想いは風に揺れて(4/10)


「−−−……っつ!!」



気が付くと、何処か見覚えのある天井が目についた。しばし思考が停止していた後……シンクは漸く理解する。

どうやら僕は、また死に損なったらしい、と。

空気を吸い込むと、肺が満たされて、また息を吐く。身体が消えかけていた時とは違って、今はしっかりと身体の感覚がある。その事に酷く安堵してしまった所で……ふと、自身の手に何かが触れている事に気付いた。視線だけを動かしてその正体を見やると、自分以外の手が重なっていて。それが、僕が寝ているベッドサイドに上半身を伏せて眠っているサクのモノだと気付いた。先程まで見ていたアレらは……強ち、夢でもなかったらしい。二人だけしかいない、この静かな室内はサクの小さな呼吸音に満たされていて、僕は思わず頬が緩むのを感じた。…この時、目の前に鏡が無くて良かったと僕は心底思う。きっと、酷い顔をしてたと思うから。

…スン、と鼻を鳴らして。熱い目頭を腕で乱暴に拭った後。サクの無事を確認出来た僕は、サクを起こしてしまわないよう細心の注意を払いながら、ベッドから抜け出した。窓には薄いカーテンが掛けられており、そこから差し込む太陽の光が室内を明るく照らしている。…どれ位眠っていたのかは分からないが、死に掛けた時から少なくとも一日以上は経っているだろう。背中から落ち掛けていたサクのローブをそっと肩にかけ直してから、シンクは静かに部屋を出る。

廊下に出てみて、ここはやはり病院であった事を判断出来た。以前、サクが目を覚まさなかった時にも世話になった所だ。室内に見覚えがあったのも、以前使わせて貰ったのと同じタイプの個室(いわゆる特別室)だったから。恐らく、サク辺りが手配させたのだろう。人気の無い廊下を歩き、階段の踊り場まで来た時だった。



「…何処へ行く気だ」

「……気配を殺して隠れてるとか、ちょっと悪趣味なんじゃない?アッシュ」

「ハッ。護衛をしてやっていたんだから、素直に感謝して欲しい物だな」



柱の影から姿を現し、声を掛けてきた人物は、アッシュだった。いくら病み上がりの寝起きであるとはいえ、アッシュの存在に気付けなかった自身にシンクは内心舌打ちする。わざわざ気配を殺していた辺りから察するに、僕の行動はコイツに読まれていたのだろう。護衛とだけ称しているが、先の言動からも察するに、僕の見張りも兼ねていた可能性が高い。…この調子だと、他の連中も何処かしらに潜んでいる可能性も捨て切れず。自身の体調も万全ではない事から、今目の前にいるアッシュを振り切るのは難しいだろう。



「…それで?ヴァンの所にでも行く気だったのか」

「………別に」



アッシュに鋭い視線で問い詰められはしたが……正直言うと、今はそこまで先の事は考えてはいなかった。ただ、サクの傍から離れようと思っただけで。

それに、今更ヴァンの所に戻る気は無い。…けど、ヴァンを潰しに行くというなら話は別だ。どちらにしろ、ヴァンの所に向かおうとした可能性は捨てきれないだろう。



「それはサクが望んでいない事だっていうのは、お前もよく知っているだろうが」

「…だからと言って、僕がサクの傍に居続ける事が正しいとは、言い切れないだろ?」



今回、サクは僕のせいで死に掛けた。僕がサクの事を信じず、先走ったせいで。結果として、サクを殺し掛けたんだ。あの時、死霊使い達に進言しなければ。教団上層部や各国の代表達までをも巻き込み、サクを騙そうとしなければ。今回の様な事態には、陥らなかったかもしれない。



「僕がサクの傍にいれば、これからも今回みたいな事が起きないとは、自分でも言い切れないからね」



だからサクから離れるのだ。そうでもしないと、きっと僕にはサクを護れない。そう結論付けるシンクに対し、アッシュは変わらず渋い表情のままだ。



「…その結果が、地殻制止作戦の時みたいな状況を招いたんじゃねえのか?」

「ヴァンとはもう手は切ってるから、そうはならないよ。それでも心配するなら、ルーク達とも二度と関わらないし、アッシュ達の邪魔ももうしないって、約束してから消えてあげる。…もう死んだりはしないから安心して」

「…そうじゃねえだろ。それとも、お前はサクを悲しませたいのか?」

「じゃあ、僕にどうしろって言うのさ!?」

「だから、一度サクと腹を割って全部話し合えって言ってんだろーが!今お前が焦ってる気持ちも、抱えてるモノも含めて、全てだ!!」



焦りから、苛立ち始めていた所をアッシュに煽られ、思わず感情的になった所で、アッシュの方からも怒鳴り返された。余裕が無くて気付かなかったけど…どうやら彼方の方も、相当ご立腹だったらしい。



「お前もサクも、いい加減逃げるのは止めろ。毎回ロクな事になってねえじゃねえか!!」

「−−…っ、僕は…」

『シンクッ!!!』

「「!!!」」


ハッと振り返ると、サクが此方に向かって走って来ていて。そのあまりにも必死そうな表情を…彼女の泣き顔を見たら、僕は咄嗟に動けなくなってしまった。固まっている僕に対し、サクは足を止める事はなく……そのまま僕に突っ込んでくると、強く抱きつかれた。



「ちょっ、サク…っ」

『良かった…生き、てたっ…!』

「ーーー…っつつ!!!」



思いがけないサクの言葉に、僕が息を飲む中。サクの方は力が抜けたのか、僕に縋り付いたまま、ずるずるとその場に座り込んでしまった。

…ああ、そうだ。確か、初めてサクと出会った時も、こんな風に…生きていた事を、感謝されたんだった。

死の淵に立たされた時、生まれて初めて、自分自身の為にも生きたいと思った。そして僕は今、僕が生きてる事を、誰かにこんなにも望まれている。必要と、されている。

死ななくて良かったと、心の底から思えたのは初めてだ。ルークには偉そうな事言ったけど、僕自身も…ルークの事を言えなかったのか。



『起きたらシンクがいなくなってて…もしかして、き、消えちゃったかと…思って……心配、して…っ』

「…ごめん」



ああ、もう……本当に。僕は馬鹿だ。サクを泣かせてばかりで。僕がサクの前からいなくなれば、こうなる事は目に見えていたのに。実際に、レムの塔で取り乱す彼女をこの目で見ていたのに。自分が今、こうして生きながらえたのは、サクが命懸けで僕を助けてくれたからだというのに。またしても僕は…サクを裏切ろうとしてしまったのか。

その場に座り込んでしまったサクに対して、シンクもその場に腰を下ろし、サクと目線の高さを合わせる。サクは、俯いたままだ。



「本当に、ごめん」

『わた、しの…方こそ……っつ』



泣き止まない彼女に戸惑っていると、嗚咽混じりに謝罪された。謝らなきゃいけないのは、むしろ僕の方なのに。

サクは優しいから。

僕の目の前で俯いたまま泣き続けるサクの背中に腕を回し、震えている背中を擦ってあげると、サクは僕の胸に寄り掛かってきた。あたたかい彼女の体温が、今が夢じゃない事を教えてくれている。僕もサクも……本当に、生きているんだ。腕の中の温もりが本物である事に、僕は改めて安堵した。互いが生きていたことに、心から感謝しながら。



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