少ズキズキするくらいです」

今度は目をじっくり見つめ、私も見つめ返した。

「視野に変化は」
「ありません。めまいも今はありません」
「頭部以外に痛むところは」
「うーん…あちこち?」
「…折れてねェかだけ確認する」

キャプテンの手が私の足や腕に触れて確認していくのをそのままに、顔を上げた。
いつの間にか話しを終えていた全員が私たちを見ていたらしい。
別に厭らしいことをしていたわけではないが、無性に恥ずかしくなり顔が一気に赤くなる。

「あ、えっと、キャプテン、もういいんじゃないんですか?」
「どこも折れてはいねェな。次にアイツと対峙した時はお前は援護に徹しろ」
「アイアイ!」

慌ててキャプテンと離れれば、そんな私をじっと見つめた後にルフィ君の方へ体を向けた。

「分かってんのか…麦わら屋」

静かに低い声でルフィ君に問いかけるようにキャプテンは口を開いた。
その表情には少し迷いがあるように見えるのは、私の思い違いだろうか。

「ドフラミンゴを生かすことでカイドウと衝突させるのが作戦だった…今、ドフラミンゴを討てば…スマイルを失うカイドウの怒りは全ておれ達に向けられる!怒れる四皇と直接戦うことになるんだぞ!」
「そんな先の話し後でいい!!」

キャプテンの言葉にかぶせ気味に声を荒げたルフィ君。
そのまま大きな声でルフィ君は叫ぶように私たちに訴えた。

「この国をよく見てみろ!今おれたちが止まってどうすんだ!!」

ルフィ君の力強い訴えは私の心に染み込むように聞こえてきた。
そうだ。その通り。

ここの国の惨劇を見てしまったからには素通りはもうできない。
止まらないで走るだけ。

「ゾロ!お前はナマエ担当な!」
「分かった」
「え、うわっ」

ふわりという浮遊感とともに私の腹部に逞しい手が回され、軽々と持ち上げられる。
荷物のように私を小脇に抱きかかえ、ゾロ君はルフィ君と頷き合った。

「じゃあ、行くぞ!」
「待て!おれは錠を外してからだ!」
「そのうち外れるよ」
「外れるか!!!」

キャプテンとルフィ君のやり取りに笑いそうになりながら、ルフィ君は私が付属しているゾロ君とキャプテンに腕を巻き付けて走り出した。

「どういうルートで行くんだ?」
「真っ直ぐ!」
「ええっ?!嘘でしょ!」

私もキャプテンも開いた口が塞がらない。
まさかこの高さから飛び降りる気じゃないよね?

ルフィ君の走る速度を風で感じて、これが冗談ではないということに気が付くと恐怖で身を固める。
そのことに気が付いてくれたのか、私のお腹に回されているゾロ君の腕に力が入った。

「ゾロ君落とさないでよ!」
「なら暴れんな!」
「信じられな…ぎゃあああああ!!」

今まで感じたことのない浮遊感と共に、ルフィ君は私たちを連れて飛び降りていった。







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