契約

 私の幼馴染みは並盛最凶の男となってしまった。小さい頃から一風変わったところはあったが、まさかこんなやんちゃに育つと思っていなかった私は彼の幼馴染みというポジションに立ったことを心底後悔している。

「クフフ、君が雲雀くんの幼馴染みですね? そんなに怯えないでください。あなたに危害は与えませんよ」

 髪の分け目が雷のような模様をしている怪しげな男に腕を掴まれ、どう逃げようかと頭を回転させる。そんな私に男は優しく笑いかけて有無を言わせずに腕を引っ張った。
 加減の知らないその力に顔を歪めると「おや、すみません。力の加減を間違えたようです」と白々しい笑顔で手を握り締める。今度は痛みはなかったが、いくら振り払っても離れそうにない手に眉間に皺を寄せた。
 雲雀の幼馴染みでなければこんな思いをせずにすんだのに。ギリ、と噛んだ唇から血が滲んだ。

「なぜ雲雀くんはこんな弱い生き物を構うのでしょうか」

 唇にできたばかりの傷口にわざと指を這わせる男の名前は骸というらしい。ボンゴレ、十代目、マフィア、復讐……骸の言っていることは滅茶苦茶だった。

「……なぜ私を構うの?」
「雲雀くんのご指名です。工藤ヘンリーを連れて来いとね」

 ニヤリと骸の口が歪む。

「嘘を吐かないでちょうだい。……もう一度聞くわよ、私になんの用なの?」
「クフフ……どうやら馬鹿ではないようですね。なら単刀直入に言いましょう。僕の仲間になりませんか?」

 それはお願いなどではなく命令だと骸の目が語っている。きっと断った瞬間、なんの戸惑いもなく私を切り捨てるのだろう。

「そうね、いいわよ。……ただし、雲雀に勝ったらね」
「それは条件ですか?」
「ええ。弱い人となんて仲良くなりたくないわ」

 いつも厄介なことに巻き込む雲雀は嫌いだったけれど、雲雀の腕には信頼を置いていた。その強さに憧れもしていたくらいだ。
 自意識過剰そうなこの男ならこの条件を飲み込み、そして雲雀が袋叩きにしてくれるだろうと確信する。案の定骸は条件を飲み込んだ。だが――

「なら、契約は成立ですね」
「……え?」
「雲雀くんは僕に敗れました。今は床で転がっていますよ」

 ニヤニヤ笑う骸が私を捕まえる。(本来なら“にこにこ”という擬音があてはまる笑みを浮かべているが、私にはそう見えた)
 今まで一度だって雲雀が敗れる姿なんて見たことはなく、骸の言葉を素直に受け入れることはできずに顔をひそめる。

「信じられませんか?」
「……“仲間に”なって欲しいのよね?」
「そうです」
「そう……なら信じるしかないわね」
「物わかりがよくて助かります」

 私は“ホーリー”と呼ばれる特殊な治癒能力を持っていた。厳密には治癒能力ではなく幻覚なのだが、人の怪我を治すことができるのだ。骸が貧弱な私を“仲間”として受け入れたがっているのはその能力が目的だろう。
 私の特殊な能力を知っているのは雲雀だけで、彼以外から情報が漏れたとは考えられない。雲雀がそう簡単に秘密を漏らすわけはないから、骸(もしくは骸の仲間)に秘密を吐かせる能力のようなものを持っている人間がいるのかもしれない。
 真っ当に戦えば雲雀に勝てる者はいないが、そんな力を持っている骸ならば勝ったという言葉も嘘じゃないかもしれない。そして、そんな骸に逆らうのは利口ではないと判断する。
 警戒するように骸を睨むと「クフフ」と笑われる。骸はまるで恋人同士のように私と手を繋いで静かな路上を歩き始めた。

120625
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