あなたからキスして



最近、キャプテンが変だ。
いや、その言葉は語弊があるが主に私に対して変なのだ。

今、私はキャプテンの部屋に居て、一緒に集中して読書をしている。
船長室のベッドの上で、ヘッドボードを背もたれにし並んで読んでいるのはいつもと変わらない。
互いに体温が伝わってくるぐらい体をくっつけて並んで座っていて、片手で本を読みながら片腕は私の肩に回っているこの体勢は、恋人同士の穏やかな時間ともいえる。

そうなのだが…変だ。

「…そろそろ寝ますね」
「ん?ああ、もうこんな時間か。部屋戻んのか」
「えっと…はい」
「ん」

これだ。
もう1週間になると思うが、キャプテンはこうしてアッサリと私を見送る。

私は本を閉じて船長室の本棚に戻すとドアの方へ向かい、その私の後ろをキャプテンがついてきてドアのところまで見送るのだが。

「おやすみなさい、キャプテン」
「おやすみ、ナマエ」

それだけ言い合って扉を閉めてさよならだ。
やり取りだけを見ていれば仲の良い恋人同士の寝る前のやり取りだと言えるだろう。

だが、違う。

まず最初のところ。部屋に戻んのか?なんてキャプテンは問いかけることなどなく、さも当たり前かのように本と奪い取って問答無用で明りを消してそのまま腕の中に閉じ込めて就寝する。

そして何よりも最後のところ。

もし仮に部屋に戻るという状況になった時、「おやすみ」と言えばキャプテンは触れるようなキスをして、徐々にそのキスが深くなってきて、最終的には私が立てなくなるぐらいのキスをしてから満足そうに「おやすみ」と言うのだが。
今のキャプテンは何故だか紳士的だ。全く似合わないというのに。

私は船長室から出て、とりあえず女子部屋に戻る廊下を歩きながら考え込んだ。
時刻はすでに日付の変わった後で、船員は寝静まっているから船内はものすごく静かだ。
私の足音だけが妙に大きく聞こえてくる。

キャプテンの部屋で、あのベッドで眠らなくなって1週間。
愛し合うことどころか、深いキスもしていない。
頭を撫でられたり、肩に腕を乗せられたりなどの軽いスキンシップはあるのだが、それだけだ。それ以上に進むことはない。

もともとこれが日常の恋人であればこんなもやもやしなかっただろう。
だが、相手はあのキャプテンだ。
3日に一度は行為があったし、深い深いキスは毎日どころか1日に何度もするし…。

「…飽きられた…?」

ずっとグルグルと思っていたことだったが、言葉にしただけでズシンと私の心を重くした。

だったらなぜスキンシップはしてくるのか。
あー…本当にあの人は何考えているのだろうか。
本人に聞けば早いのだが、悪い方に考えてしまうからこそ聞くのが怖い。

部屋に戻ると眠っているイッカクを起こさないようにハンモックに静かに乗り上がる。
ゆらゆら揺れて、いつもだったらその揺れが心地よくって眠気を誘ってくれるというのに今日ばかりは何だか眠れない。
そもそも、こんなに一人で眠ることもなかったから寂しさが日に日に増していく。

「…ローのバカ…」

私の小さな小さな囁きは隣の男性部屋から聞こえてくる大きないびきにかき消されて、私は目を閉じた。





結局、碌に眠ることも出来ないまま朝を迎えてしまった。
鏡を見ればうっすらとキャプテンのような隈が出来ていて思わずため息が零れる。

「よっ!おはよナマエ!」
「おはよ、シャチ」
「ん?おやおやー?隈ですか、お嬢さん」
「…」
「いやー!言わなくても分かる!キャプテンとラブラブイチャイチャしてて寝かせてくれないんだろ?」

いつもだったら聞き流すシャチの揶揄う言葉にイラッとしてしまう。
私は無言でばしゃばしゃと顔を洗った後、シャチの方を見向きもせず立ち去る。
笑って返せばいいのに、寝不足なのもあってそんな余裕など私にはなかった。

