栄光の大地(6/12)


「あいつら無駄話長過ぎ。サクも疲れ切ってる癖に、何で黙ってアイツ等の気が済むまで話に付き合うのさ」

『いやぁ。つい?』



反省の色も見せずにへらへらと笑うサクに、僕の苛立ちは募るばかりだ。ルーク達もルーク達だ。もうちょっとサクの体調に気を使えよな。途中からは完全に質問攻めになってたし。死霊使いに関してはどさくさに紛れて腹の内を探ろうとしてくるし……僕が止めなければ、サクの顔色が本格的に悪くなってくる迄、無駄話を続けていたんじゃないだろうか。

取り敢えずサクをベッドで休ませて、自身の頭を冷やす為にも早々に部屋から出て行こうとした時…



『…あのね、シンク』

「……何?」



振り返ると、何処か心細そうに此方を見詰めるサクがいた。不安を映したその瞳に、先程のルーク達とのやり取りの中でも同じ表情を垣間見せていた事を思い出した。



『…結果から言ってしまえば、私一人の手で戦争が止まる事はなく、私自身の無力さを痛感させられた…って所かな』



金色の天使。その異名の話題が上がる度、サクはいつも過剰に反応していた。それも決まって、何処か嫌そうに。どうやら彼女の弱い所の一つらしい。その理由にも、今は何となく…察しはついてる。



「…そっか。サクにも色々あるんだな…」

『そう。こう見えて色々あるんだよ』




サクの言葉通り、本当に……色々あったのだろう。あの時、小さく震える彼女の手を、握らずにはいられなかった。まるで自身の手は汚れているとでも、言いたげに……拳を強く握り締めていたから。

ケセドニア北部戦で、サクがフレイルを助けに行っていた事は、もう知っている。戦場に現れた導師守護役が…金色の天使の正体が、サクである事も。

フレイルを助けられたのだから、喜べば良かったのに。あの日のサクは、泣いていた。とても悔し気に、酷く悲し気に……見ているこっちが、辛くなる位。あの時の涙の理由が、今になって何となく分かった気がする。彼女が実力をつけた後も尚、力を求めて強くなろうとしていた理由が。

あの日、サクは……彼女が背負わなくても良い筈だった業を、背負ってしまったのだろう。

死霊使いや死神に並ぶ、金色の天使(ヴァルキュリア)の異名に纏わる戦場での諸説は、僕も聞いた事がある。戦場で起きた奇跡と讃えられている一方で……畏怖と嫌悪が込められた異名の呼び名でもある、その意味も。

味方から見れば心強い奇跡でも、敵からすれば最悪の悪魔でしかない。そんな異名に尾ビレがつくからには、何か元となる原因の出来事がある筈で。その元となったのが、彼女の譜術攻撃。巨大戦艦が放つのと同等並の譜術で、両国軍の兵士達を一掃されたらしい。そこに払われた犠牲の数は、計り知れない。

過去の事とはいえ、僕は彼女の導師守護役でありながら、またしても彼女を護れていなかったのだ。それが、僕は悔しい。それなのに…



『今日は助けてくれて、ありがとう』

「…うん」



そう言って、君は嬉しそうに笑うんだ。僕は、君を守れてなんかいないのに。



「ほら、寝るまでここに居るから。さっさと寝なよ」

『え、何それ余計に寝れない気がするんですけどそれ』

「それとも強制的に意識を飛ばしてあげようか?主に物理的に。何ならデコピンでもいいけど」

『オヤスミナサイ』



慌てて枕に顔を埋めるサクに布団を掛け直してやりながら、いつかとは逆だな…なんて思った。初めて彼女と出会った頃……助けられて間もない頃は、彼女の所で保護をされていた。目が覚めた時も、眠る時も、あの頃はいつもサクが傍に居てくれたっけ。

その小さな箱庭の世界は、とても居心地が良くて、とてもあたたかかった。あの優しい時間があったから、今の僕が僕でいられるんだと思う。彼女がいなければ、僕は己の生に絶望して、空っぽの人生を送っていただろう。それ位、僕の中でサクという存在は大きい。

サクが守ってくれた命だから。サクを守るのが僕の存在意義だから。僕という存在は、サクの為に在る。故に、彼女の望まない事はしたくないし、邪魔をする気もない。それなのに…最近は、そんな思いと僕の感情が、何故か矛盾してしまう時がある。

