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 仕事を終えて家に帰ろうとすると、店の出入り口に土方さんが立っていた。近寄ってくる土方さんから逃げる理由はなく、何か用かと問うと彼が話をしたいと言う。少し悩み、店から一番近くにある公園に入り、ペンキのはがれかかったベンチに腰を下ろす。少し距離を置いて腰を下ろした土方さんをうかがうと、彼は懐から出した煙草を吸い始めた。

「人と喋る時に一服するのは失礼ですよ」
「あ? ……ああ、悪い」

 携帯灰皿に煙草の先端を押し付けて処理をした土方さんが改めて私に向き直り、彼は珍しく緊張した面持ちで私を見た。

「あー……」
「?」
「総太、アイツ、元気にしてるぜ」
「そうですか。……それを伝えるためにわざわざ待っていてくださったんですか? ありがとうございます」

 安心したような落胆したような気持ちで頭を下げ、ベンチを立とうとすると腕を掴まれる。

「まだなにか?」
「総太は…………俺の子か?」

 土方さんの言葉に大きく心臓が跳ね上がり、そして、ひどく絶望した。土方さんは総太が自分の息子か知りたいからここに来たのであって、私のことなど、本当にどうでもいいのだろう。どこかで私を連れ戻しに来てくれたのではないかと、期待していたのかもしれない。胸が鈍い音を立てて痛む。――彼は、江戸に行くことが決まった時もそうだった。私に一言の相談もしてくれず、最後まで一緒に行こうとは言ってくれず……もし土方さんが手をさしのべてくれたら、迷わずその手を取ったというのに。

「総太の父親は、亡くなりました」
「……」
「離してください、」

 手を振り払い今度こそ帰ろうとしたのだが予想以上に強く掴まれている腕は振り払うことができない。怪訝な表情で土方さんを見ると彼はひどく狼狽した様子で、私を掴んでいない方の手を伸ばしてくる。土方さんの手が頬に触れようとしたとき、上空からもの凄い勢いでなにかが落ちてきた。
 思わず瞬きをするとそこには総太が立っていて、記憶よりも随分と成長した息子は木刀を土方さんの腕にめり込ませている。

「母上に気安く触るな」

 栗色の髪を靡かせる総太に視線を奪われていると、今度は爆発音が響く。茂みから現れた総悟の肩には、先端から煙を吐き出すバズーカが乗せられており、呆気にとられていると総悟に抱き締められた。

「姉上、大丈夫ですかィ。……まったく、どうしても姉上に会いたいって言うから譲ってやったのに、なにやってんだか」

 赤くなっている腕を優しく撫でてくれる総悟にお礼を言うと彼はニッと笑う。それに笑い返そうとした時、急に左の頬が熱くなり――総悟にはたかれたのだ、と認識するまで時間がかかった。総悟に暴力をふるわれるなんて初めてで、痛みより驚きが勝る。声を出すことはおろか瞬きすらできずに総悟を見つめていると彼はくしゃりと顔を歪めた。

「また、俺を頼らないんスね」

 悔しそうに呟く総悟を見て、数年前の出来事を思い出す。自分一人で全てを背負い、総悟に怒られた時のことを。
 私はまたあの時と同じことを繰り返したのだと気づき、今更ながら自分の行動を悔いた。残される者がどんなに虚しい気持ちになるかを知っているから、なおのこと申し訳ない気持ちになる。

「総悟、」
「てめえ! なにしてやがる!」

 見事な跳躍で、文字通り、総太が飛んできた。彼が勢いをつけて振り下ろした木刀は総悟のバズーカで防がれ、二人は暫く交戦し、最後まで立ち上がっていたのは総悟だ。地面に伏している総太に近づくと彼は素早く顔を逸らし、その仕草が小さい頃私を避けていた総悟と被る。なんだか嫌な予感がした時、総悟が近づいてきた。

「おい、チビ。言いたいことがあんなら言っておけ。言わない方が姉上を傷つける結果になるぜィ」

 総悟の言葉に弾かれるように顔を上げた総太は迷うように瞳を揺らし、泣きそうな顔で私を見上げる。

「母上……僕は……母上と、一緒にいたいです。頑張って働くし、我が儘も言わないし、なんでもするから、」
「総太……」
「……傍に、いさせてください」

 私の病気を話したときこそ動揺はしたものの、もう二度と会えないかもしれないと言った時総太は素直に受け入れた。――いや、受け入れたと思っていた。少し考えれば不安にならないはずがないのに、それすら気づくことのできない私は母親失格だ。
 小さな総太の体を抱き締め、もう二度と彼を離さないと、誓いをたてた。

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