早足で立ち去ろうとしているのに、シャチは私の後を一緒になってついてくる。

「どうかした?」
「…別に何でもない。いびきが煩くて眠れなかっただけ」
「キャプテンいびきかくの?!」
「そっちの部屋からのいびきに決まってんでしょ!」

冷たい海風に当たろうと甲板まで出てきたが、それもまだシャチはくっついてきて、追い払うのも面倒でそのまま私は海を眺めながら腰を下ろした。
遠くでキャプテンとペンギンが何かを話しているのが見え、自然と私の寝不足の原因であるキャプテンをじっと見つめる。

「キャプテンをじっと見つめちゃって、一体どうしたんだ」
「…私、キャプテンに飽きられたかも」
「はぁ?」

真剣に悩んでいるというのにシャチは私の言葉に笑い出す。

「ありえねェーよ!あのキャプテンがお前に飽きる?ぐほっ!!」

とりあえず声がデカくて腹が立ったからシャチの鳩尾を思いっきり殴り、私は大きく溜息をついた。

私だって考えたくもないし、そんなことないと思いたい。
だが、連日のキャプテンの行動があまりにも変で、優しいのにそっけない感じがしてそう考えてしまう。
愛。そう、愛を感じられない。

連日連夜、愛され続けていた私には贅沢な悩みなのかもしれないが、キャプテンの性格を考えたら気まぐれに手を出されていた可能性だって否定できない。
じわりと涙が滲みそうになり、慌てて膝を抱えて顔を隠した。

「げほげほっ…はぁ。どうしてそう思うんだよ」
「………キス、してくれないの」

ぽつりと呟けば、シャチが目をパチクリさせて再び笑い出す。
やっぱりシャチに相談したのが間違いだった。

笑い続けるシャチを無視して、私はペンギンと話していたキャプテンの方をもう一度見てみたが、相変わらずこちらに背中を向けてペンギンと何かを話し続けている。
いつもだったらこういう時、私の視線に気が付いて一度くらいは目が合うのに。
まあ、目が合ったからといって微笑んでくれたりとかは皆無ではあったが、それでもその視線のぶつかり合いだけでも愛を感じていたし、それだけでも私は満足だったのに。

漸く笑い終えたシャチが私の肩に腕を回して耳元で囁き始めた。

「そりゃ簡単な解決法がある」
「何がよ」
「お前からキャプテンにキスしろよ。それで解決。それでもキャプテンが拒否してくるんだったらまたおれに教えろ」

シャチに言われてハッとなった。

私、自分からキャプテンにキスしたことあったっけ…。
いつもしたいなと思ったら、キャプテンが十分すぎるほどのキスをしてくれていたし。

考え込んでいる私を見て、シャチが信じられないものを見るような目で見てきた。

「お前もしかして…自分からキスしたことねェの?」
「…あまりないかも」
「うわー!キャプテン可哀相!そりゃ愛想着かれて当然ぐはぁ!」
「一言多い」

二度目のボディブローを決めて、私は立ち上がる。

確かにうだうだ悩んでいても仕方がない。
自分からキスをしてみて、キャプテンの反応を確認してみればいいことだ。
そこで嫌な顔をされれば潔く身を引き、船員と船長の関係に戻ればいい。
その場合はしばらく精神的にキツイだろうが、一時の夢であったと自分を慰めるしかない。

「そうと決まればいざ、キャプテンのとこに!」
「いけいけー」

「おれが何だって」

私とシャチの背後から低い声が聞こえて、思わず二人でビクリと肩を揺らした。
いつも気配なく背後に立ったり、いつの間にか移動していたりするから困る。

私はシャチに一応、お礼を言ってキャプテンと向き合った。

「ちょっとお話があるので、船長室いいですか?」
「ああ」

どう転がっていくかは分からないが、これで全て解決するはず。
私はキャプテンの後ろについていきながら船長室を目指した。





船長室に着くと、部屋へ入るなりキャプテンはソファにドカっと腰を下ろす。
突っ立っている私を見上げて、顎で隣へ座れと合図される。

だが、今日はお隣に座ってゆったりと話す気はない。

私は覚悟を決めて、「失礼します」と声をかけた後にキャプテンの両足を跨ぐようにソファに膝をつくと両手でキャプテンの頬を包み込んだ。

…ものすごく顔が小さい。かっこいい。
いや、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

キャプテンの顔を固定した後、目を閉じて自分の唇とキャプテンの唇を触れ合わせる。
ちゅっちゅっと何度もリップ音を立てて繰り返し、小さく開いているキャプテンの口内へ自分から舌を潜り込ませた。

