こんな日は君に触れたい。



「さっみぃ〜・・・・・」
窓から顔を覗かせて、銀時は雪雲に覆い尽くされた暗い空を見上げていた。
今にも雪の降りそうな凍てつくような空気に、人一倍意地っ張りな恋人が寒がっていないかと心配になった。
誰よりも寒がりなくせにプライドが高いため、どんな寒い日にもマフラーや羽織りで頑張っている彼は今頃仕事をしない部下を叱咤しつつ、上司をフォローしているのだろう。
およそ自分には真似出来ないような真面目な仕事ぶりに嘆息しつつ、銀時はほんの少し拗ねてもいた。
(あいつ、今頃何やってんのかな・・・・・・)
土方と会えなくなって1ヶ月。彼の仕事上、どう頑張ってもこういう日が出来てしまうのは仕方がないし、長期間会えないのはこれが初めてではない。
だけど。
「・・・・・ここで愛しのダーリンが寒くて震えてるんだから暖めにくらい戻ってこいよー・・・・・」
呟き、目を閉じれば。
愛しい黒髪の彼が、何が愛しのダーリンだと言っているような錯覚に捕らわれて。
思わず手を伸ばせば、いつの間にか降り始めた雪に微かに指先が当たってしまい、そこだけ痺れるような冷たさが走った。
「・・・・虚しい寂しい辛い寒い悲しい苦しい会いたい会いたい会いたい会いたいぃぃ・・・・・」
手を引っ込め、窓を閉めながら銀時は念仏のようにブツブツと呟いた。
せめて、声だけでも聴けたら。自分の気持ちも少しは落ち着くかもしれない。
仕事中はなるべくかけないようにはしていたが、もう我慢の限界だ。
銀時は急いで電話に手を伸ばし土方の携帯にかけた。
「・・・・・・・・もしもし?」
「ひっ・・・・・土方かっ!?」
思ったよりも早く受話器向こうの彼は電話に出てくれた。
久しぶりに聴く恋人の声は少し掠れている。度々聞こえる咳の音も心配だ。
「お前どうした?風邪引いたのか?」
「・・・・・・今朝方、ちょっと熱が出ただけだ。それよりお前はどうしたんだよ?用件があってかけてきたんだろ?」
土方の問いに銀時は困って、視線を宙に浮かす。
声が聴きたかったから、何て本当の事でも言ってしまえば、彼はきっと怒り出すに決まっている。事実、彼は今も電話しながら仕事しているのか、カリカリとペンが紙の上を走る音が度々聞こえてくる。
「・・・・・・おい、どうした?用事あるんだろ?」
「え・・・・・・・と・・・・・」
「ないのか?」
口先から生まれた男と評された銀時ならこの場を凌ぐ嘘なんて簡単につけたかもしれない。
だと言うのに、圧倒的な土方の声に嘘を考える余裕などなくなってしまっていた。
「・・・悪い、忙しいのは分かってたけどちょっと銀さん寂しくなっちゃって。だから電話して」
「それだけか?理由はそれだけなのに電話してきたのか?」
土方の冷たい声。
明らかに怒気を含んだその言葉に銀時も仕方なく閉口する。
「・・・・俺は今仕事中だ。分かってんだろ?お前と違って暇人じゃねぇんだよ」
土方のその一言に―――・・・
銀時の中で何かが壊れた。
「・・・・・・おい、銀時・・・・?」
しばらく返事を返さなかった銀時を怪訝に思ったのか、土方の不安げな声が受話器から聞こえる。
「・・・・・ぎ、」
「だよなー・・・悪かったよ、うん。土方は忙しいもんな、俺理解してるつもりだったのに・・・本当ごめんな。もう邪魔しないからさ」
電話から伸びるコードを指先で弄りながら銀時は静かに続けた。
「・・・でもさ、たまにはうちに来てよね。銀さん寂しくて死んじゃいそうだから」
「あ・・・」
「体に気を付けてね。お休み」
電話を切って、盛大に溜め息をついた。
拗ねたような物言いになってしまったかもしれない。
・・・土方に、嫌われたかもしれない。
「・・・物分かりの悪い旦那でごめんね土方ぁ・・・」
・・・・・本当は。
本当は、ちょっとだけ自惚れていた。自分が電話をしたら土方も少しは喜んでくれるのではないか、と。
仕事の疲れをただ一瞬、忘れてくれるんではないか。
(・・・・・・んな訳ねぇよな)
銀時は電話を切り、途方にくれた表情で天井を仰いだ。
一度は温もりを分け合って、自分の一番近くにいた男は、いつの間にか手が届かない所にいってしまったようで。
それが、とてつもなく悲しかった。

