01

 幼い頃に両親を亡くした私は、唯一の家族である弟までもなくしてしまわないように必死だったのかもしれない。愛情が空回りした結果、総悟は私と目も合わせてくれなくなってしまった。こんなはずじゃなかったのにと悔いてもどうすることもできず、今度は間違いをおかさないようにと彼を影から見守る。
 総悟は同じ年齢の子とは比べものにならないほどよくできた“子ども”で、背伸びして大人になろうとしている総悟を見ると涙が出た。私がしっかりしていれば、総悟はもっと自由に生きることができたのに。

「ヘンリーちゃん、今日も可愛いね」
「ありがとうございます」

 バイトをしている茶屋の常連さんに笑顔で応対しているとカランカランと客を知らせる合図が鳴り、すぐに笑顔を作り直して「いらっしゃいませ」と入口に顔を向けると笑顔で手を振る近藤さんが立っていた。
 頭を下げようとして、近藤さんの腰に総悟がくっついていることに気づく。私を視界に入れるのも嫌だというように顔を背けている総悟を見たら、少しだけ悲しくなった。

「ヘンリーさん、麦茶とオレンジジュースをお願いします」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」

 ポケットに入っているメモに走り書きをしてからマスターに注文を伝えるとすぐに用意をしてくれた。盆に乗せたグラスを二つとお団子の二本乗った皿を総悟たちのテーブルに乗せると、不思議そうな顔をされる。

「マスターが、サービスだそうです」
「そりゃありがたい。ご馳走様って伝えてくれ」
「はい。……あの、今日はお茶しに来ただけなんですか? もしかして総悟がなにか……」
「いや、総悟と息抜きに来ただけだ。ついでにヘンリーさんの顔も見れればとな。な、総悟」
「……」

 窓の外に顔を向けている総悟は私たちの話が聞こえていないかのように無反応だ。ストローの先を潰して音を立てながらジュースを飲む総悟を注意するも効果はない。
 どうしていいかわからなくなって眉を下げると近藤さんが総悟を注意し、ようやくストローから口を話した総悟はゆっくりと顔を私に向け視線を合わせる。たった二人きりの姉弟だというのに目を合わせることすら久しぶりだった。

「後ろ、呼んでますぜィ」
「え……あ、やだ、本当。ごめんなさい、今行きます」

 総悟にお礼を言い、近藤さんに頭を下げてから私は小走りで仕事に戻った。私の後ろ姿を総悟が見ているなんて知らずに。



 バイト終わりに外をうろついていると、バイト先の常連客の一人である男性に声をかけられた。年齢の近い彼とは話が合い仲が良く、一番の友人だと思っている。だから、せっかくだから少し一緒に歩かないかと誘われた時、なにも考えずに頷いた。
 歩いているうちに右手を握ってきた彼に驚くも無理に振り払うこともできずどうすれば自然に離すことができるかと頭を悩ませていると、突然抱き締められた。思わず「キャッ」と声を出した私に構わず腰の辺りをまさぐる男に嫌な予感がしてきて、逃げようと体を捻るとさらに強い力で抱き締められる。どうしていいかわからず目尻に涙を溜め、精一杯腕を突っぱねた。

「止めてっ」
「ヘンリー、好きだ。君だってそうだろう?」

 違う、と言ったにも関わらず彼は聞く耳を持たない。男の手が帯を緩め始め本格的に恐怖を感じ体が震えだす。

「た、助けて……」

 歯の根が噛み合わずガチガチと音をたてる。しゅる、と帯が外れる音がした。――バコッ!
 急に体から重みが消えたかと思うと、木刀を振り下ろした総悟が冷たい眼差しで地面に転がる男を睨んでいる。
 足を半歩引いた総悟は、木刀を空に掲げるように振り上げ、なんの戸惑いもなく男の頭目掛けて殴りかかった。

 見る影もなくボコボコにされた男に同情する気持ちより総悟がここにいることへの驚きが勝る。一歩私に歩み寄った総悟は、縋るように私を抱き締めた。

「姉上は、馬鹿です。いっつも自分一人でなんとかしようとして……なんで俺を頼らないんスか」
「そう、ご」
「守られるなんてごめんです。俺はこんなに強くなりやした。……だから、俺に姉上を守らせてください」

 子どもだと思っていた総悟はいつの間にか立派に成長していたようだ。顔の輪郭をなぞるように私を撫でた総悟の瞳はとても優しい。

「う……」
「?」
「うわあぁあん! こ、怖かったっ。怖かったよ総悟!」

 今まで我慢していたものが一気に溢れ出していく気がした。子どものように泣きじゃくり、総悟の胸に縋る。総悟は涙で着物が汚れても気にせずに私を抱き締め泣き止むまで付き合ってくれ、瞼が真っ赤になるまで思う存分泣き明かした私はスッキリした表情で総悟と手を繋ぎ二つの影を並べて帰路についた。

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