魔法薬学
魔法薬学の授業は地下牢で。出席確認を行うセブの美声に酔しれていたら、ハリーに絡み始めた。
「あぁ、さよう」
猫なで声も素敵なバリトンボイスです。
「ハリー・ポッター。我らが新しい――スターですな」
ドラコがクラッブやゴイルとクスクス冷やかし笑いをした。…いや、そんな私に同意を求める様な視線を向けられても反応に困るんですけどドラちゃんよ。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」
呟く様な話し方、と表現されるのも頷けるセブルスの講義。でも、生徒達のほぼ全員がセブルスの話に聞き入っていた。勿論私もだ。教鞭を取る父親の姿に、瞳を輝かせる娘の様に。
「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である――ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」
『(栄養を醸すのか…もやしもん思い出すね)』
「(栄養ではなく栄光だろう。あと、オリゼーなど俺は知らん)」
『(え、ちょ、何で通じてるの!!?)』
クラス中がシーンとした空気になる中、リクはヴォルとそんな会話をしていたりする。勿論、表情には欠片も出しません。そこは空気を読みます。
「ポッター!アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
シュバッ、と効果音がつきそうな早さでハー子が勢いよく挙手をした。当てられたハリーはチラリとロンに視線で助けを求めるも、この問題はロンにも分からない様子。ハー子とは別の意味でお手上げだという事か。我ながら上手いこと言ったね。
「わかりません」
「チッ、チッ、チ――有名なだけではどうにもならんらしい」
ハリーが答えると、スネイプは口元でせせら笑った。残念ながらハー子の手は無視されている。
「(…ちなみに、お前は分かるよな?)」
『(眠り薬。通称、死せる屍の水薬…だっけ?)』
「(生ける屍だ。死せる屍の水薬だと普通の死体だろうが)」
確かにそれもそうか、とヴォルに指摘されて気付く。睡眠薬じゃなくて永眠薬って答える巾だったか。ボケ方が甘かったな、とリクは内心反省する。
「ポッター、もう1つ聞こう。ベゾアール石を見付けてこいと言われたら、どこを探すかね?」
「わかりません」
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかった訳だな、ポッター、え?」
「(おいおい、先程から内容的に1年生の初回授業に出す様な問題じゃ無いだろう…)」
『(これぞ、セブルス名物の陰険な嫌がらせ♪ハリー限定ver.だよ)』
「(嫌な名物だな)」
『(でも、そんな問題をハー子は分かるみたいだよ)』
「(確かにソイツも凄いが…)」
ハー子の手がプルプル震えている一方で、セブはスルーを決め込む。ハリー一筋なんですね分かります。
ちなみに、ベゾアール石は山羊の胃か魔法薬専門店かセブの薬品庫にあるよね。ってヴォルに言ったら後半の解答は駄目だろってツッコまれた。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」
『(違いは名称のみ。別名アンモコナイトとかいうトリカブトの一種)』
「(……ワザとか?)」
『(ワザとじゃないよ。中途半端な語呂合わせで虚覚えしたらこうなっただけさ)』
「(薬の名称もきちんと覚えないとセブルスが泣くぞ)」
『(これだから横文字はややこしいんだ…)』
セブの答え合わせを聞いて答えを確認しながら、ノートに書き取っていく。ヴォルと冗談を言ってても、やる事はちゃんとやるのさ。なんたって私は真面目だからね。どの口が真面目等とほざくのやら…というヴォルの声はスルーさせて貰う!
その後の授業は、二人一組にしておでき薬の調合が行われた。スリザリンとグリフィンドールの両方の生徒達がセブから注意を受ける一方で、一緒に組んだ私とドラコの方はというと……
「ミスター・マルフォイが角ナメクジを完璧に茹でたので、皆見るように」
何が悲しくてナメクジをまじまじ拝まなきゃいけないんだ。生も嫌だけど茹でたら見れるってものでも無いよ。ナメクジを触りたくなくてフォイフォイに作業を丸投……ではなくナメクジの熱処理を任せた結果がコレだ。セブが甲斐甲斐しく助言してたからね。当然と言えば当然の結果か。
う〜ん。それにしても、ちょっぴりハリーにジェラシーを感じてしまう位、セブが構ってくれない。そりゃあ、娘だからって特別扱いしないようにしてくれてるんだろうけど。でも、何だかハリーとマルフォイがズルい気がする程度にはちょっと寂しいんだな!
そんな余計な事を考えていたせいで、すっかり忘れ掛けていた。そう、あくまで忘れ掛けていたんであって、ちゃんと覚えてはいたんだ。セブに見惚れててネビルの方は全く見てなかったよ!な結果にならなくて良かったぜ。
『…という事で、その手はストップだよネビル』
「え?…っ!?ぇえ!!?」
大鍋に山嵐の針をぶち込もうとしていたネビルの手を寸での所で掴み、阻止してあげた。いきなり横からスリザリン生が現れたせいか、はたまた突然止められたせいか、ネビルは面白い位動揺していた。しかも大半の生徒はドラコの茹でナメクジを嫌そうに見てる為に此方のやり取りには気付いていない。なんてカオスな状況。
「おい、スリザリンが何を邪魔してんだ!手を離せよ」
『!ちょ…っ』
ネビルが何も言えずに顔を赤白(目を黒白ではない)させていた所で、傍にいたシェーマスが私の腕を乱暴に掴んで無理矢理振り払わせた。その拍子に、ネビルが無意識に手を開いて山嵐の針を大鍋に投入してしまった。あ、ヤバい。
『ネビ――…っつ』
「(!リクっ!!)」
咄嗟にネビルを押し退けて大鍋から遠ざけようとしたのだが……科学反応の方が一足も二足も早かったらしい。大鍋は歪に割れて溶解し、中身の液体が飛び散る。
この時、リクは瞬間的にプロテゴで防ごうと動くも、盾の呪文では盾で跳ね返った薬液が周りの生徒に飛ぶ危険性がある事に気付き、代わりにエバネスコで降り掛かる薬液を消した。床に溢れたものもだ。
思わず息を詰まらせてしまったが、片腕が焼ける様に痛んだのだから仕方がない。しかも、痛みはズキズキと尾を引き、軽く泣きたい。私の判断ミスにより生じた僅かなロスタイムのせいで、飛び散る薬液を全て消すには至らず、杖を持つ手とは逆の腕に掛かってしまったせいである。
そんな私の小さな負傷に気付いたヴォルの、珍しく焦った声が聞こえたが、残念ながら大丈夫だと返す余裕はない位地味に痛い。そんな事より薬液が髪にかからなかったかが心配だ。
「(つまり、髪の心配をする程余裕があると)」
『(髪は女の命なんだよ!リリー譲りの綺麗でストレートな赤毛!!)』
セブの「馬鹿者!おおかた鍋を火から降ろさず云々」と怒る言葉を聞きながら、驚いてか泣き出した隣のネビルを見詰める。どうやら此方は薬液を頭から被るという被害は免れたらしい。足元に溢れた薬液も消したから、靴やローブに被害が出た者もいない様子……って、被害があったのは対処に動いた私だけかよ!!!
「さて、リクは医務室へ行きなさい」
『……って、え?』
「我が輩が気付いていないとでも?先程跳ねた薬品で火傷を負っただろう。放置すればオデキになるぞ」
…お前の事もよく見ているな、セブルスの奴。そんなヴォルの言葉に内心肯定しながら、リクは思わず緩んでしまいそうになる頬を抑えて、小さく頷いた。腕は痛かったけど、何だか嬉しくなった。