05 お父様に連れられやってきたバルバッド王国でアブマド王子とサブマド王子と遊んでいたときのことだ。 私の要望で、バルバッド城の庭に植えられている花を眺めていたのだが、花の鑑賞に飽きたアブマド王子がどこからか弓矢を持ち出して狩りをしてみせると申し出た。狩りに興味があったわけではないけれど、アブマド王子の機嫌を損ねたら面倒なことになると彼の好きにさせ、張り切るアブマド王子を遠くから眺める。 「男の子って、狩りが好きね。私にはわからないわ」 「ヘンリーさまは、一応女の子ですからね」 “一応”を強調して言うリャンに口元を引きつらせて文句を言おうとしたとき、素早くリャンが動いた。私に向かい合うように立ったリャンの体がぐらつき、私にもたれるように倒れてくる。急に動いたから具合が悪くなったのだろうかと慌ててリャンの体を抱き締めたとき、ぬちゃりと嫌な感触がした。自分の手を見ると真っ赤な血で埋め尽くされていて、なにが起こったのか理解できずに呆然としているとリャンの体が投げ飛ばされる。 「ヘンリー王女、無事でよかった!」 「な、なにが……」 「申し訳ないでし、僕の弓矢が誤って王女の方に……けど、奴隷が盾になったようで安心したでしよ」 ホッと息を吐くアブマド王子の言葉に顔が青ざめていき、慌ててリャンを確認すると背中に一本の矢が刺さっていた。医者を呼ぶように掛け合ってもアブマド王子は面倒そうに口を動かすばかりで(弓矢を失敗して人に当たったことを国王にバレたくないらしい)、交渉をする時間が勿体ないと判断した私は足に括り付けてある護身用の短剣を引き抜く。光を反射させる刃をアブマド王子に向け早急にリャンを治すように促し、そこまでしてようやくアブマド王子が動いた。リャンは適切な治療を受け、命に別状はなかったものの、高熱で苦しそうにうなされている。私がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったと悔やみ、リャンの手を握り締めた。 あれから一晩経ち、ようやくリャンの容態が落ち着いてきた。ずっと付き添っていたせいで憔悴した私の背中を「休んできなさい」とお父様が押す。素直に頷いて私に用意されている部屋に戻ろうとしたのだが、部屋に戻る途中上手く足が動かなくなってしまいその場に座り込んだ。きっと気が抜けたのだと肩からも力を抜いて壁に寄りかかっていると、小走りで誰かが近づいてくる。 「どうした? 具合悪いのか?」 「ううん。ちょっと疲れただけ」 「? こんなとこで座り込んでるのはまずいし、部屋まで送るぜ」 「…………腰から力が抜けちゃったの」 自分の失態をさらすことに羞恥を感じ頬が色づいていくのを感じながらもぼそりと言うと、私とそう年は変わらないだろう少年はキョトンとした顔をする。次いで何の前触れもなしに私を抱き上げた少年に目を白黒させると、彼は子どもらしく笑ってみせてからゆっくりと歩き出した。 「俺はアリババ。君は?」 「ヘンリーよ。あの……ありがとう」 「どういたしまして」 アリババ……どこかで聞いた名前だと首を傾げていると、アリババは足を止めて一室の扉を開く。そこは初めて来る場所で、どうしてアリババはこんなところに来たのだろうとクエスチョンマークを飛ばしていると、アリババはクスリと笑い私をベッドに下ろした。 「君が昨日来たヘンリー王女だったんだね」 「ええ……」 「俺の、お嫁さんか」 へー、と言いながら顔を覗き込んでくるアリババの言葉でようやく彼が誰なのかと気づく。アブマド王子、サブマド王子、アリババ王子のいずれかの妃に私はなるとお父様に言われていて、前者の二人には会ったけれどアリババ王子とは今の今まで交流がなかったためすっかり存在を忘れていた。 私を頭のてっぺんから足の先まで観察したアリババ王子は、何度も頷いて私の手を取る。 「俺の、お嫁さんになってくれる?」 誰の妃になるかは私が選べることではなく、三人の誰かが私を気に入ってくれれば婚姻は決まる。つまり、私の旦那様が今この瞬間決まったというわけだ。 アリババ王子が会ったばかりの私のどこを気に入ったのかはわからないが、目の隈が酷いからと言って私を優しく寝かしつけるアリババ王子を好きになる日は遠くないだろうと思った。 リャンの容態がよくなり、アリババ王子との仲も深まり、私の機嫌はとても良かった。アリババ王子との逢い引きを終え、緩む頬を押さえながら廊下を歩いていると、アブマド王子とすれ違う。アブマド王子はどうやら私を待ち伏せていたらしく、声をかけられ、なんの用だろうと目を瞬いていると彼は私の手を握り締めた。 「光栄に思うでしなあ。僕の妃にしてあげるでし」 「? 私、アリババ王子と婚約を結んだわ」 「な、なんで!?」 「バルバッド国王様にもきちんと伝えたのだけど……」 首を傾げているとアブマド王子は乱暴に私の手を振りほどき、怒ったように顔を赤くし走り出す。――そこで映像がぐにゃりと歪む。ふるりと瞼を震わせ、ゆっくりと体を起こす。懐かしい夢を見たものだと口元を緩ませるも、隣で寝ているリャンを見て思い出す。私たちは国を追われる身となったのだ。気持ちよさそうに眠るリャンの頬を撫で、今度は私がリャンを守るのだと決心を新たにした。 120714 次のページ# 目次/しおりを挟む [top] |