母親と彼女の対面
「紹介したい人がいる」
そう母親に伝えれば大喜びですぐにでも来て欲しいと。
ちょうど今日は妹も父親も、夕方には帰ってくるから夕飯は一緒に食べたいと、電話越しにでもそのテンションの上がり方にため息つきたくなる。
『ローが私たちに紹介してくれるのなんて初めてだし、それほどの女性ということでしょ?あー、楽しみ!お父さん達が来る前にすぐにでも来てくれる?そうしましょうよ!待ってるわね』
「いや、夕方に」
『待ってるわね!じゃあ、準備しておくわ!』
「あ!母さ…」
相変わらず話を聞きやしねェ。
さっさと通話を終了させられて仕方なく携帯をポケットに仕舞い込む。
確かに女を家に連れ込んだこともないし、おれは女のことをべらべらと喋るタイプでもない。
名前の存在も、その前に居た女の存在も特には言ってはなかったため、両親からしたら驚くことだろう。
まァ、この先も名前以外は紹介することもないだろうからこれが最初で最後だ。
服屋から出てきた名前は化粧も直したらしく相変わらず人の目を惹くような美人。
その証拠に何人かの男が目を奪われて近寄ろうとしているのも見える。
そんな着飾らなくともいいのに、滅多に着ることはないスカート姿におれだってくらっとするぐらいだ。
おれはすぐに名前の元へ近寄り、コイツは自分のものだと周りに威嚇するように名前の腰を引き寄せる。
「そんな気合いいれる必要ねェんだが」
「第一印象が大切よ。人は見た目から入るものなの」
「お前は着飾らなくとも人の目を惹いてるぞ」
「ローの目は贔屓目だから」
自分の容姿をよく分かっちゃいねェ。
先程までお団子で纏められていた髪の毛も下ろされて、艶やかに笑う名前に、恋人でなくてもおれは目を惹かれてただろうと思う。
車に乗り込み、かなり久しぶりに向かう実家におれも少し緊張する。
隣で名前も緊張しているようで何度も髪を直したり、リップを塗り直したりとソワソワしている様子だ。
やっと落ち着いてきたかと思えばポツリと不安げに呟く。
「あんな偉そうなこと言ったけど、私がローのご両親に気に入られなかったら…」
「それは絶対にない」
「絶対?」
「絶対」
自信満々に頷きながらそう答えるが、やはり名前は不安げな顔してため息をついた。
「ご両親はドクターよね?」
「ああ、開業医。父さんは外科で母さんは内科が専門、妹のラミは総合病院で小児科医をやってる」
「医者ばかり…私、医者じゃないのにいいのかな」
「関係ねェよ。着いたぞ」
久しぶりの実家の駐車場へ車を停めると、名前は口を開けたまま立ち止まった。
「想像はしてたけど…大豪邸ね…」
「隣の診療所でやってる」
名前の横顔に引き寄せられるように唇を寄せようとしたら、口に手が当てられて阻止された。
「ロー、勘弁して。ご両親の前でもいつもみたいにくっつかないで」
「断る」
「断られても困るんだけど。学生じゃないんだから」
口に当てられている手を取り除いて頬ではなく唇を奪うと、怒る名前が可愛くて、そのまま腰を引き寄せて歩き出した。
「ちょっと、離れて」
「今夜、ベッドの上でおれの好きにさせてくれるんだったら考える」
「…明日も仕事なんだけど」
「奇遇だな、おれもだ」
呆れたようにため息をつく名前を気にせず引き寄せたまますぐに玄関へ辿り着くと、名前は深呼吸した後に呼び鈴を鳴らす。
数秒もしないうちにドアが勢いよく開けられて、満面の笑みで迎えた久しぶりにみる母親は真っ先に名前の手を取った。
「なんって美人!女優さん?とにかく入って入って!」
手を掴まれて強引に引き寄せられる名前の体は、必然的におれから離れていく。
手を引かれてリビングまで強引に連れて行かれ、おれは後を追いながらリビングへ向かう。
つか、久しぶりに会った息子には見向きもしねェ。
さすがの名前も先程から目をパチクリさせて…そんな新しい表情に笑みが溢れる。
「母さん、美人だけど女優じゃねェから」
「そうなの?初めまして、ローの母です」
「初めまして。私はローさんとお付き合いさせて頂いてます、苗字名前といいます。一応、同じ病棟で働く看護師をしてます」
「看護師さんだったのね!ローが女の子連れてくるのなんて初めてだから父さんもラミも急いで帰ってくるって!」
「仕事しろよ」
苦笑して返せば母さんはニヤニヤしながら準備していた紅茶を名前の目の前に出した。
「ローは優しいしてくれる?冷たくされない?」
「はい。いつも優しくて、私に対して冷たいとは思ったこともないです」
冷たくされることはあってもすることはなかった。
これでも他人には冷たい男と言われることが多く、だからこそ母親は名前に聞いたのだろう。
