愛しい師匠 | ナノ


▼ 08.あの人の片想い

菊地原が驚いて目を丸くしたのは、ちょうど体育大会から一週間前の話だ。
柿崎と歌川が公園でキャッチボールをしているのを見ていた時のことだ。
暇で暇で仕方がない中、日陰での下にあるベンチで、のんびりしていた菊地原。片手には紙パックのジュースがある。
誰かと携帯で連絡をとろうにも、相手がいない。宇佐美、と頭に浮かんだがなんだか面倒だった。
憎たらしいぐらい晴れた空を眺めることにした。
見に行く人の下らない世間話に耳を傾けながら、小さくあくびをした時。
聞きなれた足音が近づいてくるのがわかった。
今は会いたくない。菊地原はベンチの上で体育座りを始めた。
会いたくない人の近くに聞き慣れない足音が近づいてきた。
男、と認識する。ボーダーで聞いたことがない足音だ。
立ち止まる二つの足音。
驚いたのはこれからだった。
可愛らしい女の声がしたのだった。
いつも口の悪い人の口から、可愛らしい女の子の声が。
あまりの驚きにストローを噛んでしまった。飲みにくくなるジュース。
あれは誰?率直な感想だ。

「先輩、お久しぶりです」
「お、如月じゃん。久しぶり。
ボーダーに入ってから会わねぇもんな〜
大学よりボーダーか。オレもそれがよかったかね。
友達いるか?」
「えぇ、もちろん」

この会話から自分が知る師匠ではないという驚きに、菊地原は少々困惑した。
心音は明らかに早い。聞かなくても態度から丸見えなんだが。
歌川が好きな女子は多い。おかげでその手の心音は聞きなれている。
しかし、驚きに慣れはないようだ。
好きな人にだけ態度が変わる人は好かれない、と菊地原は内心呟いた。

「一週間後にまた会わないか?」
「ごめんなさい、その日は用事があるの。
後輩が体育大会だから」

歌川はちらりと菊地原に目を向けた。
なんだか、表情が少し変化している気がした。
はじめは眉が動いたから何かに気づいた顔。そこからしかめっ面に。
多分何かに驚いたのだ、と歌川は推測する。そこからさらにしかめっ面に。
まずい話を聞いてしまったのだろう。
歌川はそのまずい話が体育大会にあの人が来ること、と知るのはあと一週間後のことになる。
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