04 私の腕を掴んでいるのは確かに土方さんで、どうするべきかと視線を彷徨わせると彼はさらに強く腕を握り締めた。痛みを感じ顔を歪めるとすぐに力を緩めてくれたが、離す気はないらしい。片眉を動かして土方さんを見ると、彼は困惑したように瞳を揺らした。 「なにか、ご用ですか?」 「……いや」 「なら、離してください」 「…………」 街の真ん中で不自然に歩みを止めた私たちを不審がる視線が集まり始め、小さく溜息を吐くとピクリと土方さんが反応する。 「私を待っていたのですか?」 ここは私の家からそう遠くない場所で、偶然会ったにしてはできすぎている。総悟を迎えに来たのかとも思ったが、総悟は朝早くに道場に行ったのでそれも違うだろう。腕を掴む土方さんの手に自分のものを重ね、ゆっくり口を開く。 「家に上がりますか? ちょうど昼時ですし、簡単なものでいいなら作りますよ」 そう問うと、驚いたような表情をした土方さんはたっぷり時間をかけて悩んでから、頷いた。 家まで荷物を持ってくれた土方さんにお礼を言い家に招き入れると、すでに総悟が帰ってきているのか部屋の中から物音がする。扉の鍵は閉まっていたはずなのに、と首を傾げつつ居間の扉を開くとそこには総悟はおらず、代わりに一人の男性が部屋を物色していた。見覚えのある顔に、青ざめていく。 そんな私を心配するかのように声をかけてきたのは以前私を襲おうとした男で――私の中のなにかが決壊していく音がした。 「ヘンリーちゃん、コイツは誰だ? まったく、俺に許可なく男を連れ込むなんて」 チラリと土方さんを見た男がさらに言葉を続けようとしたとき、男が宙に舞い上がる。次いでゴキ、バキ、と不穏な音が響いたかと思うと、右腕をあり得ない方向に曲げた男が床に這いつくばり「助けてくれ」と蚊の鳴くような声で懇願するのを無視して足を振り上げ――そこで、止めが入った。 「よせ。それ以上は死ぬ」 鞘で私の足を受け止めた土方さんは、私が落ち着いたのを確認してから体をかがめて男の容態を確かめる。泡を吹いて倒れている男の命は無事だと言う土方さんの言葉に耳を貸さず荒らされた部屋を片づけていく。それからも何回か話しかけてきた土方さんを無視していると、肩に手を置かれ無理矢理体を反転させられた。 「……お前……」 「離してください」 「……なんで泣いてるんだ」 目から落ちていく雫に気づかないふりをして片づけを再開しようとすると土方さんに阻まれる。土方さんに力で勝てないことがなぜだか無性に悔しくてボロボロ涙を零すとぎょっとした顔をした土方さんの着物の袖で乱暴に顔を拭かれた。 大丈夫か、と顔を覗いてくる土方さんはとても心配そうな顔をしていて、思わず土方さんに縋ってしまいそうになったとき、玄関口から扉を開く音がした。 「姉上ー、帰りやした。今日の昼飯は……――なんでアンタがここに」 土方さんを視界に入れた総悟の目つきが鋭くなり、次いで床に転がっている男を見た総悟は顔を青くして私に駆け寄る。小さい腕を伸ばして私を抱き締めてくれる総悟の背中に腕を回し、柔らかい髪に頬を寄せると気持ちが落ち着く。 総悟をひとしきり抱き締めてから顔を上げるとそこにはもう土方さんはおらず、男の姿も消えていた。 121117 次のページ# 目次/しおりを挟む [top] |