幾千の時を越えて


いつも通りの夜、いつも通りの風景。
総会の後は、いつも通りドンチャン騒ぎ。
毎回の事だから、勿論その準備をする。
明日は幸いにも土曜日だから、学校はお休み。
気づけば12時過ぎを回っていた。
広間に充満する酒の匂いで酔ってしまった。

「…流石にずっとお酒の匂いを嗅いでいたら気持ち悪くもなるか」

縁側の端に腰を下ろした。
目の前には桜の木が佇む。
ふわりと暖かい風が吹いた。
綺麗に舞い散る桜吹雪に、思わず見とれてしまう。
────そう言えば、この桜の木って珱姫が嫁いだ時に植えたって言っていたっけ。
となると、400年以上も生え続けていることになる。

桜の木に手をかざした。
舞い散る桜の花びらが綺麗だな。
フッと軽く息を吹きかければ、それはフワリと簡単に飛んでいった。

「…桜花(さくらばな)、今ぞ盛りと人は言えど、我は寂しも君としあらねば…」

───桜の花が今盛りですよ、と人は言うけれど、私は寂しく思います。だってあなたがいないから。

ポツリ、と誰もいない庭で呟いた和歌がシーンと静けさに包む庭に寂しく響いた。
いないのは当たり前、だけどたまに寂しくなるの。
だって、あなたはあたしの大事な、大事な友人だったから。

「…それは、一体誰に詠ったんじゃ?」

ふと、後ろから艶のある声で問いかけられた。

「総大将」

振り返ればそこには、若い頃の姿に戻ったぬらりひょんの姿。
彼はゆっくりとこちらに近づき、あたしの隣に座ると自分の盃に酒を注ぐ。
グイっと、それを飲み干せば、不思議そうにあたしを見つめた。

「珱姫の事を思い出しちゃって」
「珱姫?そりゃまたなんでいきなり」
「あの子、桜が大好きだったじゃない。この桜を見てちょっと黄昏てただけ」

ストン、と柱にもたれかかった。
一緒にいた期間は短かったけど、ものすごく大事な子だった。
大阪城で別れた、あの子の顔を思い出す。
…あんな風に、泣いて欲しくなったんだけどな。

「…あまり昔に囚われるな。珱姫はお主が笑った顔の方が好きだと思うぞ」

何かを察したのか、それだけ言うとあとは何も言わずに、ポンポンと頭を撫でた。
少しだけ、安心する、だなんて。
そんな風に思ってしまったら珱姫は怒っちゃうだろうか。
そう考えると、少しだけおかしかった。

「…に、しても」

ふと何かに気づいたかのように、ぬらりひょんがあたしの顔を見つめてきた。
なんだろう、と首をかしげる。

「…最初にお主と会ってたら、ワシも惚れたかもな」
「─────っな!!」

何言ってんのこの変態は!!
思わず頭をボカっと殴ってしまった。
ニヤニヤと不敵に笑うぬらりひょんに、溜息を漏らした。

「…珱に失礼でしょうが、あんたには珱がいるんだから。それに、珱と比べる価値もないよ」
「…無自覚程恐ろしいものはないわい」

結構本気だったのに、とぬらりひょんは少しだけ落ち込んだ。

「…なぁ#なまえ#よ、珱姫と会えて嬉しかったかい?」
「当たり前じゃない」

突然何を言うの。
そう言おうと、口を開こうとしたが、彼の真剣な顔にグッと黙った。
そんなあたしを見て、フッと優しく笑うと、再びあたしの頭を撫でた。

「なら、それでいいじゃねぇか。」

ポツリと、彼はそう一言呟いた。

「珱姫は、お主と会えて良かった、そう言っておった。…もう会えないのは、ワシもお主も一緒じゃ。でもな、ワシの心にもお主の心にも、珱姫は存在している。それでいいんじゃねぇのか?」
「総大将…」

だろ?そう尋ねるぬらりひょんに思わず胸が高鳴った。
なんでこういう時は、すごい説得力があるんだろう。

「…ありがと、なんか元気出てきた」
「おう」
「…ねぇ総大将。あなたにも出会えてよかった」

でなければ、あたしはきっと一人ぼっちだったから。
ぽかーんとしたぬらりひょんの顔に、プッと吹き出してしまった。
照れくさそうに頬を掻くその姿に笑えてしまう。

「────おいテメェくそじじい、人の女に何手出してやがる」

後ろから聞こえた、低くドスのきいた声。
一瞬だけビクリと反応してしまった。

「り、リクオ?」

リクオの後ろから、それはそれは黒い、漆黒の様にドス黒いオーラが出ていた。
思わず冷や汗を掻いてしまう。

「あぁ?なんじゃ、少しくらい味見してもよかろう。なぁ」

そう言って、ぬらりひょんはリクオを挑発するようにあたしの身体を抱き寄せた。

「な、ちょっ!!」
「テメェ…ぶっ殺す!!」

リクオはその様子に、祢々切丸から鞘を抜いた。
さすがに焦ったのか、ぬらりひょんはあたしを離してリクオの方に押した。

「冗談じゃ、そう本気になるんじゃねぇ。ワシには昔愛を誓った珱姫という女がいるからな」

はははは、と軽い調子で笑いながらぬらりひょんはそのままの姿で広間に戻っていった。

「…くそじじいと何してたんだよ」
「何って…昔話?」

何を言ってるのこの子は。
全く。不安そうに見つめるリクオに少しだけ笑ってしまった。

「心配しなくても、あたしはリクオだけだよ」

だから、リクオもあたしだけを見てね。
そういってニコッと笑えば、リクオはいつもの不敵な笑みを浮かべた。

「オレは最初からお前しか見てねぇよ」

耳元でボソリとそう呟いた。
そのまま互いに惹き合うように、唇を重ねる。
───ねぇ、珱。あたし、今あなたの孫と付き合ってるよ。
怒るかな?でもね、あたしリクオの事離す事なんて出来ないや。


空から、珱姫の「幸せになってくださいね」と言う優しい声が聞こえた気がした。



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