今日の事だってそうだ。僕はサクとルーク達の話を、途中で終わらせた。勿論、彼女の体調を気遣っての事だったけど、本当は……サクがルーク達と楽しそうに話をしているのが面白くなかったのも一理ある。サクが楽しそうなんだから、本来なら邪魔するべきじゃない筈なのに。何だか無性に、モヤモヤした。否、いくら彼女が楽しんでいるとは言え、無理を押してまではどうかと思ったし、そのせいでサクに倒れられても困るからだと、自身の行動を正当化しても……サクがルーク達と楽しそうにしている姿を思い出してしまい、何故かモヤモヤした気分は晴れなかった。



「……、…サク…?」



ふと違和感に気付いて名前を呼んでみたけど、サクからの返事はなかった。急に静かになったと思えば……どうやら眠ったらしい。瞬間爆睡とはこの事か。ていうか、男の前で無防備に寝るとか…危機感が無さすぎる。それとも、それだけ僕の事を信頼してくれているという事なのだろうか?……それはそれで、何だか複雑な気分だ。もう本当に、色々と有り得ない。

すっかり寝付いてしまったサクの寝顔を見詰めながら、シンクはため息をついた。……何とも無い様に振舞ってはいたけど、本当は相当疲れていたのだろう。気を抜けばすぐに意識が落ちてしまう程には。あの五人を一度に一人で相手にしたんだ。その上、最後のダメージがかなり効いてた様だし、無理もない。

ルーク達全員に治癒術を掛けていた癖に、自身には治癒術を使わなかったのが証拠だ。アレは”使わなかった”のではなく、”使えなかった”のだろう。ルーク達を回復させたのが限界だったのか…もしくは、サク自身に掛けても"効果が得られない状態"だったのか。

死霊使いが僕等にベルケンドへ寄るように言ったのは、医療施設に寄ってサクの身体を念の為に診て貰えという思惑もあっての事だろう。あの死霊使いが、僕に対してアイコンタクトを送ってきた位だ。死霊使いなりに、サクの事を心配しているのかもしれない。勿論、そこには事を有益に運ぶ為の損得勘定も含まれてはいるのだろうが……それでも、あの冷徹な死霊使いが他人を気遣う素振りを見せるだけでも、珍しい事だとは思う。

しかしそれはつまり、それだけサクの状態が危険だという事に他ならないという事で。本来なら、もっと大事を取らなければいけないというのに、彼女自身が、自分に関して全く危機感を抱いていない事が一番の問題かもしれない。



「サクはもっと、自分を大切にするべきだ。前から気になってたんだけど、どうしてサクはそんなに自己犠牲精神が強いの?ルーク達だって、所詮は他人だろ」

『他人だけど、仲間とか…友人って関係でしょ?』




サクはいつもこうだ。ケテルブルクでイオンと鉢合わせした時だって、本当は満身創痍な癖して無理してイオンの話に付き合うし。果てには見送りにまで行ってしまう始末だ。サクは基本的に、お人好し過ぎるのだ。イオンやルークみたいなタイプの甘ちゃんとの違いは、彼女の場合、お人好しが発揮されるのは主に仲間内限定、という所だろう。



『それにこれは、自己犠牲精神なんて、そんな綺麗な感情じゃないよ』



ああ、まただ。また、サクはそういう顔をする。困った風に笑う癖に、その苦笑には何故か自嘲が含まれていて、何処か痛々しい。彼女がそんな顔をする必要なんて……ましてや、そんな風に無理に笑う必要なんてないのに。自分を責めている時、彼女は決まってそんな風に笑うんだ。

サクは自分を過小評価し過ぎる所がある。サクがそうやって自分の為にってやってきた事の全ては、全部周りの為になっているというのに。サクが救った命は多い。それは誇って良い事だ。それなのに、サクは自分の事になると、なんでそんなに自信が無くなるの?どうしてそんな風に自分を責めて、追い込むような真似をするのさ。そんなんだから、無自覚な自己犠牲精神が強くなり過ぎて、何度も死に掛けるんだ。

一体、何が彼女をそこまで追い詰めるのか。何が彼女をそうさせるのか、僕は知らない。そのうち、自己犠牲精神が強過ぎて、彼女自身が死んでしまうんじゃないかって、いつも不安になる。

治癒術で今はもう消えた目許の傷跡に、指先で触れる。小さく震えたサクの吐息に、そこにはまだ痛みを感じる事を知り、シンクは表情を悲痛に歪めた。

ねえ、どうしたら、僕は君の事を守れるのだろうか。今のままじゃ、守れないのだろうか。

世界の情勢が収まるまでは、また無理をするかもしれないと、サクは言っている。今日みたいな無茶も、危険な事はさせたくないのに。僕は、どうしたらいいんだろう。どうしたら、君を守る事が出来るの?


ねえ、答えてよ。サク……







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