雲雀視点

 振り払われた手に視線を落とすと、視界の端で物影が動いた。赤ん坊の姿には似合わないスーツを着ている彼には見覚えがあり、けれど、今は彼に構う気分にはなれない。いつもなら湧き上がる戦闘欲はどこかに出かけているらしく、手持ち無沙汰になった手をポケットに突っ込むと、もったいぶるような口調で、赤ん坊が喋りだした。

「ヘンリーが異世界人だっていうのは、話したよな。ヘンリーはな、前世の記憶もあるんだ。――自分が死んだときの記憶も、もちろんな。ヘンリーは、無差別殺人犯に殺されたらしい。雲雀を見て、殺されたときの記憶が蘇ったのかもな」

 聞いてもいないことを話したいだけ話した赤ん坊は、音もなく姿を消す。誰が死のうと、殺されようと、興味はなく、赤ん坊の言葉の半分も理解してなどいないが、なんとなく、彼女を掴んでいた手を見る。もう温もりなど残っていないはずの手のひらは妙に熱く、鼓動が強く脈打つ。
 ヘンリーという名前を持つ彼女は、書類整理が得意で、僕にとって有益な存在だ。まともに顔を合わせたのは初対面のときを抜かし今日が初めてで、彼女をもっと有効活用しようと連れてきたはいいが、肝心の彼女は走り去ってしまった。そう、これ以上ここにいても仕方がないはずなのに、足はなかなか動こうとしない。

121219
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