わたしが正義に目覚めた理由
煙草をくわえながら、大きく吸い込んで吐き出した。
私だってこの煙草の匂いは好きなのだ。
私の憧れた海兵さんの匂いなんだから。

「私の島は治安の悪い島でね。私が住んでいたのはスラムで、子どもばかりのギャングチームに物心ついた時からいた。ほんと…あの人が居なかったら私は海賊になってたかもしれないな」

やることは海賊と同じようなことばかり、むしろそれよりたちが悪いかもしれない。
それでも、それが私の日常だった。

私の話に耳を傾けて静かにしているトラファルガーに拍子抜けする。
本当に私の思い出話を聞く気らしい。

「まあ、その日暮らしをしてて過ごしてな。ある日海軍がその島に駐屯地を作ることになってね。まあ、一気に治安が良くなったわけだ」
「いきなりだな」
「まだ子どもだったし何があったかなんて分からない。私からしたら本当にいきなりスラム街がなくなったんだからな」

当時を思い出して、心が少しキュッと苦しくなった。
あの時、いきなり日常が変えられて本当に先が見えなくて、毎日不安しかなかった。

煙草を再び吸いこむと、火のついている先端がジリジリと煙草の葉を燃やしていく。
隣に座っているトラファルガーが私の頭を一度、ポンと撫でてきた。

「…落ちていた葉巻を大人の真似事をしたくて吸ってた時にその帽子の海兵と出会った。まあ、葉巻は奪い取られて説教されたけだな。その海兵さんはしつこくしつこく私の元へ来ては…何度私は燃えそうになったか…」
「何でお前が燃えそうになったんだ」
「その海兵さんはかなりのドジっ子だったんだ」

私が苦笑して言うと、トラファルガーまで苦笑した。
何なんだ一体。まるで、同じ感情を共有しているようで私は落ち着かない。

「色々と助けられてその海兵さんの煙草をもらって、帽子もらって今の私がありましたとさ!終わりだよ」

早くこの会話を終わらせたい。
思えば、なぜ海賊相手に身の上話をしてしまっているんだ。酒も飲んでなければ、今は勤務時間中。
しかも、私は海兵の制服を着ている。
本当は私の階級だと制服の着用は義務付けられていないのだけど、身長が小さく童顔な私は子どもと間違われることが多いため制服を着用しているのだ。

いやいや、そんなことより目の前の賞金首だ。
私が適当に話を終わらせると、トラファルガーは少し考えた後に口を開いた。

「…その海兵…今は」

どうやらその色々のところは流してくれたらしい。
そして、その先が知りたいようだ。

個人情報を漏らしたくはないが、いつにもない真剣で、ほんの少し悲しそうな顔をしているトラファルガー。なぜだか言わなくちゃならないような気がして、私は正直に伝えた。

「殉職した…。目標だったのに…私が海兵になる頃にはすでにな…」
「…」

話は終わったし、これでトラファルガーと関わることもない。

「とにかくその帽子は大切な帽子だ。返せ」
「……」

私のことをじっと見て、トラファルガーは立ち上がった。
そして何を思ったのか私の手から火のついている煙草を奪い取り、私の膝裏に腕を回して持ち上げられる。

「なっ、何をするっ!」

視線が一気に高くなり、トラファルガーと同じくらいの高さまで上げられると私はすぐにトラファルガーの胸を両手で突っぱねた。
それでも力の差は歴然としていて、無理やり距離を縮められる。

「や、め、ろ!」
「煙草じゃない。おれはお前がいい」
「だから意味が分からん!!」
「煙草やめてもお前に構い続けるってことだ」
「今の話の流れでなぜそうなる!」

トラファルガーは馬鹿力だ。
強い力で抱き締められて、離れたくともその距離を離すことは出来ない。
刺青だらけの腕が私の背中と太ももの後ろにあって、目の前にはトラファルガーの海賊のくせに無駄に整った顔がある。目に毒だ。

「私をなんだと思っている!」
「女」
「女海兵だ!大人しく捕まれ!」
「この状態だと捕まってんのはお前だな」
「くそっ!」

ジタバタもがいていると、下から銃声が鳴り響いた。

「トラファルガー!そこに居たか!」
「ちっ…お前の上司はしつけェな」

慌てて下を見れば、鬼のような形相をしたリズ大佐の姿。
私が青ざめると目の前の海賊は舌打ちをした後に、私を下ろして頭に海兵帽子をかぶせてきた。

「また追いかけてこいよ」
「どうせ貴様が海賊な限り、嫌でも追いかけることになる」

私が言うとトラファルガーは口角を上げて、姿を消した。

その後すぐにこの家の持ち主に梯子を借りたのか、リズ大佐が登ってきた。

「はぁ、はぁ、トラファルガーはどうした?!」
「に、逃げられました!」
「貴様!なぜ目の前にいて捕まえられないんだ!」
「すいませんでした」

素直に頭を下げて、その後頭部をスパーンといい音を立てながら叩かれた。すごく痛い。
涙目になりながら後頭部をさすり、ゆっくりと顔を上げる。

「貴様は1週間、甲板掃除だ」
「…」
「返事はどうした?!」
「了解しました!」

恵まれない上司、最悪な宿敵。
私はだいぶ運が悪いようだ。

自分の過去を他人に話したのが初めてだったからか、なんだか心がざわついて、その日の夜は眠ることが出来なかった。


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