金色の女神 番外編
潜入調査・一般社員@  [ 2/17 ]


タークスの制服を身に纏い、ロッカーを閉めて更衣室を出た。
ここのところソルジャーの任務が多く、この制服を着るのは久しぶりだ。
ということはこの総務部調査課のオフィスに入るのも久しぶりということになる。

ドアを開けて中に入ると、新人の子たちが嬉しそうに挨拶をしてきてこちらも笑顔で返す。
自分のデスクに座れば、隣の男も至極眠そうに挨拶をしてくる。

「おはようさん、と」
「おはようレノ。相変わらずね。ルードもおはよう」
「…」
「はい、こちらも相変わらず」

私のデスクの両隣、レノとルードへ挨拶を済ませるとさっそく任務なのかツォンに呼び出され、レノとルードに送り出されながら私は主任の元へ行った。

「それで?任務は私が一人?」
「お前一人だ。これが書類と服だ」
「…」

これで何度目だろうか。
恐らくこれから着ろという意味の服の上には神羅カンパニーのIDカードが入ったパスケースだ。
私の持っているタークス用とソルジャー用のものではなく、目の前に置かれたものは…。

「今回はどの職業?」
「一般社員です。ちなみに家はスラムに用意してあります」

家?スラム?意味が分からない。
私が首を傾げているとヴェルドが一枚の書類を渡してきた。
それを読むと、一般社員を狙ったアバランチによる被害報告書だ。
ああ、つまり今回は…

「ちゃんとしたおとり捜査なわけね」
「もちろん、完全に一般社員になりきるため、本社での仕事も一般社員として仕事だ」

渡されたスーツを広げてみて、パンツスタイルのスーツにホッとした。
これだったらセフィロスも文句はないだろう。

「彼には私が言っておいた」
「あれ?今回はちゃんと言ったんだ」
「ツォンがこの服を運んでいる所を捕まって仕方なく、だ」

ツォンから制服とIDを受け取り、私はヴェルドの方に視線を戻す。

「任務期間は最長で1週間。だが、犯人であるアバランチを捕獲した時点で任務は終了だ」
「ってことは今日にでも捕獲したら今日で任務終了?」
「そういうことだ」

それならすぐ終わらせよう。
私はさっそく着替え一式を持って、更衣室へ向かうことにした。





タークスのスーツを脱いで、一般社員用の安いスーツに身を包み、伊達メガネと黒髪のウィッグをかぶる。
刀は持ち歩けないから銃を隠すように腰のところに差し込み、ジャケットを羽織った。
鏡を見てみれば完璧に一般社員だ。
そもそもこの制服一つで、ソルジャーかタークスだなんて思うことはないだろう。
セフィロスほど人気のあるソルジャーであれば別ではあると思うが。

書類を眺めて業務内容を確認する。
どうやら書類事務が今回の仕事内容らしい。メインはおとり捜査だが…そもそも本社での仕事は変装の必要がないのではないかとも思うが、まあいい。
上司の命令なのだから素直に応じるしか私に道はないのだから。

おとり捜査中の上司は部長のルーカスという男らしい。
私はIDカードを首から下げてエレベーターで4階にある事務室を目指す。
入ってみれば細身の男性が私を笑顔で迎え入れた。

「おお!君が新入社員の子だね!」
「名前といいます。よろしくお願いします」

危うく敬礼しそうになるのをぐっと堪えて頭を下げる。
男性は私の顔をまじまじとみて、嬉しそうに笑った。

「すごい美人だね」
「ありがとうございます」
「スラムに住んでいるんだって…?可哀想に。今日は書類のコピーやデータの打ち込みを主にやってもらうよ」
「分かりました」

一般社員なのだからそういう仕事なのかと思っていたが、本当にその通りだとは。
私には絶対に合わない仕事だ。
同じようなことの繰り返し業務で、正直飽きてしまう。

特に何のトラブルも起きず、ひたすらコピー機を動かし続けたり、その書類をまとめたり、あとはデータを打ち込んだりと、仕事してやっときた就業時間。
私は凝り固まる肩を鳴らしながら、帰宅の準備をした。

ツォンに渡されたスラムにあるアパートの鍵を確認し、地図も確認。
その前にセフィロスに連絡しておくか。

「お先失礼します」
「明日もよろしくねー」

上司である男性に挨拶をして、他の一般社員とも挨拶をしてからエレベーターを待つ。
軽快な音を鳴らしてエレベーターのドアが開くと私は驚いて動きを止めた。
毎回、偶然出会うことは沢山あったが、今回も驚きのタイミングだ。

「…さっさと乗れ」
「あ、は、はい」

エレベーターの中にはセフィロスだけで、この時間に1階に向かうということは仕事終わったのか。

「今夜は任務で帰らないからね」
「どこで寝るんだ」
「スラムのアパート」

エレベーター内の気温がぐっと下がった気がする。
顔を見なくも分かるが、セフィロスは今確実に機嫌を悪くした。

「…何番街だ」
「7番街だけど…いやいや、まさか来る気?!セフィロス来たら目立っちゃうっての!」
「変装する」
「目立つわ!」

この長身に髪色。何より顔だって…自分が有名人の自覚は無いのか。
体を引き寄せられて腰を撫でられると銃を取り上げられた。

「あっ、ちょっと」
「これ一つで戦うつもりか」
「充分よ。第一、刀をぶら下げてる一般社員なんて居ないもの」
「…」

ジャケットを捲られて銃を元に戻されるとドアが開き、体が解放された。

「何号室だ」
「203…って来る気?!」
「…」
「騒ぎになるから絶対だめ!」

エレベーターのドアが再び閉まる前に私は外へ出る。
振り返りセフィロスにもう一度、注意をした。

「絶対に、来ないで」
「約束は出来んな」

何言っても聞かなそうな雰囲気だ。
私は諦めてセフィロスに背中を向けた。
どちらにしろこのおとり捜査が早く終わって欲しいのはセフィロスも同じはず。
ということは邪魔になるような事はしないだろう。

