問題はひと段落


携帯のアラームの音で目が覚める。
気怠い体を起こしてアラームを止めると、隣で寝ている女を眺めた。

おれが想像していたよりも精神的に強く、おれが思っていたよりもおれのことを好きでいてくれている名前。
だが、それを軽く上回っている自信があるほど、おれの中で日に日に名前が好きだという感情が強くなってきてる。
お互いの両親への挨拶も済ませ、一緒に暮らし始めて、後はもう結婚。
昨夜、指のサイズは測り終えたため後はこちらで指輪を準備するだけ。

その寝顔を眺めているとうっすらと下を向いていた睫が揺れて、ゆっくりと上に上がり瞳を覗かせた。

「おはよう、名前」
「…寝顔見てたの?」
「ああ」

頬を撫でてキスをすると、名前の方からも「おはよう」と呟いて、おれに触れるだけのキスをしてくる。
他人が見たら朝から甘ったるい二人なんだと笑うだろうが、おれとしてはこれをおれ達の日常として馴染ませてやりたいぐらい。






スクラブに着替えて、白衣に袖を通す。
おれの頭の中は今朝の通勤中の車内で話した名前のやり取りでいっぱいであった。

二人で話していたのはドフラミンゴとルイスのことだ。
父親とコラさんが対処するとか言っていたが、一晩でなにか動くだろうか。
名前には何事もなかったかのようにルイスに対して振る舞えと言っておいたが、彼女に直接的に危害を加える可能性もある。

さすがに仕事中にどうこうすることはないだろうが…。

ロッカールームを後にして、今日の予定を頭で立てる。
今日はオペが三件。
朝から昼過ぎまでかかるだろう。
そうなると、名前の顔を見られるのは午後か…。
ルイスはおれのオペの見学をするだろうから接近することはないはず。

医局へ着くと、部長とフランシスが腕を組んで何かを話していた。

「あ、トラファルガー先生。おはよう」
「おはようございます」
「先生には何か言ってたかな?ルイス君」
「?何かとは?」
「ルイス先生消えちゃったんだよー」

フランシスが軽いノリでそんなことを言ってきた。
一瞬、理解できず固まると部長が笑って退職願と書かれた封筒を見せてくる。
どうやら本当らしく、すぐに振り返ってルイスのデスクを覗いてみるが、確かに荷物は全てなくなっていた。

「トラファルガー先生、厳しすぎちゃったんじゃない?」
「……だとしたら、どっちにしろ今後やっていけねェよ」
「でも良かったよ。今考えてみればあの先生はナースたちとも上手くいかなかっただろうし、妻も喜んでいたよ」
「こっちは医者一人減ってしんどいですけどねー」

もう父親とコラさんが動き出したのだろうか。
だが、これで確実にあの新人医師はドフラミンゴの手下であったのが分かった。
新人教育などという面倒なこともなくなったし、これで安心して仕事が出来る。
今後も父親とコラさんがうまいことやってくれることだろう。











オペを全て終わらせ、オペの記録や指示を書きに病棟へ上がると時間は終業時間に近かった。
すでに夜勤者も出勤しており、日勤ナースが申し送りをしている最中。
おれはパソコンの前に座り、指示書を取り出すとオペ後の指示を書き始める。

「お疲れ様です」
「ああ。苗字、これ受けられるか」

夜勤者に申し送りを終えた後の名前に声かけられ、書き終えた指示書を渡す。

「指示受けておきます。これから記録ですか」
「そうなるな」
「ということは残業ですね」
「…そうだな」

ちらっと時計を見て頷くと名前は頷いて仕事へ戻って行った。
さっさと仕事を終わらせても確実に残業は避けられない。
先に車の鍵を渡して帰っていてもらうか?
いや、おれの車を運転するのは嫌だと以前言っていたな…そのうち車を買い替えるか。

パソコンへ記録を打ち込みながら、溜息をついて肩を回す。
オペ続きですぐに記録しに来たから昼食も取っていない。
だが、そのおかげであと少しで終わりそうだ。

「お先失礼します」

続々と日勤者が帰っていくのが見えて、一度手を止めた。

「苗字」

おれが呼ぶとすぐに振り返り、手招きすると素直にこちらへやってきた。

「何かありました?」
「…もう帰るのか」

一応声を顰めて問いかけたが、名前は少し考えた後にステーションをちらりと見てからおれの耳に顔を近づけた。

「休憩室で待ってる」
「……」

おれの耳に息がかかり、顰めた声が掠れていて、夜での行為を連想させる。
離れようとする名前の後頭部を素早く掴んで引き寄せると頬に自分の頬を摺り寄せた。

「っ!先生っ!」
「…」

ガバッと勢いよくおれから離れて、すぐにステーション内を見渡すが全員パソコンに向かっていて見られてはいなかったと思う。
まぁ、こちらとしてはもういつ見られても構わないのだが。
怒ったように踵を返して立ち去る背中は若干怒っていたかもしれないが、耳が赤くなっているのが見えてつい頬が緩んだ。

