やっと手に入れたおまえのこころ
おれは耳を疑った。
久しぶりのせっかくの抱擁を自分から体を引き剥がし、顔を覗き込む。
「…今、なんつった」
「………」
口を閉じながら、おれの目を見てくる彼女の顔は今までに見たことがないほど赤く、いつも見ている無表情ではない。
聞き間違いじゃ…ない?
「名前、おれはお前が好きだ。お前は?」
「…好き、です。わわっ」
軽い彼女の体を少し屈んでから持ち上げると、彼女がおれの首の後ろに両腕を回した。
「もう一回」
「私は、ローが好きです」
「っ!!もう一回!」
「もう言いません!」
代わりにおれの唇にそっと唇を当てて、ふふっと小さく笑って。
やっと手に入れた。手放すものか。もう、正式におれのものになったんだ。
「もしかして話しって…」
「私の気持ちの話です」
「何でおれにとって悪い話になんだよ」
「私はずっと仕事でローさんを放っておきましたし、その間にローさんは心が離れてしまっていたかもと…」
「んなわけねェだろ…おれはてっきり…期間前だが終わりにしてくれって言われんのかと」
おれがそう言うと名前が笑い出した。
「ははは。本当に…すれ違っていたんですね」
「…今後は何でもお前に言うことにするから、お前も遠慮なくおれに言え」
「そうすることにします」
ゆっくりと地面に降ろすと、手を握って車の方に歩き出した。車に乗り込むと、そろそろ昼飯時だ。
「昼は何食いたい?」
「海来たら海鮮ですね。あ、私いい店知ってますよ?」
「ならお前が運転するか?」
「こんな高級車運転したくありませんよ!ご案内させていただきます」
名前の案内通りに車を進め、土曜日で少し混み合っていたが、並びながら話しているうちにあっという間に順番がきた。
整形外科での仕事もだいぶ慣れてきたようで、おれの心境は複雑だ。
出張の時にターナーの奴が整形の師長がコイツの引き抜きを考えていると言っていた。看護部の人事までは詳しく知らないが、引き抜かれればこっちの病棟も痛手になる。今でさえ、何度もミスがあったりして、そのたびに何故かと話し合っているが、今までは苗字さんがチェックしていたので…という声が聞こえた。新人に関してはおれにまで「早く先輩取り返してくださいよぉ」とか言ってきたぐらいだ。
「そういや、最近ターナーはどうだ」
「ターナー先生ですか?連絡先を教えてと何度も言われてますが仕事中ですと言い続けてます。腹立つのが、指示をもらうたびにデート一回と言われることですね。何様ですかって思いますよ」
猛攻撃だな。諦めの悪ィ男だ…まあ、おれもそうだったが。
「…一応、確認しとくが…ターナーのことは」
「無関心です」
「嫌い以上かよ」
「でも、少しだけ最初の頃のトラファルガー先生を思い出しました。最初は先生に対しても無関心でしたから」
「…」
コイツ、おれの心を天国から地獄に落とす天才だ。
付き合った今でもこの毒舌は健在かよ。
おれが無表情になっているのに気がついた名前が慌てて首を振った。
「あ!すいません!もちろん今は大好きですよ!」
「…まあ、今はその言葉で許してやるよ」
「ふふ、ローさんって意外と単純ですね」
手のひらで踊らされている感覚がするのは気のせいか。
文句を言おうとしても、楽しそうに笑う名前の笑顔を見たら言葉は消え去った。
名前のオススメの海鮮丼は美味く、ボリュームもあって満足できるものだった。
また財布を出そうとした名前を止めて、さっさと支払いを済ませると車に乗ってからも名前は財布を仕舞うことなく払おうとしていた。
「だからおれとのデート中に金は持ってくるなよ」
「でも、ガソリン代も高速代もパーキング代ももらってくれず、ご飯代もなんてさすがに悪すぎますって」
「…なら、代わりにお前の時間をくれねェか」
「時間ですか?」
「今晩、家に帰したくねェ」
おれが言うと、頬を赤く染めた名前がおれから目を反らせて小さく頷いた。
その仕草が可愛すぎて、思わず後頭部を掴んで喰いつくように唇を塞いだ。
すぐに離して今度は力強く抱きしめた。
「幸せ過ぎて死にそうです…」
「んな可愛いこと言うなよ…」
耳元で囁くように言うとビクッと体を震わせた。
マジで煽られすぎて今すぐにでも押し倒したくなる。
「…じゃあ、夜まではドライブ続けるか」
「あの、と、泊まりってことですよね?」
「そのつもりだが」
「宿って取れるんですか?」
「…」
普通のホテルや旅館なら土曜日の夕方から取れる宿なんてほとんどないだろう。だが、おれの考えていた宿はそういうことをするホテルだったのだが…
どうやらコイツの考えていた宿は違ったらしい。
「もしかして、ラブホテル…」
「…ちげェよ」
「そうですか!そうですよねー!」
手を叩いて嬉しそうにする名前に今更訂正はできない。
今から死ぬ気で旅館を探すしかねェ。
道の駅に立ち寄り、トイレに行った名前を確認してすぐに携帯を取り出した。
