導師イオン(1/5)


『トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ…』


真っ暗な世界の中で、歌が聞こえた。優しくて、穏やかで、とても綺麗な旋律だ。この譜歌は確か……ああ、思い出した。世界を憎む僕とは対称的な、世界を愛したユリアの譜歌だ。


『クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ズェ…』


思い出した瞬間、馬鹿馬鹿しいと思った。こんな預言に縛られた世界の何を愛せというのか。お前が作った預言のせいで、世界はこんなにも愚かしく狂ってしまったというのに。


『…ヴァ レィ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リュオ トゥエ クロア…』


寝ても覚めても預言、預言、預言。どいつもコイツもガラクタばかりだ。


『リュオ……ちょっと、人が気持ち良〜く歌ってるのに、そうやって水さすの止めて貰える?』


……は?


『だから、そういう白ける様な事言わないでって言ってるの』


急に歌が止んだかと思ったら、今度は先程の歌い主と思われる人物から文句を言われた。僕の思考を読み取ってか、気分を害したらしい。ただの夢(歌)かと思ってたんだけど……どうやら少し違った様だ。


「…君は死神かい?」

『何言ってんの?BLEACHじゃあるまい』


…意味が分からない。まあ、どうでもいいや。どうせ夢だし。

声質から、どうやら相手の死神は少女のようだと僕は判断する。

せっかくだから、もう少し話に付き合ってやろうか。


「僕が死ぬにはまだ少し早いだろう?だって、僕の寿命は預言で既に決まってるんだからね」

『……預言で定められてるからって、全て諦めて、その先を生きようともしない人に言われたく無いね』


自嘲を込めて言えば、相手の声に僅かな苛立ちが含まれた。…否、コイツ……今なんて言った?


『預言は絶対?そんな事、一体誰が決めたのさ?預言はあくまでも不確定な未来を示す一つの道標!数ある選択肢の内の一つでしかない。そう教えを説いてる第一人者の貴方が、選択肢の一つに縛られて、尚且つ諦めててどうする訳?』

「ハッ、そんなの詭弁だね。僕が何を言おうと、どう足掻こうと、預言は絶対だ」


預言は絶対であり、その強制力に抗う術は無い。数ある選択肢の内の一つではない。選択肢は"一つしかない"のだ。

それに、預言の在り方について、どんなに教えを説いた所で……世界は変わりはしない。預言に頼りきった愚かなガラクタ共には、所詮全ては無駄な事だ。

下手に預言に逆らおうとすれば、預言の盲信者どもに始末されるのも目に見えている。

それともアンタは、そんな預言(未来)を否定するの?



『全部否定はしないよ。けど、未来は自分で選び、掴み取るもの。この考え方は変わらないし、預言を利用すれば、詠まれた未来を回避する事だって出来るはずだよ!』


一瞬、息を呑む。預言を、利用する?そんな事が、本当に可能なのだろうか。どんなに抗ったところで、決まった結末にしか帰結しないのに。この声は、それを否定する。どうせ詭弁だと思う反面……この声の言葉に、どうしょうもなく、惹かれてしまった自分がいる。

もしも…もしも本当に、決まった未来(運命)を回避出来るのならーー…


『ねぇ…貴方はこのまま諦めるの?それとも、預言に固執せず、可能性のある他の未来に手を伸ばしてみるの?』


何処からともなく差し出された手を見て、イオンは盛大に笑い声を上げた。

ヴァンとは似て非なる考え方のコイツを、面白いと思った。単純に、興味が沸いたのだろう。



「アンタなら僕の死の預言を覆せるの?」

『…貴方が生き伸びようと本気で足掻いて抵抗すれば、変えられるモノもあるんじゃない?』


そして僕は、その手を取った。
















「………」


イオンが目を覚ますと、見慣れた天井が視界にうつった。あの真っ暗で、何も無い世界ではない。


「………やっぱり夢、か…」


そう呟いてからふと手に違和感を感じて、気だるい身体は動かさずに視線だけ天井から隣へと移した。瞬間、イオンの思考は停止した。


『う〜…む……』

「…………は?」


夢かと思ったら、本当に何かがいた。しかも、夢で見たのと同じ様に手を繋いだ状態で。

え?ていうか、あれは夢じゃなかった訳?



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