生まれた意味(1/16)

アニスとアリエッタ達が和解してから、半月程が過ぎた頃。世界は国際会議に向けて、大きく動き始めた。ナタリア、ジェイドの助力により各国の重鎮達の説得にも成功。惑星燃料であるプラネットストームを停止させる方向で、キムラスカとマルクト両国の総意は下された。これにより、事は今後の世界の在り方について取り決める国際会議へと踏み込んだ。ダアトで執り行われた協議の末、三国同盟締結、プラネットストームの停止、エルドラントへの共同進軍の三点は、全て合意に達した。後は…



「残るは瘴気の問題だけ…という事になるな」



ピオニーの発言に、集まった各国の重鎮達も皆が重く頷く中、この会合に参加しているサクもまた、表情を険しくさせた。



「現段階で上がっている打開策案が、超振動による瘴気の中和です。そして、超振動を扱える者は、アッシュかルーク…そして、サクのみ。ですが……成功率は限りなく低いでしょう」



そう言って、イオンも難しい表情のまま瞳を伏せた。超振動による瘴気中和の成功率は、現段階では限りなく不可能なのが現状だ。ローレライが封じられている今、例えプラネットストームを活性化しても、第七音素の絶対量が少な過ぎる。仮に足りたとしても、術者の方がもたず、音素の結合が解けて乖離し……肉体が崩壊して、死に至るだろう。

けれど。このまま何もしない訳にもいかないのが現状で。どんなに可能性が低くても……例え1%だけでも、なんとかなるかもしれない可能性があるのなら。最悪、瘴気が今よりも薄くなるのであれば。その希望に懸けなければいけない状況にまで、この世界は追い詰められていた。



「導師サク。そなたの意見も仰ぎたい」

『私もイオンと同意見です。結論から申し上げますと、超振動によるこの作戦を実行させるには、非常に中途半端な状態です』



インゴベルト陛下に意見を求められ、サクも手元の羊皮紙の束……実はディストに計算を頼んで纏めさせた報告書……を確認しながら、端的に情報を説明していく。まず、超振動による瘴気中和作戦を実行するには、超振動を扱える術者と大量の第七音素、そしてローレライの鍵が必要となってくる。前者に該当する適任者は、先程イオンも上げた様に、ルークとアッシュ…そして私だ。超振動を単独で起こせるだけでなく、かつ本来の威力で扱いきれる術者……と更に条件を絞り込むと、後者二人となるが。ローレライの鍵に関しては現在アッシュが所持しており、宝珠の方は発見されていない(…事にはなっているが、ルークが保持している事は確認済みなので問題はない)。そして、今一番の問題は、大量の第七音素の件だ。



「サク様はローレライと契約していると伺っておりますが、ローレライの力を借りる事は出来ないのでしょうか?」

『ローレライを地殻から開放出来れば、ローレライの助力を得て瘴気の中和も可能だったかもしれませんが……残念ながら、ローレライがヴァンに取り込まれている可能性が高い今、現段階ではこちらも望めないでしょう』



力及ばず、申し訳ありません。遺憾の謝辞を述べるサクに、テオドーロ市長が首を振る。貴女様を責める気はないと。



『ローレライの鍵に関してですが、此方は現在アッシュがローレライの鍵を所持しております。不完全な状態とはいえ、第七音素の増幅器としての機能位なら、果たせるかと』

「確かに、実行するには非常に中途半端な状態だな。ただ、全ての瘴気を消す事は出来ないが…実行すれば、今より瘴気を薄くする事は可能とも言えるだろう。…一時凌ぎでしかないが」

「こうなると、誰が術者を請け負うか……という話になってくるな」

「この三名の誰が行うのか…あるいは、全員で取り組ませるのか…」



ピオニー陛下やテオドーロ市長、インゴベルト陛下達の言葉に、サクは思わず表情を顰める。しかし、誰が術者を請け負うか……つまり、誰を犠牲にさせるかという事。ああ、この流れは不味いな…。そう思っていると、突然イオンが椅子から立ち上がり、テーブルをバン!と両手で叩いた。