久しぶりの深いキスに心臓がバクバクと鼓動を速め、顔が熱くなってきたのを感じる。
今のところ拒否している感じはなく、どちらかというと好きにさせている感じだ。

少し目を開けるとばっちりとキャプテンの目と合った。
もしかしてずっと見られていたのだろうか。だとしたらものすごく恥ずかしい。

呼吸も苦しくなり、改めてキャプテンの顔色を見ようと唇を離そうとした瞬間。

「んむっ!」

ソファの背もたれに置いていたキャプテンの片手が素早く私の後頭部を掴み、もう片方の手が私の腰をがっしり掴んで体を密着させた。

今度は立場が変わり、キャプテンの舌が私の口内へ侵入してきて強引に舌に絡んでくる。
息継ぎのタイミングも失い、酸素不足なのか頭がクラクラしてきた。
だが、不思議と安心してしまうのは久しぶりに激しく求められている気がして、嬉しい気持ちの方が勝っているからだろう。

飲み込み切れなかった二人の混ざり合った唾液が私の口角を伝って落ちるまで、しっかりと口内を犯しつくされ、最後は唇を甘噛みされて漸く解放された。

「はぁ、はぁ…なん…で」
「遅ェんだよ」
「は、はい?」

ぼやけた視界がやっとしっかりしてきたが、キャプテンの顔は不満そうに顰められていた。
遅い?なんの話しだろうか。

キャプテンは私の谷間に顔を埋めて、深い溜息をついた。

「はぁ…足りねェ」
「ちょ、んんっ」

先ほどから全然話が読めないのだが、問いかけようと口を開いたら再び唇を塞がれた。
このままでは話すことすら出来ない。

がっちりと体を固定され、舌を絡め合う気持ちよさに思考を取られて抵抗することもままならない。
私は口内を散々荒され、抵抗していた両手はいつの間にかキャプテンの服を握りしめて縋るだけになっていた。

「ふ…はっ、んぅ…」

くちゅっと舌が絡まり合う音が鳴るたびにゾクゾクと腰が疼く。
いつから私の身体は、キスだけでこんなにキャプテンを求めてしまう体になってしまったのだろうか。
まあ、そうさせたのは今、舌を私の口内に突っ込んでしつこく絡んでくる男性ではあるが。

漸く解放されると私の口角から流れる、混ざり合った唾液を救い取るように舌でなぞられて、そのまま耳に舌を絡められる。

「ひゃあっあ、みみ…やぁ…」

完全に快楽に染め上げられそうになった私を引き戻したのは、じじじっと私のつなぎのジッパーを下ろす音だった。

「っ!キャプテン!」
「あ?」
「朝ですよ!太陽登りきった朝です!」
「関係ねェよ」

ジッパーを下ろそうとするキャプテンの手を何とか両手で止めるが、パーカーの袖を捲っているキャプテンの腕を見れば血管が浮き出ている。本気で脱がす気らしい。
私も流されないために本気でその手を両手で止めているが、互いに本気の力で攻防しているためプルプルと震える。

「私は何が遅いのか話しを聞きたいんです!ここ数日のキャプテンの行動を説明してほしいんです!」
「…それ説明すりゃ、続きしていいっつーことか」
「そ、それは…」
「なら必要ねェ」

ジッパーから手が離れたが、肩を掴まれてソファに押し倒されたかと思えば私にキャプテンが覆いかぶさってきた。
完全にマウントをとられた私は、慌ててそれ以上キャプテンが近寄らないように両手両足で抵抗をする。

