ろく

 翌日の昼休み。
 昨日の今日で会いにくいのだが、呼び出されてしまっては行かないわけにもいくまいと、姫乃ちゃんからの手紙をポケットに仕舞い、滅多に使われることのない視聴覚室に向かう。扉を開くと既にそこには姫乃ちゃんが立っていた。

「昨日は、ごめんなさい。ちょっと誤解していたみたい」
「う、ううん。大丈夫」
「あのね、やっぱり貴女には逆ハー補正がかかっていたみたいなの。――だから、私が解いておいてあげたわ」

 にっこりと笑う姫乃ちゃんは同性の私が見ても惚れ惚れとしてしまうほど綺麗だったが、悪寒がした。
 逆ハー補正というのは、その人の気持ちに関わらず特定の人を好きにさせてしまう恐ろしいものだということ、そして、その特定の人になぜか私が選ばれたということを姫乃ちゃんは事細かに説明してくれた。

「貴女、幸村くんに告白されたんですってね。でも勘違いしては駄目よ、それは補正のおかげだったの。貴女が好かれているわけじゃないのよ。……私の言ってること、わかる? これは貴女のために言っているのよ」

 姫乃ちゃんの言葉を全て理解したわけではないが、首を縦に振ると姫乃ちゃんはとても満足そうに笑い「またね」とも「じゃあね」ともなにも言わずに視聴覚室を後にした。
 姫乃ちゃんの言葉を頭の中で反芻しながら廊下を歩いていると、銀色の髪を靡かせた仁王くんと擦れ違う。瞳がかち合い、挨拶するべきか迷うも、何事もなかったように目を逸らした仁王くんに出かけた声を飲み込む。
 自意識過剰かもしれないが、昨日の仁王くんだったら間違いなく私に声をかけていたと思う。けれど、街中で偶然擦れ違った他人のように通り過ぎていった仁王くんを見て、逆ハー補正というものを少しだけ理解した気がする。

121004
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