「一緒に暮らしてるんだったわね?」
「はい。ご報告が遅れてしまい本当に申し訳ありませんが…」
「いや、30の男が同棲すんのにいちいち両親に挨拶なんざしねェだろ」
「そうよ、名前ちゃん。気にしないで。むしろ、そこまで進んでいるなんて安心しかないの。この子はもう結婚しないんじゃないかって不安に思っていたから」
結婚。予想はしていたがその単語が出てきて緩みそうになる口元を手で覆う。
おれと別れないためにここへ来てくれた名前は結婚を意識してくれていると思っている。
「もちろん、結婚を見据えて同棲させて頂いております」
笑顔で答える名前に母は満足そうに頷き、その後もまるで面接かって言うほど質問攻めで、名前は嫌な顔せずに全てを答えた。
「あら、もうこんな時間」
「よく言うよ。こんだけ根掘り葉掘り聞いといて。お前もバカ真面目に全部答えなくていいのに」
「バカ真面目ですから」
「夕食の準備しておくから2人ともローのお部屋で待ってて」
おれは高校卒業後に家を出て行き、大学の近くのアパートで独り暮らしをしていた。
自分の部屋が残っていたことにも驚いたが、部屋は掃除だけしてあったらしく埃っぽくなく、高校の時に出て行ったままの状態。
部屋に名前を入れると、部屋を見渡して本棚で目線が止まる。
その目線を追っていけば見ているのは卒業アルバムらしい。
「……見てェのか」
「もちろん」
「見ても何も面白くねェぞ」
「でも、ローは私の見たから」
まあ、隠すようなもんでもないし素直に本棚から取り出すと口角を上げた。
「見るんなら…ここで見ろ」
「……分かりました」
ベッドに腰掛けたおれの膝を叩けば、名前は素直におれの足の間に腰掛け、卒業アルバムを開く。
おれは後ろから名前の腹部に両腕を回して、肩に顎を乗せて覗き込んだ。
「あっ、見つけた」
「変わらねェだろ」
「ふふふ。今より可愛い顔してる」
後ろに振り返り、おれの頬にキスをすると再びアルバムへ目をやる。
おれも名前の頬にキスをして、腹部に回していた手をさりげなく膝に置くとその手を叩かれた。
大人しく腹部に手を戻して、捲られていくアルバムを眺めているとぽつりと小さな声で名前が呟く。
「この中に元カノは何人いるの」
拗ねたような声色に胸をギュッと掴まれたように感じる。
嫉妬しているのかと嬉しくなってしまう。
何しろおれが嫉妬することは多々あるものの、名前が嫉妬することをあまり見たことはない。
あったとしてもこんな拗ねたように言うのは見たことがないし、しかも高校生の時の話しだ。
可愛すぎる恋人の姿に顔が見たくなって、アルバムを取り上げると体を引っ張ってベッドへ押し倒す。
両手で顔を隠してそっぽ向く姿が可愛すぎて、頬が緩みっぱなしだ。
「なァ、顔見せろよ」
「嫌。聞かなかったことにして」
「くくく、高校生の時の彼女に嫉妬したのか?」
「……あー…もう。どんどんローを好きになっていくせいで自分が心の狭い女になっていくみたい」
何だよそれ、可愛いな。
やべェ、めちゃくちゃ可愛い。
胸が締め付けられるぐらいおれの心をかき乱し、堪らず両手を掴んでベッドに押し付けると顔を覗きこむ。
真っ赤にしながら顔を背け、その仕草にも胸を高鳴らせた。
「お前からの嫉妬、堪らねェな」
「嫉妬じゃない」
「くくく。じゃあ、何だよ」
「………好奇心」
思わず噴出した。
何だよ好奇心って。もっと他に言い訳あるだろ。
おれが笑っていると名前は睨むように見てきて、すぐに唇を奪う。
舌を入れて上顎を撫で、びくっと体を震わせた名前が舌でおれの舌を追い出そうと押し付けてきた。
その舌に自分のそれを絡めて、掴んでいた手に自分の指を絡めるようにして握ると、諦めたのか名前も自分から手を握り返してくる。
混ざり合った唾液を飲み込みながら、胸を揉もうと握られた手を解こうとしたら強く握られて離すことが出来なかった。
「はっ…はぁ…」
「…手、離して欲しいんだが」
「どこ触ろうとしてんのよ」
「…意図的に離さなかったのかよ…」
「もちろん。すぐ胸揉もうとするんだから。ここどこだと思ってるの」
「おれの部屋」
睨みつける名前の口角から流れている唾液を舐めとりながら答えると、唇を甘噛みされた。
「ダメ。お母様がいらっしゃるんだから、キスだけ」
「聞こえねェよ」
「ロー、本当にダメ」
鼻をすりすりと擦り付けながらおれに諭すように言ってくる仕草に再び腰が疼いたが、これ以上進めれば確かに中途半端になっても困る。
諦めて手を握り返すと、再び唇を塞いだ。
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