「無駄に抵抗すりゃ逆に興奮させんのにまだ気が付かねェのか、てめェは」
「鬼畜!キャプテン鬼畜ですね!うわっ!」

両手を掴まれると頭上に一纏めにされ、強引に足を割って体を密着してきた。
この流れは非常にまずい。
先ほど起きたばかりだし、朝食だって食べていない。
それに何がどうなってこうなったのか全く分からないが、このまま喰われれば間違いなく今日一日をベッドの上で過ごす羽目になるだろう。
何しろ行為を一週間以上もしていないのだから。

先ほどまでは悲しい気持ちでいっぱいだったというのに、いつのまにかいつものキャプテンで安心していいのか、何なのか。
とにかくこんなに振り回された事情は聴かなければスッキリしない。

私は苦渋の決断ではあったが、先ほどのキャプテンの案を飲み込むことにした。
せめてこの連日のキャプテンの行動の謎を知りたい。

「っ!わかりました!キャプテンのさっきの案にのります!」
「おれが何か案を出したか?」

すでに犯す気満々で、私の自由を奪ったキャプテンはつなぎのジッパーを下ろし始めた。
これはまずいと、すぐに能力を最大限に発動させてまばゆい光を出す。

分かっている。
キャプテンはこういう時は目を閉じて普通に行為を再開させるのだろう。
その証拠に気にせず露出させた私の首筋辺りにちゅっちゅっと何度も吸い付いている。

「んっ!キャプテン!私が視界をさえぎるために能力使ってると思います?!」
「…」
「キャプテンの能力と同じで、んっ、この能力は体力を大幅に削るのお忘れですか?!」

ピタッとキャプテンの体が止まり、大きく溜息をついた。

「ヤってる最中にくたばられちゃ困る」
「はい、ではお話聞きましょうか」
「キスに夢中になってる時に海楼石の錠でもしとくんだったな…」

キャプテンの恐ろしい呟きは聞かなかったことにして、しぶしぶ私の体から退いてくれた瞬間に立ち上がって向かいのソファに腰掛けた。
近くに居ると襲われそうな恐怖を感じる。

「何が遅いんですか?私を避けてた理由はなんですか」
「別に避けちゃいねェよ」

確かに避けてはいない。
だが…なぜキスをしてくれなかったのかと聞くのも…かなり恥ずかしい。
顔を赤くした私の言いたいことを察したのか、キャプテンが足を組みながら口角を上げた。

「偶にはお前からおれを求めさせてやろうと思っただけだ。よく言うだろ?押してダメなら引いてみろって」

至極愉しそうに笑いながらそう言ってきたが、私は唖然とした。
昨晩、私を散々悩ませた理由がまさかキャプテンの気まぐれに思いついた駆け引きだったとは。
そもそも、キャプテンはそういった駆け引きには無縁な人だと思っていたし。

「いつもおればっか求めてるからな…。夜、部屋に帰すのは結構耐えるのに苦労した」
「…」
「深いキスしなかったのは歯止めきかなくなりそうだったからな」

両手で頭を抱えながら大きく溜息をついた。
そんな理由でいきなりあんな行動をとるのはやめてほしいところだが、そうさせてしまったのは私が普段からキャプテンを求めないからだ。

散々不安になっていた私の心は、何とも現金なもので。
キャプテンからそこまでして愛されているというのを実感すると、不安など一気に吹き飛ばされた。
やり方はどうあれ、キャプテンも私に求められているのか試しただけ。

「…愛してます、ロー」
「行動でも示せ」

組んでいた足を広げて、人差し指で行儀悪く私を招いた。
私は誘われるがまま、先ほどのようにキャプテンの体に乗り上げて向かい合うように座ると、両腕をその首の後ろに巻きつける。
唇の触れそうな距離まで顔を近づけて焦らすように止めると、互いの熱い吐息がぶつかり合う。

「今度はキャプテンから」

私を求めてくれる強引なキスを、今度は抵抗もなく受け入れて、私たちは愛を深め合った。





おまけ




企画ページへ戻る

- ナノ -