いち

 普通という言葉がピッタリと当て嵌まる、どこにでも居るような女の子。飛び抜けた才能も、恵まれた容姿も、人から羨まれる要素など何一つない。
 だから、今の状況が理解出来ないでいた。



「あの、もう一度聞いてもいいですか?」

 放課後の教室で向き合う幸村くんと私。
 たった今幸村くんから告げられた言葉はとてもじゃないが信じることができず、真偽を確かめようとその端整な顔をじっと見つめていると彼の頬が朱に染まりぎょっとする。

「君が、好きなんだ」

 繰り返された言葉は先ほどと寸分の狂いもなく、ますます私を混乱させる。
 幸村くんといえば我が立海の男子テニス部の部長であり――スポーツが出来るというだけでモテるだろうに、その容姿や物腰の柔らかさも相まって相当な人気を誇っている。そんな人がまさか私のことを好きになるなんて。

「俺のこと、嫌いかな?」

 へなりと眉を下げて私の様子をうかがう彼は噂の王子様ではなく普通の男子中学生だった。あまりにも悲しそうな顔をするものだから思わずぶんぶんと首を横に振ると彼の表情が和らぐ。

「もし良かったら……」

 ガラリ。幸村くんの言葉を遮ったのは一人の女の子だった。見目麗しいその女の子は開けた扉をそのままにこちらに走り寄ってくる。パタパタと可愛らしい効果音で、おかしな走り方をする美少女。普通の子がやったら白い目で見られるのだろうが、美少女特権で大目に見てもらえるだろう。
 いつの間にか薄らいだ甘酸っぱい雰囲気に、こっそり安堵する。

「幸村くん!」
「あ……何か用かな?」
「テニス部のマネージャーをやりたくて、幸村くんに許可をもらいに来たの」
「え?」

 どうやら、部活の話らしい。美男美女に挟まれるという居心地の悪さに萎縮しているとそれを敏感に感じとったのかはたまた別の理由があったのかわからないが「また日を改めて話せないかな?」と幸村くんが言ってくれ、これ幸いと快諾した。

120617
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