「…っ、待って下さい!中和作戦を実行するという事は、実行者は確実に犠牲になります!もっと慎重に…」

「御言葉ですが、イオン様。他に解決策がない以上、こちらを実行ぜざるを得ないでしょう。我々には国民達を守る義務がある。…イオン様も、御理解はされておりますよね?」

「それ、は…っ」

「彼等がイオン様の御友人方だという事情は、存じ上げております。けれど、貴殿や我々は…多くの国民達の命を預かる、国を治める為政者に並び立つ者である事を、忘れてはなりませぬぞ」



テオドーロ市長に諭され、イオンも押し黙ってしまう。彼も、理解はしているのだ。自分達の立場を、課せられたその義務を。超振動による瘴気の中和しか策が無い以上、犠牲を選ばざるを得ないのが現状なのだ。ローレライの鍵がある事もあり、第七音素譜術師一万人を犠牲にする事こそ、今回は見送られたが……術者の犠牲ばかりは、どうしょうもない。イオンが縋る様な視線を此方に向けてきたが、サクもまた、首を横に振るしか出来なかった。

やがてルーク達が会談の席に呼び出され、彼等にも現時点での状況が説明された。勿論、その話を聞いて彼らが納得するはずがない。



「いけませんわ!アッシュもルークも、導師サクも……誰も犠牲になんて出来ませんわ!」

「しかしなナタリア。キムラスカもマルクトも…ダアトでさえ、いくら話し合ってもこれ以上の解決策は思いつかぬ」

「お父様…」

「こうしている間にも、瘴気は確実に広がりつつある。もう時間が無いのが現状なのだよ」

「おじい様…そんな…」



インゴベルト陛下とテオドーロ市長の返答に、ナタリアとティアも言葉を失う。そんな中、ピオニー陛下がジェイドへと視線を向けた。



「…ジェイド。お前は何も言わないのか?」

「私は……もっと残酷な答えしか言えませんから」



一瞬黙した後、彼はそう言った。ジェイドの言葉が何を意味するのか。分からない程彼等も、そしてルークも……愚鈍ではない。



「……大佐。まさか!」

「……俺か?ジェイド」



息を呑むティアの後に、ルークの静かに問う声が続いて。みゅっ!?と、小さなミュウまでもが息を呑む声が聞こえた。



「てめぇっ!アッシュの代わりにルークに、死ねって言うのか!ふざけるな!」

「駄目ですわ!そのようなことは認めません!私は、ルークにもアッシュにも生きていて貰いたいのですっ」



ガイがジェイドの胸ぐらに掴み掛り、ふざけるなと声を荒げる。ナタリアも強い口調で責めるが、ジェイドはガイの腕を解くと、皺になった軍服を直しながら冷静に答える。



「私だってそうです。ただ、障気をどうするのかと考えた時、もはや手の施しようもないことは事実ですから」

「そんな……っ、イオン様…っ」

「……すみません、アニス…」



アニスが切羽詰ってイオンを見詰めたが、イオンもまた、首を振った。ジェイドの冷酷な程正しい指摘に、苦悩を滲ませた瞳を伏せるイオンに、誰もが黙るしかなかった。皆も、本当は分かっているのだ。他に手が無い事は。

瘴気を消した後も、ヴァンを倒し、ローレライを開放する作業が残る。それには被験者であるアッシュやサクの力が必要となる。…胸糞悪い消去法ではあるが、とても現実的で、効率的でもある。

皆の視線が、ついにルークへと向けられる。



「俺は……」

「皆やめて!」



ルークが口を開いた途端、ティアの悲鳴のような声が室内に響き渡った。



「そうやってルークを追い詰めないで!ルークが自分自身に価値を求めていることを知っているでしょう!」



誰もが驚いた様に、ティアを見る。彼女は目を伏せると、微かに震える手を握り締めた。



「安易な選択をさせないで……」



ティアの声は、泣きそうな声だった。



「失礼。確かにティアの言う通りですね」

「……少し、考えさせてくれ」



ルークはそう皆に告げると、礼拝堂を後にした。

…最初から、分かっていた事だった。この場に呼ばれたのがアッシュではなく、ルークであった時点で。ジェイドの言葉を借りるまでも無く、ルークが第一候補者に上げられる事は、会議の中でも既に結論付いていたのだから。

会議は一時中断となり、その後、皆も室内から出ていく最中……サクも椅子から立ち上がった際に、此方を見詰めていたジェイドと目が合った。



「サク様。この後少しお時間を頂いてもよろしいですか?」







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