早く仕事終わらせて、まだ隠す必要があんのか話しをするか。
そう思いながら、おれは再びパソコンへ体を向け仕事を再開した。









「待たせたな」
「ステーション内でああいうことしないで」

一緒に車に乗り込んでムスッとした顔の名前にしれっと「お前が悪い」と返す。

「何で私が悪いの?」
「耳元で色っぽい声で言われたら誘われてるって思うだろ」
「色っぽい声なんて出してない」
「無自覚なら尚更たちが悪ィ」

名前は諦めたように溜息をついた。

頬を摺り寄せたぐらい別にいいだろ。
これでも我慢してやったぐらいだ。本当はキスしてやりたかったのだから。

「ルイス先生、やめたみたいね」
「コラさんか父さんが動いたんだろ」
「…コラさん何者?」
「刑事。あれ?言ってなかったか?」
「初耳よ…。ローの周りはすごいわね…医者に刑事にマフィアのボスって」
「最後のやついれんなよ」
「入れなくともすごいわよ」

これでしばらくは安心して過ごせる。
ドフラミンゴのことはまた変化があればコラさんに報告していけばいいし、あの人が刑事になったのもドフラミンゴの行動を監視し、抑制させるためなのだから。

「ナースたちの話しではトラファルガー先生の指導が厳しすぎたんじゃないかって」
「まァ、否定はしねェな」
「ローを怖がるナースは結構いるよ」
「ニコニコしてる方が気持ち悪ィだろ。そんな医者はフランシスだけで充分だ」
「ローが笑うと可愛いのに」

クスクスと揶揄うように笑う名前に、ちょうど信号が赤になったため手を伸ばして後頭部を掴むと噛みつくようにキスをする。
柔らかい唇を甘噛みして、艶のある唇を舐めてやると名前はおれの肩を押した。

「だから結構後ろから見えるんだって」
「見せつけとけ」
「本当に勝手なんだから…」

そう言いながらもおれの唇を甘噛みしてきて、離れていく。
最終的にいつもこうしておれの心を振り回すのだから。
どっちが勝手なんだか、全く。

「そろそろ職場でもオープンにしていいんじゃねェか」
「……そろそろ言われると思ってた」
「隠す意味も分からねェし。背徳感を楽しんでる感じでもねェし」
「そんなの楽しまないわよ…」

こっそりイチャつくのもおれは楽しいっちゃ楽しい。
だが、薬剤師やら他の職種の男に言い寄られていたり、他のナースに合コンに誘われていたりしているのも何度も目撃している。
おれのものだと知られれば、そういう誘いはなくなるはず。

「そうね。隠す必要はないけど、わざわざ発表することでもないわ。知られたらそのまま伝えればいい」
「なら、おれが女居るのかと聞かれたらお前のこと言っていいんだな」
「………いいわよ」

やっとその言葉が聞けて、おれは内心ガッツポーズをした。
日に日に名前との距離も縮まり、やっとおれの女だと宣言することができる。
そうと決まれば病棟に早く広めたいおれは作戦を考えることにした。

ごく自然にナースたちがおれに女が居るのか聞いてもらわなくてはならない。
もうあの病棟で働きだしてだいぶ経っているため、ナースたちの間ではおれに女は居ないと広められている。
改めて彼女が出来たのかと問いかけられるには、どうするべきか。

「何か悪いこと考えてない?」
「…いや?」
「ローは気が付いてないかもしれないけど、悪戯を考える悪がきの顔してる」
「どういう顔だ」

おれが噴出して笑い始めると、名前も笑い出した。

「そういえば、職員旅行があるみたいなのよね」
「あー、らしいな。行くか?」
「うん。というか、強制的に参加にされてた」
「強制?」
「新人ナースは強制参加なんだけど。バーキンさんが寂しいから先輩もって」
「へェ」

朝はルイスのこともあり、その後もずっとオペ続きだったからそんな話しは知らなかった。
名前が行くなら行きたいし、それこそ交際を公開できるチャンスではないか。

「全職員対象なのか?」
「うん。部長先生は毎年夫婦で参加してるもの」
「お前が参加するんなら、おれも参加するか」
「それは…参加者増えそうね。トラファルガー先生は人気ですから」
「くくく、言ってろ」

考えてみれば、最近は2人で旅行にも行っていない。
そろそろドライブがてら、2人きりでの旅行も行きたいところ。
まあ、職員旅行は職員旅行で名前と楽しむのもありだな。

「落ち着いたら2人で旅行行くか」
「本当?すっごく行きたかったの」

隣で喜んですぐに携帯で検索しながら行く場所を考えている姿に、可愛い奴だと頬を緩ませた。







back



この話しの感想あれば




- ナノ -