11

 病院を抜け出した後、総太にも教えていない新しい住居で二ヶ月の眠りについた。寝ている間も無意識に食事と排便はしているのだが、二ヶ月も眠ると思っていなかったため家に用意しておいた食料は尽き、体はやせ細ったようだ。貯金は底をついたため、いつか総悟に返そうと貯めておいた総悟からの仕送り金に、また手をつける。きちんと貯め直さなければ。……とは言っても、私を雇ってくれるところなんてあるのだろうか。
 日払いの仕事をいくつか掛け持ち、なんとか食いつないでいるが、一月に二月分を稼がなくてはこれから生きていくのは難しいだろう。

「もう少し稼ぎのいいバイトをしたいわ」

 そう思い悩んでいたとき思い出したのは総悟の友だちである銀時さんだった。確か彼は、よろず屋をしていたはずで、少しくらい下品な仕事でいいから、なにか紹介をしてもらえないだろうか。
 以前銀時さんにもらった名刺に書かれている住所を訪ねると、お団子頭の女の子が出迎えてくれた。どうやら銀時さんは留守のようで、また日を改めようと思ったのだが中で待つようにすすめる神楽ちゃんの好意に甘え上がらせてもらう。

「神楽ちゃんはここに銀時さんと住んでいるの? 羨ましいわ。誰かと暮らすのは、楽しいわよね」
「ヘンリーは一人で住んでるネ?」
「そう、一人暮らし。とてもつまらないわ」

 気づけば総太を探してしまう自分を思い出して苦い笑みを浮かべると、神楽ちゃんは丸い瞳を瞬かせて首を傾げる。「そんなにつまらないアルか?」という問いかけに間髪入れずに頷くと、なら一緒にここに住むヨと神楽ちゃんは笑って言う。予想外の言葉に目を丸くするも、すぐに薄く笑みを浮かべてお礼を言った。

「でも、仕事の役には立たないだろうし、お金を払う余裕もないから、ここに住むことはできないわ」
「ヘンリーならキャバで、たーんと稼げるネ」
「うーん……キャバクラで雇ってくれるかしら」
「大丈夫ヨ。なんなら姉御を紹介してあげる!」

 テーブルに手をついてピョンと飛び上がった神楽ちゃんが一人で話を進めていこうとするのを止めて自身の病気のことを簡単に話す。ふーん、とわかったのかわかっていないのか返事をした神楽ちゃんはなおもキャバクラの話を続け、姉御なる人物に電話をし始め、どうしていいかわからず戸惑う私に受話器を置いた神楽ちゃんが笑いかけた。

「姉御、今からくるヨ!」
「ええと……ありがとう? あ、そうだ、神楽ちゃん。これよかったらどうぞ。よろず屋のみんなで食べて」

 手土産を買う余裕はなかったので近所の人にいただいたキュウリやナスで作った漬け物を手渡すと予想以上に神楽ちゃんは喜んでくれ、早速キュウリを丸々頬張る神楽ちゃんに呆気にとられていると、ガラララと扉の開く音がした。

「神楽ちゃん、こんにちは」
「姉御! 早いネ!」
「いい金づる……じゃないわ、困っている人がいると聞いたのだから当然じゃない。で、そちらが例の子かしら?」
「あ、初めまして。沖田ヘンリーと申します。わざわざご足労いただきありがとうございます」

 腰を折って頭を下げる私を足の先から頭のてっぺんまでじろじろ観察した姉御は「合格」と肩に手を乗せる。首を傾げる私に「今日から働けるの?」と姉御が問うのでようやくキャバクラのことを言っているのだと理解した私は大きく首を振る。

「あの、私、おばさんですから、」
「大丈夫、あなたなら十代に見えるわ」
「いえ、でも、子持ちですし、」
「そんな子他にもいるわよ」
「でも、」

 次々と笑顔で切りかわす姉御にさらに言い募ろうとしたとき、とてつもない破壊音とともにテーブルが木っ端みじんになった。腕を振り下ろした姉御が「他になにか言うことは?」と輝かしい笑顔で言うものだから思わず首を横に振る。
 後から神楽ちゃんに聞いたのだが、キャバクラにいい女の子を引き入れるとボーナスがもらえるのだとか。姉御金にはうるさいよ、という神楽ちゃんの言葉を胸に刻んだ。

121224
次のページ#
目次/しおりを挟む
[top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -