05

 黒い犬は首をこちらに向けて友好を示すようにフンフン鼻を鳴らす。いや、友好であると思ったのは私の都合のいい解釈であり、もしかしたら威嚇するために鼻を鳴らしているのかもしれない。近付くべきか逃げるべきか迷うが、折角ここまで来たのだからと犬に近寄る。とは言っても、この体格のいい犬に襲われたらシャレにならないので一歩ずつ慎重に近付いた。
 犬の目にはめられている丸い大きな瞳はくすんだ色をしており、太陽の光が当たると透き通るような灰色をしていることがわかる。まるでビー玉のようなそれは右を見たり左を見たり忙しい。相変わらずフンフン鼻を鳴らす犬まであと一メートルもない距離までたどり着き、右足を地面に下ろしてそのまま足を止める。
 周囲は動物園らしく人工的に木がいくつも立っており、木の下には休憩用のベンチが設置されていた。動物園は賑わっているので足を休めることができるこの辺りにも人がいてもおかしくない。しかし、見渡せる範囲に人の気配はない。おまけに先程まで煩いくらい聞こえていた動物の鳴き声も聞こえず、不気味だ。……ホラー展開は苦手なので遠慮したい。

「おいで」

 膝を折って目線を犬に合わせるとあちこち探るように動いていた灰色の目が私を一直線に見据え、三角形の尖った黒い耳が不信感を表すようにピクリと動く。そっぽを向いたら諦めよう、これ以上ホラー展開はごめんだ。そう心の中で決めて片手を伸ばすと、有り得ないことが起きた。数秒前まで確かにそこにいた黒い大型犬の姿が、一瞬にして消えたのだ。人間の子供より大きな犬が、空気の中に溶けていっただなんて誰が信じるだろうか。私ですら、信じない。黒い犬が隠れていないか目だけで辺りを探ってから急いでその場を後にする。今あった出来事を思い返すと嫌な汗が滲んできて背中をたらりと伝う。無意識に、ぶるりと身震いした。

「ハリー、どこ行ってたんだよ!」

 私の周りにある静寂を打ち破る声に足が止まる。声の主であるダドリーは、ご立腹のようで眉間に縦の皺が寄っていた。しかし、様子の変な私を見て心配そうな顔を作る。ダドリーが私を心配するなんて珍しいこともあるものだ。私を困らせることを生きがいにしてるのかと疑いたくなるほど、隙あれば悪戯をしかけてくるのが私の知っているダドリー・ダーズリーだ。やはり今日はおかしい。なにかがおかしい。もしかしたらダドリーが心配してしまうほど変な顔をしているのだろうかと自分の顔を触ってみるも、どんな顔をしているかなんてわからなかった。

150707

次のページを開く→

目次/しおりを挟む
[top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -