彼が私で私が彼で
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朝日がカーテンの隙間から差し込んできて、その眩しさに目が覚めた。
フカフカのベッドに肌触りのいいシーツの感触を撫でると、昨日は彼の家に泊まったっけと頭に過る。
でも、記憶では寮に帰って寮のベッドで寝た気がするんだけど…
まさかまた拉致られた?
体を起こして、目の前を銀色の髪がさらりと流れ落ちてきた。
いつものように髪をかき上げると、その手が思わず止まった。
ん?銀色?
確か自分の髪の色は金だった気がする。
…
「嘘でしょ?!どういうこと?!」
腕は鍛え上げられた筋肉と、自分から発せられる声は大好きな彼の低い声。
すぐに洗面所へ走り込み、鏡で自分の姿を確認した。
鏡にうつっているのは銀色の髪に筋肉質な体、視界はいつもよりかなり高くて、翡翠色の瞳が驚愕に見開かれている。
「ゆ、夢…?」
目の前の洗面台の蛇口を捻って水を出すと、顔にかけて目を覚ませた。
そのまま水が滴ったまま、再び鏡を見てもそこには変わらず端正な顔が見えてくるだけ。
「セフィロスになってる…」
すぐに洗面所から離れて、携帯を手に取る。
自分の名前を探し当てて、電話をかける。
「もしもし!セフィロス?!」
『…何だ…』
自分の掠れた声に寝起きというのが分かる。
ということはセフィロスはまだ状況を把握していない。
「起きて!すぐに鏡の前に立て!」
『…なぜ俺の声が…は?…夢か…』
「夢じゃないの!なぜか体が交換されてるの!」
携帯を置く音が聞こえてきて、高い声で笑い声が遠くから聞こえてくる。
「セフィロス?!」
『面白いことになってるな』
「面白がってないで…って、すごい冷静ね」
『慌てても仕方ないだろ』
「す、すごい冷静な返し…」
『そろそろ支度か。今日はどっちの制服を着ればいい』
「タークスだけど…任務はなくて本社待機のはずだから」
『わかった。とりあえずソルジャーフロアで待ち合わせるぞ』
「そうね。セフィロス」
『何だ』
「…私の体で変なことしないでよ」
『くく…変なこととは?』
「…」
『あ、お前車で来るなよ』
「分かってるわよ。歩いていく」
『じゃあ、また後でな』
通話を切って盛大に溜息をつく。
確かに慌てても何してもこの姿には変わりがないのだからしょうがない。
名前は着替えて正宗を掴むとすぐに家を出て行った。
エントランスに着くなりソルジャー達が敬礼をしてくる。
危うく敬礼を返すところで手を途中で止めた。
エレベーターを待っていると腕に柔らかいものが押し当てられた。
「セフィロスさん、おはようございます」
「…あ、ああ」
見れば受付嬢のあの女だ。
腕に柔らかい感触…胸ってこんな柔らかいんだ。
振り払うのも躊躇って、そのままにしているとその女はクスクスと笑いだした。
「今日はとても優しいのね…ってことは別れてくれた?あの女と」
あれ。セフィロスっていつもどうやって対応してるんだろ。
分からないながらにその細腕を掴んでやんわりと離させた。
見上げてくる化粧の濃い顔を見つめていたら、後ろからもう片方の腕を引っ張られた。
「なっ」
「セフィロスおはよー」
「…」
驚きで声も出ない。
見下ろすその姿はタークスの制服を纏った自分の姿。
受付嬢はキッと睨んだが、セフィロスがその女の腕を掴んで引き離した。
「調子に乗るなよ」
そして思わず目を見開いてしまう。
女に向けて銃を頭に突き突けてニヤリと笑う自分の姿。
「殺すぞ」
受付嬢は青ざめて立ち去っていき、銃を腰に隠したセフィロスが鼻で笑った。
「いつもこうして脅せばいい」
「…性格悪いよ、セフィロス」
「名前」
「え?」
「私の名前は名前だよ?セフィロス」
私ってこんな悪そうな笑いかた出来るんだ。
エレベーターには他のソルジャーも乗ってきて、次々に私に敬礼したり挨拶をしてくる。
適当に挨拶をしてエレベーターの扉が閉まった。
その空間でセフィロスが腕に絡まってきた。
「セフィロス。今日も家に行っていい?」
こいつは何を言っちゃってくれてるのかな?
名前は甘える声を出す自分の体を凝視した。
「セフィロス?」
「っ!離して!」
「…今日のセフィロス、変なの」
ソルジャー達が息を呑んだのが分かった。
ソルジャーフロアについてからすぐにその腕を掴んで会議室の中へ引っ張っていった。
「何考えてるのよ!」
「やめろ。俺の声と体で女言葉で話すな」
「じゃあ私らしくして!」
「お前らしく…?……セフィ、キスしよ?」
「っ!そんなこと私は言わない!」
首の後ろに両手を回されてぐいっと引っ張られると唇を合わせられる。
すぐに力を入れて唇を離し、首の後ろに回された腕を掴んで壁に体を叩きつけた。
後頭部を壁に打ったセフィロスは顔を顰めて、見上げてきた。
「いっ!お前、少しは力加減をしろ」
「セフィロスが悪いんでしょ!」
「…俺の顔で恥ずかしそうにするな。気持ち悪い」
「誰のせいだ!」
相変わらずマイペースのセフィロスに呆れる。
腕を離して、見せつける様に盛大に溜息をつくと、改めて自分の体を見下ろした。
「…セフィロスから見た私ってこんななんだ」
「…俺になりきれよ。言葉も気をつけろ」
「よりによって何で今日はタークスなのか…」
ソルジャーでの本社待機であればセフィロスの執務室に一緒に居れるし、安心できるのだが。
さすがにタークスの執務室にセフィロスが来ると皆警戒するし、特に主任とツォンは良い顔をしない。
「…ちゃんと仕事できる?」
「俺を誰だと思ってる。しかも、それはこっちのセリフだ」
「うっ…確かに…」
間違いなく自分には1stの仕事が出来るとは思えない。
書類も分かんなければ…みんなにどんな態度をすればいいのか…迷う。
「書類関係はアンジールかジェネシスにでも押し付けろ」
「出来ないよ!」
「…あいつらが執務室に居ない時に勝手に置けばいい」
「…」
さてはいつもそうして押し付けていたな。
ジェネシスは文句を言ってきそうだが、アンジールは溜息まじりに黙ってやってくれそうだ。
「任務を言われたら拒否しろ」
「そ、そんなこと出来る訳ないでしょ!」
「よっぽどの任務でなければ一回拒否すればラザードは諦める」
「嘘でしょ…」
いつものセフィロスの勤務態度が明らかになった。
目の前の自分の体は携帯を取り出して時間を確認すると、そろそろ行くと言って立ち去って行った。
「…やれる自信ない…」
自分の体の後ろ姿を見送りながら頭痛がしてくる自分の額を抑えて溜息を零した。