07

 卒業してから初めての冬。冬休みに入ったというジェームズが一人暮らしを始めた私のもとにやってきたのは卒業前から約束していたことで、家に帰らなくてもいいのかという問いは愚問だった。まだ家具の揃っていない我が家に唯一置いてあるベッドに腰を下ろしているジェームズのために簡単な食事を作る。
 たいした料理を作ったわけではないというのに大喜びするジェームズは付き合ったころと変わらずに私を愛してくれて――否、付き合った頃以上に私を愛してくれていた。それはとても幸せなことなのだろう。だが、同時にそれはとても恐ろしいことでもあった。

「ヘンリー、どうしたんだい?」
「…………」
「ヘンリー?」
「……え? ごめんなさい、聞いていなかったわ。どうかしたの?」

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、ジェームズは片眉を動かす。その表情を見て、しまった、と思った。
 ジェームズは私の全てを独占しないと気がすまないようで、私が他の人と仲良くしているのはもちろん他のことを考えているのすら面白くないようだ。

「…………」
「そんなにむっつりしないで。ジェームズのことを考えていたのよ」
「……僕の?」
「そう。とても幸せだなあって」

 笑みを浮かべて言うとジェームズは少し考えるような表情をしてから再び料理を口に運び出した。皿を綺麗にしたジェームズは席を立ち上がり、ベッドに腰を下ろしたかと思うと私を呼び寄せる。食事途中の皿を残してジェームズに近寄ると、彼は私の腕を掴み隣に座らせた。
 おとなしく腰を下ろすとジェームズの手が伸びてきて、くすぐるように頬を撫でる。思わず身をすくませると、彼の腕が首に回り強く抱き締められた。

「さっき、不安そうな顔をしていたね。どうかした?」
「…………うーん、」
「ん?」
「……幸せがなくなってしまうのが、怖くなったの」

 聞き取れるか怪しい声量だったにも関わらず一字一句聞き逃すことのなかったジェームズは抱き締める腕を強めた。不安を消し去るように私を優しく撫でるジェームズの背中に腕を回し耳に唇を寄せる。

「私に婚約者がいることは言っていたわよね?」
「ああ、付き合うときに聞いた。でも……」
「ええ、ジェームズ次第では婚約解消も考えているわ。でも、その可能性は殆どないと言ったのも覚えている?」
「わかってる。婚約を解消するということは、家を捨てるのと同じ意味を持っているからね」

 体を離してジェームズの顔を覗き込もうとすると唇を塞がれ、反射的に目を閉じるとそのまま抱き込まれてジェームズの胸板に顔が埋まる。

「……ジェームズ?」
「今の僕、情けない顔をしてるから見ないで」

「……んん、ねえ、ジェームズ、」
「…………」
「ジェームズ」
「……なんだい?」

 緩められた腕の中から顔を出してジェームズをうかがうと、彼は予想よりも変な顔をしていた。人差し指で頬をつつくと眉間に皺が寄り、眉間に唇を寄せるとジェームズは困ったように笑う。

「ジェームズが卒業するまでは結婚しないで待っているわ」
「?」
「もし卒業しても気持ちが変わらなかったら……」
「変わるわけないだろ!」

 ようやく私の言わんとしていることを理解したのかジェームズは笑みを浮かべて私の手を握り締める。卒業したら迎えに行くと、確かにジェームズはそう言った。

150609
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