本社ビルを出て、駅へ向かい、久しぶりのスラム行きの電車だ。
長年スラムに住んでいたのだからスラムで寝泊まりするのはなんだか実家に買えるような感じがしてワクワクする。
今回、会社が用意したアパートは7番街スラムの奥にあるアパートだ。

神羅社員の何人かはスラムに家があり、帰宅途中で襲われたと報告書にあったのだ。
つまり、帰り道。
しかも、ほとんどが6番街か7番街で起きている。

電車に揺られて懐かしい景色に目を奪われた。
ごちゃごちゃしてはいるけれど、助け合って生きている。スラムはそういう所だった気がする。

『次は7番街』

アナウンスがそう言うと、私は立ち上がる。
電車の中に怪しい人物はなかったし、殺気も感じられなかった。

これは今日の解決はないかな…

そう思うと深いため息が出た。
あんな同じ作業の繰り返しの仕事は平和的でいいかもしれないが、ずっと戦って生きてきた私にとっては苦でしかない。




電車から降り立つと、明らかに感じる視線。
殺意はないが敵意は感じられる。
そりゃそうだ。ここのスラムで神羅にいい思いを抱く者は少ない。むしろいるのかも分からない。

だが、犯人を捕まえるために敢えてこの神羅社員と分かるように着替えずに来たのだ。
堂々と帰るしかない。

途中の道にある露店で夕飯と、懐かしい安いスラムビールを買ってアパートを目指す。
スラムの奥にあるそのアパートは古臭くても立派なアパート。プレートの上の家とは全く違うが私がスラムの時に住んでいた家よりもかなりマシ。

ギシギシと鳴る階段を上がり、203号室の鍵を開けて中へはいる。
中の部屋はベッドと入ってすぐのところに洗面台があるワンルーム。
スラム特有の埃っぽくカビ臭い部屋なのに、私にとっては懐かしいと思えた。

ベッドに腰掛けて、服を着替えようとして動きを止める。

アパートに上がってくる足音が二つ。
それも殺気がダダ漏れだ。

「今日で片付きそうね」

そう洩らしながら口角を上げて銃を取り出す。
洗面台の蛇口を捻って水を出しながら銃の安全装置を外した。

ドアの外で荒々しい呼吸と金属音。どうやら武器は刃物系と銃らしい。
壁に背中をつけて、男たちの呼吸が止まった瞬間にドアが荒々しく開かれて入ってきた。

「神羅に裁きを!」
「ご苦労さま!」

後ろから2人の両足を撃ち抜いて、足が脱力したところで回し蹴りを繰り出す。

「ぐはっ!!貴様っ!」
「はぁっ!いてぇ…ただのOLじゃねぇな!!」
「タークスよ。残念ね」
「クソっ!!」






連行されていく男たちを眺めながら、隣に立つツォンがホッと息を吐いた。

「短期間で任務終了、ご苦労」
「あ、ねぇツォン。このままスラムに泊まっていい?」
「?別にいい…が、あの人には連絡しておけ」
「えー、黙ってていいよ。7番街に目撃情報が流れるよ?騒ぎになるかも」
「…」

すごく疲れたようなため息をついて、ツォンは「好きにしろ」と言いながら離れていった。
お言葉に甘えてツォンを見送ると私はアパートへ。

懐かしい雰囲気と匂いに包まれながらベッドに横になった。
騒がしさがなくなり、辺りは静かになると私は夕食を食べようと起き上がり、息を飲んだ。

「油断し過ぎだ」
「セフィロス…」

目の前に向けられている正宗の刃先を見て、ブルっと体を震わせた。
いや、確かに今のは死んでいたかもしれないが、英雄が気配を消して侵入していたなら誰も気が付けないだろう。
絶対にセフィロスじゃなかったら私は気付いていた。

「セフィロスに気配消されたら誰も気付けません」
「ならば、気が緩んでいたことはないと言い切るのだな」
「…いえ、気は緩んでたかもしれませんけども…」

目の前から刃先が消えて、改めてセフィロスを見上げれば帽子を深く被り、髪の毛はコートの下に隠されて服もいつものソルジャーの制服ではない。
どうやら私がツォンと外で話しているうちに侵入し、気配を消して隠れていたらしい。

「…来るまでに見つからなかったの?」
「変装した上に電車は使っていない」
「ええ?!非常階段で来たの?!」
「ああ。だからこんな時間がかかった」

ドサッと私の横に腰掛けて、セフィロスは深いため息をついた。

「上に…家に帰るぞ。ここはカビ臭い」
「えー、いや。今日はここに泊まるの」
「任務終わったのにか?」

やっぱり見られていたのか。
私はスラムビールの瓶を開けて口をつけるとセフィロスの方に向けた。

「たまには、スラム体験もいいよ?」
「くくく、貧乏体験か」
「セフィロスも貧乏を一度でも味わえばいい」
「まあ…確かにここは…出会った頃のお前を思い出す」

私からビールを受け取り、一口飲んでくくっと笑うと「酒まで貧乏臭い」と文句を言う。

「出会った頃の私?」
「ああ。埃っぽくてカビ臭い服を着て…」
「やな感じ」
「僻むな、貧乏人」

私の額をコツンと指差しながらセフィロスは笑った。
その笑みにつられて私も笑うと2人で出会った頃の話をし、愛を深めて。
こうして無事にOL体験任務は終了したのだった。




  
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