生き残った女の子

もう何度この病院へ足を運んだ事だろうか。聖マンゴ病院の廊下を歩いていた足が、とある病棟の一室の前で止まった。彼…セブルス・スネイプの目的はただ一つ。彼が最愛する女性の忘れ形見でもある、赤ん坊の面会であった。

病室に入ったスネイプは、ベッドの傍に立ち、赤ん坊の顔を見下ろす。ベッドの上ですやすやと眠り続けているこの赤ん坊は、生き残った男の子の双子の妹に当たるのだが……その事実は現在、魔法界では秘匿されている。そしてスネイプは、そんな秘密を知る数少ない魔法使いの一人だった。

スネイプは毎回見舞いに来る度に、目覚める様子を見せない赤ん坊の寝顔を見詰め、その後帰宅する。この様な見舞いを繰り返して、もう一年が経とうとしている。しかし、赤ん坊は今日も目覚める様子はない。まったく期待をしていない訳ではないが……目覚める可能性が限りなく低いであろう事は、彼も理解していた。それでもスネイプは、その小さな奇跡を信じて、この赤ん坊の許へと通い続けていた。

何処と無く、母親であるリリーに似た赤ん坊の寝顔を見詰めながら、スネイプは思う。もしもこの赤ん坊が目覚めたら、この子は自分を責めるだろうか。両親の仇と、憎むのだろうかと。しかし、それでも良いと、スネイプは思っていた。もしそうなったとしても、それは当然の報いである。それだけの罪を、自分は犯してしまったのだから。

そしてこの日も、赤ん坊の顔だけを見て、スネイプは立ち去ろうとした時……

奇跡は起こった。



「……!」



ピクリ、と。今、赤ん坊の目蓋が動いた気がして。スネイプがじっと赤ん坊の顔を再度凝視していると……頑なに閉じられ続けていた瞳が、ゆっくりと開いた。スネイプが思わず息を飲んだ所で、赤ん坊が此方に気付いたのか、じっとスネイプの方を見詰め返してきた。無垢な瞳が何度か瞬きをした後、今度はその小さな口が開いた。



『…あー…うー…?』



少し掠れた舌足らずな言葉で、赤ん坊が不思議そうに首を傾げたところで、漸く我に返ったスネイプは慌てて人を呼んだのだった。



*** ***



ヴォルデモートからの死の呪いを跳ね返し、一年間眠り続けていた赤ん坊が目を覚ました。報告を受けた医師達が病室に集まり、病院から連絡を受けたダンブルドアも、急遽赤ん坊の許へと駆け付けた。医師の診断によると、特に異常は見られないとのことで。念の為闇の魔術に詳しいスネイプも赤ん坊を診てみたが、呪いの後遺症等も特には見受けられなかった。最終的に、このまま何もなければ数日後には退院も可能だろうと診断された位だ。



「さて、こうなると次の問題は引き取り手じゃのぅ」

「……。やはりここはあのマグルの一家に…『うーぶー、やあー!!』

「「…………」」



タイミング的に、小さな仲裁者に意見を却下された気がして、スネイプとダンブルドアは互いに顔を見合わせた。それから改めてスネイプの腕に抱かれた赤ん坊へと視線を下ろすと、話題の中心人物である赤ん坊はじっとスネイプの方を見詰め、小さな手で彼のローブにしっかとしがみついていた。



「ふむ……どうやらリクは、セブルスの事を親だと認識しておるようじゃのぅ」

「……私は、この子の親ではありません」



何処と無く不満気な顔をした赤ん坊の頭を撫でるダンブルドアの言葉に、スネイプの表情が苦渋に歪む。この赤ん坊の父親は、自分ではない。子どもの頃のリリーの面影を色濃く残したこの子どもは、リリーと……ジェームズ・ポッターの間に生まれた赤ん坊なのだ。そして、もう一つの懸念する事がある。



「私はこの子の親の……仇です…」

「お主は、リリーがその命を懸けて守り通した子ども達を、この先守ると誓ったのであろう。ならば、この子の為にも、自分に出来る事を尽くすのじゃ」



驚きに瞳を見開くセブルスに、ダンブルドアはそうキッパリと言い放った。



「お主がリクの新しい親となり、この子どもを育てるのじゃ。セブルス・スネイプよ」

「し、しかし私は…『えぶ、えうふー!』



慌てるスネイプの言葉を遮ったのは、またしてもこの赤ん坊だった。オマケに、今度は必死にスネイプに何かを言おうとしている様に見えた。

正常な発達過程を得られず、ずっと眠ったままだった幼子の成長は、一歳のまま止まっている筈だった。その為、本来なら意味のある言葉を発するのはまだ不可能だと思われていたが…



『え、ぶーう』



この時、自分の方をしっかりと見詰める赤ん坊の喃語に、少しずつ変化が現れ始めている事に気付いた。これにはスネイプだけでなく、ダンブルドアも驚愕した。



『えうるふ!』

「…私の名前を、呼んでいるのか……?」



震える声で幼子に尋ねると、子どもは嬉しそうにぱあっと笑った。そして、えうるふ!と、得意げに何度も彼の名前を繰り返すのだ。



「私などで……お前は本当に良いというのか…っ?」

『えうるふ!えうるふー!』

「…どうやら、リクの引き取り手は決まったようじゃな」



涙が溢れ出したスネイプの頬に小さな手を伸ばし、赤ん坊はぺちぺちと軽く叩いた。それがまるで、泣くなと慰められている様に感じて。その小さな手を取り、スネイプは堪え切れずに涙を流し続けた。

 

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