「・・・・・・・・・・んあ?」
寒さに体を震わせ、銀時はソファから身を起こした。
電話の後、一人で寂しく酒を飲み、いつの間にか寝てしまったらしい。申し訳程度にかけられた薄手の毛布のせいか、体はとてつもなく冷えていた。
「ああ、くっそ・・・・寒いし、飲みすぎて頭痛いし・・・・・さっきからガンガン聞こえる・・・・」
頭痛のせいか聞こえる低音に銀時は顔をしかめて頭を抱える。が、音は止むどころか更に大きくなっていく。
「・・・・・・・あん?」
銀時はそこでようやく頭を上げた。音は銀時の頭の中で鳴り響いているのではなく、玄関の方から聞こえてくる。
・・・・誰かが扉を叩いている。
階下の大家かと思ったが、夜中の2時をまわった今、常識人の彼女がこんなに周りに迷惑をかけるような音で扉を叩くはずがない。
「・・・・・・どちら様?」
玄関に行き、扉越しに声をかけてみる。だというのに反応はなく、扉向こうの人影はひたすらに叩くのを続けていて。
痺れをきらし、銀時は勢いよく扉を開いた。・・・・と同時に、
「・・・・・・・え!?」
銀時の胸元に誰かが倒れ込んでくる。慌てて受け身になり、倒れてきた人を抱きしめた。
・・・・この匂い。
もしかしなくても、何となく分かっていた。
「・・・・土方」
こんな時間に扉を叩き、いきなり万事屋に訪問してきたのは。紛れもない、自分の恋人。

土方は銀時の胸板に顔を埋めたまま、細かに震えている。
髪はしとどに濡れ、この寒い中来たせいか所々に薄い氷がはっていた。
真冬の夜だというのに、土方が身に付けているものは薄く乱れた着流しだけで、足元は何と草履どころか足袋さえも履いていなかった。そのせいかむき出しの素足は真っ赤に霜焼けになっていて、見ているこっちが痛くなってしまう。
「土方・・・?ど、どした?」
遠慮がちに声をかけると、薄い背中がピクリと震えた。
「・・・・てめぇが、寂しいとか抜かすからだ馬鹿」
「は、はい?」
「こっちだって仕事で忙しいしただでさえお前に会いたいからって猛スピードで仕事やってたのにいきなり電話かけてきてその上寂しいとか言って」
土方が、ゆっくりと顔を上げる。
「絶対嫌われてると思ってたのに電話なんか寄越してくるから・・・嬉しくなったんだよ!」
「えっ・・・・!?」
寒さと恥ずかしさで赤くなった土方の顔が近付いてくる。
キスでもしてくれるのかと思い目を閉じたが、頭に激痛が走っただけだった。
どうやら頭突きされただけらしい。
「ってぇ・・・てか、土方、え!?嬉しかったって・・・お前超不機嫌だったじゃねぇか!」
「なってねぇよ!う、嬉しくて照れ隠しで忙しいとかなんとか言っちゃっただけで・・・不機嫌だったのはお前だろ!いきなり電話切って、俺泣きそうに・・・」
「泣きそうになったの?」
「な、なってねえ!!」
慌てたように土方がポカポカと叩いてくる。
ポカポカとか可愛らしい擬音が合わないくらい力強いけど。めっさ痛いけど。
「・・・そっか」
自分の腕の中で小さく丸まった恋人の柔かな髪をさわさわと撫でる。
「暖かいな、土方」
「お前は言動が一々寒いんだよ馬鹿」
土方は鼻をすすりながら、銀時に抱きついた。
「お前に会いに来たんだ。・・・早く暖めろよ」
「了解」
重なりあった掌が、何よりも暖かそうだった。


「そういえば土方、仕事どうしたのよ」
「終わらせてきた。・・・んで、急いで走ってきたんだよ」
「だからって裸足で来るかよ・・・しかも着流し乱れすぎ!!襲われたらどうすんの!!」
「襲われるか馬鹿!」
「でも嬉しいな!土方が俺のために仕事済ませてきてくれたなんてさ!」
「う、うん・・・(本当は半分山崎に押し付けてきたんだけど・・・)」
今回ばかりは山崎に頭の上がらない土方だった。

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