触れるのは、君だから

 居候をしている山本家の玄関をくぐり、先に帰宅している山本くんに会釈をしてから、奥の部屋に入る。空き部屋だったこの部屋を借りて暫くが経ち、部屋の中にはちらほら私物が増えた。この世界で、一番心が落ち着く場所だ。スーツの上着を脱いで部屋着に着替えようか悩んでいると、部屋の扉が開く。顔を覗かせたのは山本くんで、ただいまの返事もせずに部屋に入り込んだ私を心配してくれたらしい。スーツの上着をハンガーにかけてから山本くんに向き直り、誠意を込めてお礼を言う。お礼の言葉に首を振った山本くんはいつものように笑い、私の頭をくしゃりと撫でた。

「……私の方が年上なのに、いつも撫でられてます」
「ん? ああ、悪い。無意識に撫でちまうんだよな」
「女の子は、そういうのに弱いので、あんまり撫でると、勘違いさせてしまいますよ」
「? ヘンリー以外は、撫でないぜ」

 さらりと口説き文句に近い言葉を吐き出した山本くんに肩をすくめてみせると、彼は、二、三度私の頭を叩いてから、おもむろに立ち上がり、部屋を出ていく。――あまりにいつもと変わりない態度だったので、山本くんの耳が赤く染まっていることに気づくことはなかった。

121220
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