どうせなら温泉に行きたがってたし、温泉のある所の方がいい。…出来れば部屋同士が離れているようなコテージのがいい。
もしも、そういう事になったら彼女の声を聞きたいし、誰にも聞かれたくはない。
金額を気にしなければすぐに見つかった。
本館の離れで隠れ家的な旅館。スイートルーム。ここだな。
料金は高いが、自分は別に金には困ってないし彼女に払わせるつもりもない。だが、先程の様子から気にしそうではあるから料金に関しては黙っておこう。
すぐに電話をかけ、予約をすませるとタイミングよく名前が戻ってきた。
「泊まるとこが決まった」
「さすが先生、仕事早いですね。どこです?」
「秘密」
「むむ、またですか。では、楽しみにしながら大人しく乗ってます」
車を走らせると電話が鳴り響き、名前が慌てて携帯を取り出した。
「すいません、マナーモードにしてませんでしたね」
「いや。気にせず出ろよ」
「はい…登録してない番号?もしもし」
『あ、名前ちゃん?』
静かな車内だったため、電話越しに相手の声が聞こえてきた。その声の主がすぐ分かり、思わず顔を顰めた。
「…まさかターナー先生?」
『当たりー!名前ちゃんの記録の事で聞きたいことがあるって言ったら師長が教えてくれてね』
「私の記録に何か不備がありました?」
『ないに決まってるじゃん!いっつも完璧で粗探ししても出てこないんだもん』
「…では、失礼します」
『あー!待って待って!一個あった!!』
おれは車を止めて、名前の手から携帯を奪い取った。
『あのさ、おれとデートして欲しいんだ』
「てめェとデートする時間はねェよ」
『トラファルガー先生?!は?!こんな時間に?!』
「私用で個人の番号を入手したことは黙っといてやるから、二度とかけてくるな」
電話を切って、そのまま迷惑電話に登録しておく。
「着信拒否にしといた」
「ありがとうございます」
「お前非通知設定拒否にしてるか?」
「もちろんです」
これで邪魔者はいなくなった。
どうやら名前自身も本当に迷惑だったらしい。
来週のリリーフもなくなればいいのに。そうは思っても仕事だし仕方がない。
おれは溜息をついて車を発進させた。
「こ、これは…」
旅館に到着すると名前は呆然と眺めたあとにおれの方を勢いよく見てきた。
「いくらですか」
「…ほら、入るぞ」
「今度こそは払わせて下さいね!少しでもいいから!」
予想通り喚いてきた名前の肩を抱いて中へ入ると、廊下を進んで部屋に案内される。
確かに離れだし、海を一望出来て部屋には露天風呂まで付いていた。
夕食は部屋に持ってくるらしく、おれは部屋を興奮しながら見て回る名前に声をかけた。
「先に風呂入るか?」
「いいですか?私温泉入りたかったんです」
「なら入って…いや、ちょっとこっち来い」
やっと二人きりになれたのだ。何よりも先に彼女を堪能しておきたい。
近寄ってきた名前の腰を引き寄せて抱きしめると、後頭部を掴んで固定する。
そのまま噛み付くように唇を塞ぐとすぐに舌を侵入させた。おれの舌に絡みつくように差し出されて気分が良くなる。
角度を変えながら夢中で口内を撫でるように、舐め尽くす。
「はぁ…はぁ…んんっ」
一度離してもすぐに塞いで、名前の両手がおれの背中に回されるとまるで縋り付くように服が握り締められたのを感じる。
「っ…はっ、はぁ、ろぉ…」
「はっ…まだだ」
「んっ」
混ざり合った唾液を飲み込みながら、キスの合間に漏れる吐息と、声に、堪らなくなる。
いつも翻弄されてばかりだったが、こういう時は男として翻弄させることが出来るのを嬉しく思う。
ガクッと倒れそうになるのを支えると、息を切らせた名前を鼻で笑った。
「くく。腰が砕けるほど良かったか?」
「っ!ローさん、キス上手すぎですっ」
「そりゃどーも」
「もうっ!お風呂入ってきます!」
顔を真っ赤にして息を切らせている名前を見たら、理性は吹っ飛びそうになる。
湯上りの名前を見てまたキスをして、おれが風呂に入っている間に料理が準備されていた。
目の前に置かれたコース料理に名前は携帯で写真を撮る。
夕飯も食べて、歯を磨けばもう寝る準備は万端だ。
布団もくっついて敷かれていて、名前がそれを見て再び顔を赤くしていた。
2人で布団に入れば、名前はおれの方に背中を向けおやすみなさいと挨拶をしてくる。
せっかく思いが通じ合った夜に、このままおやすみはねェだろ。
「…名前、キスしてェんだが」
「…ならそっちの布団入っていいですか」
「ほら、こいよ」
体を硬くしておれの腕の中に収まった名前の顎を掴むと顔を上げさせた。
「好きだ」
「私も好きです…ローさん…」
腕の中に閉じ込めながら、その柔らかい唇を堪能した。
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